第45話 これでひとまずの決着です。
「キミ、レベルアップで手に入れたスキルポイントを全然使い切れていないだろ」
「……バレましたか」
単に道具レベルが上がっただけでは、体力や能力は上がったりしません。
レベル上昇とともに手に入るスキルポイントを使い、スキルを習得しなければなんの意味もないのです。
レベルアップのたびにスキルポイントが手に入った私は、取捨選択なんてまるでせず、とにかく目についたスキルを習得していきました。
それでも、私にはとりたくてもとれないスキルが、無数にありました。いくらスキルポイントが一億も手に入っても『複合条件スキル』は覚えられないのです。
とれるのは、鈍器のレベルやスキルが前提条件になっているものだけ。
「ボクの剣技【ホーリーエンド】は、剣レベルだけじゃなく、魔法杖レベルを上げ【中級光魔法】のスキルを獲得していることが習得前提だ。キミは『自分が取得可能な』スキルは、きっと手当たり次第に全て習得したんだろうね。でも、鈍器レベル以外の前提条件が必要となるスキルは、一切取得できていない。決まりきったことさ。なにせ、鈍器以外の道具レベルはゼロなんだからね」
勝ち誇ったようにセシルが言います。そして悔しいことに、その通りです。
当然のことですが、単一条件のスキルよりも、複合スキルのほうが取得が難しい分、強力です。
だからこそ冒険者は『どの複合条件スキルを習得したいか』まで考えて、メイン武器だけでなくサブ武器の修練を積みます。
魔術師志望であるにもかかわらず、ローゼリアが学園時代に細身剣の授業に加わっていたのも、それが将来的に役立つからに他なりません。
セシルの剣レベルは100程度ですが、槍、斧、弓、魔法杖など、他武器のレベルも高く、基礎能力を引き上げる【常時スキル】も数多く持っているはず。
万遍なく能力を鍛えられている彼女に対し、私の能力はあまりにも極端。
そういった歪さが、レベル差ほどの実力差を感じさせられていない要因なのでしょう。
それでも私に不満はありません。
複合条件スキルが習得できなくても、鈍器単一のスキルだけで充分すぎるほど強くなれたのですから。
それに――
「余りまくったスキルポイントは、私の伸びしろですよ。もし他の道具レベルが上がれば、さらに強くなることができるんですから」
剣レベルがひとつ上がるだけでも、私は新たなスキルを五つもとることができます。
一億レベルになって、まだ成長の余地がたくさん残っているなんて、むしろ素敵なことじゃないですか。
「他の道具レベルが上がる? 学園に二年間通って全く道具レベルの上がらなかったキミが、それを望むのかい? まだ
セシルの剣が魔力を宿して輝き出します。
いえ、それだけに留まりません。剣から生み出された光は彼女自身をも包み込んでいきます。やがてそれは森に広がる闇を照らす、目映い煌めきへと変わりました。
さっき彼女が使った【ホーリーエンド】とやらよりも、さらに凄味を感じてしまいます。
「それは――あなたのユニークスキルですか」
道具レベルを上げ、無数にあるスキルを選び取っていくと、それまでに誰も習得したことのないスキルに行き着くことがあります。
それが、極地に辿り着いた者だけに与えられる唯一無二のスキル――ユニークスキルと呼ばれるもの。
スキルツリーは神様が作ったものだと言われています。
そのツリーにない、新たなスキルを書き入れた者――つまりユニークスキル所有者は、その一点においては神を超えたと言っても過言ではないことになります。
「覚悟するんだね。ボクが誇る最強のユニークスキルをぶつけてあげるよ……!」
だからこそ、なのでしょう。セシルはその技に絶対の自信を持っているようです。
【ファイア・ウォール】を維持しながら私達の戦いを見ていたローゼリアの顔が、さっと青ざめます。
「待って! その技を人に向けて使うのは――」
「勘違いしないでくれローゼ。ボクはあくまでこの技を、銀毛のフェンリルに向けて放つ。割って入るかどうかは、ハンナ。キミの自由だよ」
言ってくれるじゃないですか。私が怖じ気づくともでも思っているんですかね。
それにしても――鼻持ちなりません。
結局、彼女にとっては自分の価値観が全てなのです。
相手の強さを認めようとせず、己の偏見を押しつける。どれだけ長所を伸ばしても、欠点ばかりをあげつらう。
そうして彼女は無自覚に、多くの人を傷つけていくのでしょう。
学園で私が受けたような仕打ちを、なんの罪悪感もなく、正義だと信じて繰り返すに違いありません。
ならば――彼女にもその痛みを知ってもらうべきです。もう二度と、同じようなことをしてはいけないと思うような、教訓を与えてやるべきです。
私は手にしていた大ハンマーを地面に投げ捨てます。
「ふっ、さすがに降伏かい? この技の凄まじさに気づいてくれたみたいだね。キミにしては、利口な判断だ」
「降伏? まさか、ですよ」
私はそう返すと、腰に提げた小ハンマーを抜きます。武器と呼ぶにはあまりに小ぶりな、大工仕事で釘を打つのに使うハンマーを。
「それはなんのつもりだ……!」
「あなたの技を返すのなんて、こっちの小さなハンマーで充分だってことです」
「ふ、ふざけるな! そんなちゃちなハンマーで、ボクのユニークスキルを返す? そんなの無理に決まりきってる!」
「気に入りませんか、自分の本気を馬鹿にされるのは。……でもね、そういうことをずっとやってきたんですよ、あなたたちは」
そう。私はいつだって本気でした。
学園に在籍しているあいだも、退学になる前の勝負でも、冒険者試験のときだって。
しかし、その本気を、決して認めてくれなかったではありませんか。
ならば、彼女の本気に応えてあげる必要が、どこにあるのでしょう。
私はフェンリルを庇うように立ち、ハンマーを背後に構えます。
幸いなことに、フェンリルはまだ炎の壁に阻まれて、襲いかかってはきません。
無理に炎を突破しようとしないのは、私達のいがみ合いが自分に利すると思っているからでしょう。
残ったほうだけを相手にすればいい。本能がそう言っているのです。
ならば私はただ、セシルにだけ全集中力を注げばいい。
「ボクを侮辱したこと、後悔することになるぞ、ハンナ!」
光を全身に纏い、高速で突進してくるセシル。その切っ先からはさらに凄まじい閃光が迸っています。あまりの明るさに、目を細めなければならないほどの。
「ユニークスキル――剣技【ホーリーエンド・レクイエム】!」
これが冒険者学園主席、セシル・ソルトラークの本気ですか。
「はあああああッ!」
対する私のスキルは、単純明快。
ただハンマーをスイングし、ハンマーヘッドを相手の技にぶつけるのみ。
「鈍器スキル【物理返し】!」
魔力VS物理。私がただの冒険者なら、剣先から放たれる光に飲まれておしまい。勝負にすらならないところです。
けれど鈍器スキル【物理返し】は、炎だろうが光だろうが魔力だろうが、それがなにかしらのエネルギーであるならば押し返すことができるのです。
必要なのは、ただ私の振るったハンマーの物理エネルギーが、向かってくるエネルギーに勝っているかどうか、だけ。
「なん、だって……!」
セシルが驚きの声を上げます。それも当然です。彼女の目には、ありえない光景が映し出されているはずです。
セシルの繰り出した光の剣が、ハンマーヘッドに受け止められている、という――
「くっ!」
けれども私にもそんなに余裕はありません。ハンマーヘッドに触れている剣先、そしてそこから放出される膨大な光の束が、身体を押し込み、後ろへと下がらせます。気を抜いたら吹き飛ばされてしまいそう。
「これがユニークスキルの威力ですか……!」
私はユニークスキルをひとつも持っていません。神様の作ったツリーの後追いばかり。
しかし、負けるわけにはいかないのです。私の後ろにはフェンリル――ガレちゃんだっているのですから!
「ボクの技を受け止めたのは褒めてあげるよ! でも、そこまでが限界のようだね!」
彼女の纏う閃光が一層強くなり、ハンマーにかかる負荷が大きくなります。まだ余力を残していましたか!
相変わらず剣の神様に愛されてますね、この人は! こんな性格の悪い女の、どこがいいっていうんでしょう!
「ふうううおおおおおお! てやんでーです!」
両腕に力を込め直し、全ての指を握りしめ、重心をこれでもかと下げて、私は剣技に対抗します。
セシルに傾きかけていたパワーバランスは拮抗し、やがてジリジリとハンマーヘッドは前へと出て行きます。
ピシ、ピシ……。同時にセシルの持つ細身剣に、少しずつヒビが入っていきます。
「そ、そんな――。ボクのレクイエムが、押し負けてる!?」
「あたぼーです! 私の鈍器を舐めないでください!」
グン、と私はハンマーを振り抜きます。セシルと剣を包んでいた光は拡散し、あたりに飛び散ります。
バキャァァァアン! 同時に、セシルの剣は粉々に砕け散りました。
「う、嘘だ……! お父様から授かった
驚愕に目を見開くセシル。それなりに貴重な剣だったのでしょうか。
ショックを受けているところ申し訳ないですが、これは勝負。追い打ちをかけさせてもらいます。
「――鈍器スキル【関節外し】!」
セシルとの距離を一気に詰めると、彼女の四肢めがけて小ハンマーを振るいます。
「ぐああっ!」
狙ったのは無力化です。両膝の関節が外れ、セシルは無様に尻餅をつきます。両肩も外したので、自力での回復は不可能です。
「ふぅ……」
これで勝負はついたと言っていいでしょう。
退学の決め手となった一度目の対決では勝負にすらなりませんでしたが、今回は無事にリベンジできました。
胸のもやもやが、すーっと晴れていく感じがします。
「どうですか。散々馬鹿にしてきた相手に敗北する気分は。あなたの剣は、私の鈍器――それも、小さなハンマーにすら及ばないってことなんですよ」
「ボ、ボクの剣技が、ドンケツの鈍器なんかに負けるわけがない……。こんなの全てデタラメだ……!」
はあ……。まだそんなことを……。この女はどこまで行ってもダメですね。
まあ、現実を受け止めきれないくらいに心に傷を負ってくれたのなら、今は良しとしましょう。
今後は人の痛みも、ちょっとはわかるようになるかもしれませんし。
「これに懲りたら、少しは真実を見極める目を鍛えてほしいものですね、セシル。それがあれば、私との実力差も、邪教徒かそうでないのかも、最初からわかったんじゃないですか?」
これ以上、話すことはありません。私はハンマーを彼女の首筋に叩き込みます。
鈍器の衝撃で気を失ったセシルは、その場にどさりと倒れ込みました。
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