第46話 心の鈍器を信じましょう。
さて……、セシルは無事に倒せたわけですが、まだ私のやるべきことは終わっていません。
むしろここからが本番です。
「ちょ、セシル。大丈夫!? しっかりしてよぉ!」
慌ててローゼリアが倒れたセシルに駆け寄ります。彼女が構えを解いたことで炎の壁は勢いを失って霧散し、奥からフェンリルがこちらへ踏み出してきました。
グオオオオオッ!
フェンリルの爪が迫ってきます。なんとか躱せましたが、ちょっとふらついてしまいました。さっき踏ん張りすぎたせいで、疲労は足に来ています。
それでも、倒すだけなら簡単です。残る力を振り絞り、フェンリルの頭にハンマーをブチ当てれば、きっと絶命させることなんてわけないでしょう。
もちろん、そんな選択はありえないですけどね。それじゃ必死になってセシルから守った意味がなくなってしまいます。
セシルとの戦闘中に地面へ放り投げた大ハンマーを拾い、フェンリルと改めて対峙すると――
「おい、ありゃなんだ……?」
「今度は狼の化け物かよ!」
森の火事に気がついた大工さん達が、ぞろぞろと集まってきました。
まずいです。フェンリル――ガレちゃんが彼らを襲うなんてことは、一番に避けなければならない事態です。
「にしても、どうしたらいいんですかね……!」
ガレちゃんを救う方法が、考えても考えても思い浮かびません。
セシルと戦ってはみましたが、ぶっちゃけその後のアイデアなんて全くなし。
覚えた鈍器スキルをひとつひとつ思い出してはみますが、どれも相手を倒すか、拘束するか、そういったことしかできません。
建築や鍛冶に使っているスキルを応用して、彼女を救えないでしょうか? けれどそれらのスキルは物の『形』を変えることはできても、『本質』を変えることはできないものばかり。
鉄屑を剣の形にはできても、金には変えられない。
ガレちゃんを再び人間に戻すなんて、もちろん到底不可能です。
突進してくるフェンリル。
考え事をしていたせいで、躱すのが遅れます。そのせいで咄嗟にガツン、と狼の頭に攻撃を返してしまいました。
ギャアアアアアアアア!
フェンリルが痛みで悲鳴を上げます。
「ああ、すみません。ガレちゃん……!」
このままじゃ、ジリ貧です……!
棟梁がいつか話してくれた言葉が脳裏によぎります。
『鈍器を司る神様が破壊の神だなんて、俺は信じちゃいねーんだ。だって、全然逆じゃねえか。俺達はハンマーで物を創ってんだからな』
鈍器に対する価値観が変わったのは、あのときからです。
鈍器で誰かの役に立つことができるかも――そう思わせてくれたきっかけ。
でも、私はダメダメです。
せっかく高い鈍器レベルを持っているのに、この力で理不尽をブチ壊したいと思っていたのに、今、少女ひとり救うことさえできずにいます。
フェンリルが双眸に怒りを蓄え、私を食いちぎらんと襲ってきます。
手加減して、勝てる相手ではありません。相手を殺すか、自分が死ぬか。
私が負ければ、集まってきた大工さん達が犠牲になってしまいます。それはガレちゃんの望みとは一番かけ離れた結末でしょう。
でも、だからといってガレちゃんを殺すなんて――
「やっぱり私は、鈍器で壊すことしかできないんでしょうか……」
そうつぶやくと、手に持ったハンマーがぶるりと振るえました。
『ハンナ』
え、と思って声のするほうを見ると、手にしている大ハンマーの上に二匹のクマさんが並んで立ち、じっと私を見上げています。
「鈍器の神様!?」
すごく驚きました。だって彼らは二匹で掛け合うことはあっても、私に話しかけてくることなんて一度だってなかったのですから。
小さなほうのクマさんが、拳を握りしめて言います。
『ハンナ……、今こそ鈍器の力を信じるんや!』
続けて、大きなほうのクマさんが声を張り上げます。
『鈍器は決して、破壊のためだけの武器やない。創造力があれば、どんな未来だって作ることができるんや。それが鈍器の力。それこそがパワー・オブ・鈍器や!』
「な、なんですか! パワー・オブ・鈍器って!」
すごく良いこと言われた気がするのに、そのあとのパワーワードのせいで全然頭に残らなかったんですけど!
あ、ヤバいです。ツッコんでる場合じゃありません。噛みつこうとしてくるフェンリルの顎を、横からハンマーで叩いて防ぎます。
『鈍器使いが細かいこと気にすんな! ただ、鈍器で世の理不尽を振り抜くんや!』
鈍感なのが美徳、みたいな言い方には釈然としないものを感じますが、神様達の鼓舞によって、やってやろうという気持ちが少しずつ甦ってきました。
鈍器で世の理不尽を振り抜け、ですか。
いいですね。私がやりたいのって、まさにそういうことです。
おまけに神様が味方についてくれるなら、怖いものなんかありません。
「てやんでーです! 鈍器のすごさ、見せつけてやりましょう!」
体勢を整えたフェンリルが口を開き、炎の息を放ちます。
「鈍器スキル【土壁造】!」
地面を叩いて隆起させます。けれど、今度はそれを盾としては使いません。斜めに立ち上がった土の壁を蹴り、踏み台として使うことで大きく跳び上がりました。
空中の私を噛み千切らんとするフェンリルの牙が迫ってきます。
「鈍器スキル【空気の杭】!」
私は空中に【空気の杭】で足場を作り、さらに上へ上へと駆け上がります。ついにはフェンリルの巨体をもってしても、攻撃の届かない場所まで。
ピコン♪
耳元で、レベルアップの音が鳴り響きます。同時に、自動的に目の前にスキルツリーが表示されました。
そこには『新たに習得できるスキルがあります。スキルポイントを使いますか?』という問いかけが一緒に記されていました。
「あたぼーです!」
スキルポイントなんて腐るほど余ってます。好きなだけ持っていってください!
するとツリー上の新たなスキルに光が灯ります。
ユニークスキル。
それは、これまで誰ひとりとして到達していない、神様すら知らない私だけのスキルでした。
はぁあああああああ!
手に力を込めると、ハンマーが輝き出します。
これまでに感じたことのないような、強い強い力が、自らの持つ鈍器に宿っていきます。
パワー・オブ・鈍器。
パワー・バイ・鈍器。
パワー・フォア・鈍器。
準備は万全。あとは己の
私は最後の杭を蹴ると、フェンリルめがけて落下、その頭部に渾身の一撃を放ちます。
ズ
耳をつんざくけたたましい爆音が森に鳴り響きました。
ハンマーの命中した頭部はおろか、狼の胴、手足は根こそぎ吹き飛んで、周囲に血と肉の雨が撒き散らされます。
「ふ、ふ、ふはははは!」
後ろの木の陰に隠れていたワイズが、着地した私を見て嘲笑します。
「殺した! 殺したな! あれだけガレを守る守ると言いながら、結局は我が身が愛しかったわけだ!」
「――殺した? 誰が、誰をです?」
「え……?」
ワイズに背を向ける格好だったからわからなかったのでしょう。私はくるりと振り返り、抱き抱えている小麦肌の少女の姿を、彼に見せます。
意識を失ってはいますが、傷ついてなんかいません。まして殺したりなど、あるものですか。
「そ、それはガレ? どういうことだ。ガレはさっき、お前が殺したんじゃ――」
「――ユニーク鈍器スキル【
「は、はあああああ!?」
鉄を叩き,そのなかに含まれる余分な炭素を弾き出すように――私は、ガレちゃんの肉体から、取り込んだフェンリルの細胞を分離させました。
私が木っ端微塵に破壊した銀毛の狼は、いわばガレちゃんの脱け殻だったわけです。
*****
こんにちは。作者のどんきです。
そろそろ3章も終了です。PVを見る限り、ありがたいことに結構読んでいただけているようなので、もしよろしければ、☆や❤で応援いただけないでしょうか。
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