第90話 肝の太さは筋金入りです。

 セシル、ローゼリアとパーティを組む――これ以上の悪夢が他にあるでしょうか?


 旅の道中でも話は絶対合わないでしょうし、ローゼリアはウザいに決まっています。救いはセシルの傲慢さがなりを潜めている点ですが、落ち込んだ彼女の相手をするのは、それはそれで面倒くさいです。


 でも、このまま理由も聞かず突っぱねたところで、どうせしつこく絡んでくるのは目に見えてます。それに、急に私を誘ってきた理由も、多少は気になるんですよね。


「なにを企んでいるんですか?」

「企むだなんて、そんな。アタシ達がハンナと組んでみたいだけだってばー」


 猫なで声がやたら気色悪いです。上目遣いまで組み合わせてますけど、私は騙されませんよ。


「そういうのいいですから。そろそろ本当の理由を教えてもらえます?」

「えー。でも、本当のことを言ったら、ハンナに嫌われちゃうかもだし……」

「今さらなに言ってるんです? すでに嫌い倒しているので、これ以上嫌いになるのは難しいんですが」

「ツンデレだなー。そういうところも、アタシは好きだゾ?」

「死ねばいいのに」

「きゅんきゅん♪」


 あのー、どうすれば本当に嫌ってるって理解してもらえるんですか?


「じゃあさ、ちゃんと理由言ったら、パーティ結成してくれる?」

「はいはい。それで納得したら考えてあげないこともないです」

「ホント!? やったあ!」




 ぱああ、と表情を輝かせるローゼリア。あっ、やってしまいました。思わずこっちから歩み寄ってしまったじゃないですか。


「散々じらしたのは今の言葉を引き出すためだったんですね……! やり口が卑怯です!」

「まあ、そーなんだケド。もう2、3ターンくらいかかるかと思ってたのに、ハンナってチョロ――じゃなくて、やっさしーい!」


 死ねばいいのに、私。

 ローゼリアが目線で座るよう促してきたので、私達はギルド奥のテーブル席に腰を下ろしました。


「ハンナはこっから北西に行ったところにある廃墟の街を知ってる?」

「廃墟の街――もしかして、レーゲンベルグですか?」

「あ、なーんだ。説明する気満々だったのに」


 私の冒険譚好きを舐めないでもらいたいです。レーゲンベルグといえば、数多の英雄達が訪れたことで知られる超有名スポットですよ。


 幽玄の都レーゲンベルグ。周囲をぐるりと堀に囲まれた、美しい水上都市。しかし、そこに住む人は誰ひとりとしていません。


 何故なら、都全体が呪われているからです。


 三十年前。都の指導者であったレーゲンベルグ侯が乱心し、井戸や堀の水に毒を混ぜました。その結果、一晩のうちに大勢の人が命を落としたのです。(アルセリア伯といい、この国の貴族ってロクなのいませんね……)


 もちろん侯爵は先代のグラン王によって処刑され、毒もしばらくすると消え去りました。ですが、その場に居座り続けたものもありました。


 それは――死者の魂でした。


 毒を飲まずに生き残り、かつ都に留まった人々は口々に言いました。


 死んだはずの知り合いを見た――


 夜な夜な、助けを求める妻の声が聞こえる――


 死んだことに気づいていない亡霊達が行進している――


 かくして、気味悪がって街を出ていく人は後を絶たなくなり、レーゲンベルグは廃墟と化したのです。


 その美しい姿を留めたまま……。


「ボクの母は、そのレーゲンベルグ出身なんだ。いや、母と呼んでいいのか、今はもうわからないのだけど……」


 セシルがぼそぼそと自信なさげに言います。彼女が母と呼んだのは、バゼルの奥さんだった【青の聖女】セシリア。


 レイニーの仲間でもあり【魔の大地】で亡くなったとされている方です。


「昔からソルトラーク家に仕えてた執事に聞いたんだけど、どうやら理事長……じゃもうないんだった。バゼル・ソルトラークは【魔の大地】から戻ってすぐ、しばらくレーゲンベルグに滞在してたんだって」

「廃墟の街に? またなんでです?」

「さあ……。死んだ奥さんに会えるかもとでも思ったんじゃない?」


 あのセンチメンタルとは対極にいるような人がですか? いまいち想像がつきませんね……。


「ともかくその執事が言うには、レーゲンベルグから帰ってきたときに、一緒に連れてたのがセシルだったんだって。そーなると、色んな謎がそこにあると思えてこない?」


「うーん……。それはまあ……。ていうかその執事さんは、セシルが本当の子供じゃないって、前から知ってたんですか?」

「そーみたいだよ。というより屋敷で知らなかったのはセシル本人だけだったんだよね」

「ローゼ。それ、わざわざ言わなくてよくない……?」


 瞳を潤ませながらセシルが口を尖らせます。はー、鈍感っぷりを馬鹿にされること多々な私ですが、彼女もなかなかのものですね。


 ま、こういうのは当人であればこそ気づかないものなのかもしれませんが。


「つまりあなた達は、レーゲンベルグに行って、セシルが何者であるのかを調べたいと、そういうわけですか」

「ヤダヤダ、ハンナにしては理解が早いじゃん? 明日、雪が降るんじゃない?」


 ほんと言わなくていいことを口に出す女ですね。


「それで、その旅に私が必要な理由は? 勝手にふたりで行けばいいのでは?」

「だって、全く霊感ない人がいたほうが安心じゃん?」

「…………今、なんと?」

「ハンナって、絶対霊感ないでしょ? アタシらがもし幽霊に出くわしても、ハンナだけは冷静でいられるじゃん? だって見えないんだし」


 ……えーっと、色々ツッコミたいんですけどー。


 なんで私に霊感がないことが前提にされてるんですか?


 いえ、もちろんないですよ?


 霊どころか、生きている人が近くに潜んでいても気づかない位の鈍感力が私の持ち味ですからね?


 大体、霊なんて本当にいるんですか? 私は全然信じてないです。


 幽霊?


 死後の世界?


 そんなものがあるならみんな、死ぬのなんて怖くなくなるじゃないですか。


 人は死んだら土に還るもの。ドライに聞こえるかもしれませんが、そうじゃなきゃおかしいです。


 身体が朽ち果てても、その人が持っていた魔力の一部が現世に残る、なんて説を唱える学者もいますが、眉唾ですよ。


 魔力が意思を持つとでも?風や水の流れに意思があるって言うのと、そんなに変わらなくないですか?


 べ、別に、なにも感じないから否定してるわけじゃないですからね?


「…………あ、さてはあなた達、幽霊が怖いんですね?」

「はあ? なに言ってるんだい。そんなもの、怖いわけないだろう! ボカぁ【銀閃】のセシルだぞ!」


 なんて、偉そうに宣うセシルの首筋を、つつつ、とローゼリアが指でなでました。


「ぴきゃっ! い、今、ボクの後ろに誰かの気配が……!」


 奇声をあげて立ち上がったセシルは、おっかなびっくり背後を確認します。誰もいるわけありません。


「幽霊の話してたから集まってきたのかな……」

「とまあ、アタシは怖くないんだケド、セシルがビビりちらしてるんだよね。自分で行きたいとか言っといて、死ぬほど怖がってるんだからかわいいよねー」


 それを聞いて、さすがにローゼリアに撫でられたことに気づいたのでしょう。


「ローゼがイジワルする……」


 しゅんといじけるセシル。


 これがかわいい? 私は見てたら背筋がぞわぞわするんですけど。霊感ってこんな感じです?


「こんなに怖がってると、セシルの前後を両方カバーしとかないとろくに歩けないワケ。それに真面目な話、アタシらだけで行っても、街をぶらついただけで帰ることになりかねないしさ。探索系の魔法とかも地味で使う気しないしー」


 地味だからどうこうじゃなく、単に苦手なんでしょうに。


「その点、ハンナって退学になったあと、大工してたんでしょ?同じ廃墟を見ても、人がいた痕跡とかわかるかなと思って」


「…………まあ、そりゃわかるでしょうね」


 ぶっちゃけ、ローゼリアの理屈はめちゃくちゃです。大工をやってたからって、そんなことがわかるようになるわけありません。


 しかし、私は特別です。なぜなら鈍器レベルが異常なまでに上がったことで、ある能力が身についたから。


 それは道具にとりついている神様が見える、というもの。


 大小二振りのハンマーにとりついている、熊の姿をした鈍器の神様とはよく、話をしていますが、それ以外の神様も一応見えるんです。


 今座っているテーブルと椅子にだって神様はついています。話しかけても無視されることのほうが多いですけど、根気よく声をかければ、手がかりをもらうことくらいできるでしょう。


 え、幽霊は信じないのに、神様は信じるのかって?


 そのふたつを一緒にするなんて、バチが当たりますよバチが。


「もしかしたら、お父様が書いた当時の日記とか見つかるかもしれない」


 セシルが楽観的なことを口にします。落ち込んでても根っこの思考はお花畑ですよね、この子って。


「高望みしすぎです。九割方、なにも見つからないと思っておいたほうがいいんじゃないですか」

「うん……、確かにそうかもね……」


 ありゃ。あっさり私の意見を受け入れちゃいました。前なら絶対見つかると意地を張ってケンカになるところなのに、拍子抜けしますね。


「でも、できることならボクは知りたいんだ。自分はどうしてお父様の娘として育てられたのか、そしてお父様がなぜ邪神側についたのかを……」


 ……ちょっと、あくまでほんのちょっとですよ?


 私は彼女に同情しました。


 かくいう私だって、孤児でレイニーに拾われた身。その気持ち、わからなくもないですからね。本当の両親が誰かとか、自分のルーツを知りたいという思いを馬鹿にはできません。


 それに、別れ際にスラッドさんからも「セシルと仲良くしろ」って言われてましたし……。


 ここで放り出すのも、なんか気持ち悪いですよね。二、三日くらい心がもやもやしそう。


 あーあ、やっぱり聞かなきゃよかったです。でも、もう聞いちゃったんだから仕方ない。


 大きくため息をつき、観念することにしました。


「わかりました。今回限りでいいならパーティを組んであげます」


 ……なんの得もないのに、なにやってんですかね、私。


 ちなみに探索するんならガレちゃんの嗅覚も頼りになるかな、とエッグタルトに戻って誘ってみたんですが、丁重にお断りされました。


 幽霊が怖いそうです。プルプル震えるガレちゃんは、セシルと違ってとてもかわいかったです。

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