第2話 これ、学園モノじゃないんですか?

「――これはなんの騒ぎだ」


 そこへ現れたのは四十過ぎの、けれど筋骨隆々で衰えを感じさせない男性。


「り、理事長……」


 冒険者学園の理事長、バゼル・ソルトラーク。この街では知らない者のいない大権力者の登場に、うろたえる同級生達。どこから聞かれていたのかわからないので、言い訳の仕方に悩んでいるようです。


「貴様らは他人を馬鹿にできるほど強いのか? 冒険ではひとつの慢心は死に繋がると言うのに」


「す、すみませんでした! 以後、気をつけます!」


 同級生達は一斉に頭を下げます。彼らの何人かは、お前のせいだとばかりに私を睨んできました。


 普段なら萎縮してしまうところですが、私は理事長に庇ってもらえたことですっかり舞い上がりました。


 だって、バゼル・ソルトラークと言えば【剣闘王】です。【至剣の姫】レイニーとも対等に戦える、最強の冒険者のひとり。武勇伝は無限にあり、生ける伝説と言ってもいいくらいの人なんです。


「いいか。貴様らはどんな困難に直面しても生き残れる、絶対的強者になるためにこの学園にいる。決して弱者を見下すためにいるわけではない!」


 こんな素敵な人が私を気にかけてくれるなんて。まるでドラゴンでも味方につけたような気分です。


「あの……、ありがとうございます!」


 私は学園長に駆け寄り、お礼を言いました。これからも陰口は叩かれるでしょうが、おかげで露骨に馬鹿にされることは減るかもしれません。


 バゼル・ソルトラークに逆らう人なんて、この学園には、いいえ、この冒険者の街ティアレットにはひとりもいないんですから!


「ふん、礼を言われる筋合いはない」


 学園長は私の顔をじろりと睨みつけると、冷たく言い放ちます。


「貴様は退学だ。今すぐこの学園を出て行け」


「………………へ?」


 あまりに唐突な宣告に、しばらくその意味を理解することができませんでした。


「あーあ、あいつ終わったな……」

「理事長が決めたことは、この街では絶対だもんねぇ」

「ま、当然だろ。ドンケツハンナだし。今まで学園に残れてたのが奇跡なんだって」


 クスクス、と同級生達が理事長には聞こえないくらいの声音でささやいています。


「ど、どうして退学なんですか?」


 踵を返して中庭を去ろうとする理事長に、私は慌てて食い下がります。

 

「私、なんにも悪いことしていません! それなのに、なんで!」


 理事長はこれまでも「この学園にふさわしくない」と、何人もの生徒を退学にしています。でもそれは、授業をサボってたとか、先生の話を聞かなかったとか、そんな自業自得な理由だと聞いていました。


 なのに、なんで私?

 私はちゃんと、授業を受けてます。努力もしてます。サボったり、居眠りしたことなんてありません。


 理事長はすがりつこうとした私の腹を思い切り蹴飛ばします。痛い、です。苦しくて息ができなくて、うううう、と膝をついてしまいます。


「理由がわからない? 貴様はどうやら剣技だけでなく、脳味噌までお粗末らしいな」


 こちらへ振り返った理事長の眼光は、蛇のように冷徹に輝いていました。


「学園の伝統を守るためだよ。この学園は創立以来、誰ひとり冒険者試験に落ちていない。なぜかわかるか? 貴様のようなノミを、俺が排除しているからだ」


 びっくりしました……。冒険者学園に入れば誰でも冒険者になれる。合格率百パーセントの名門、ソルトラーク冒険者学園。

 

 てっきりすごい指導方法が確立されていて、私のようなドンくさでも授業についていけさえすれば、きっと夢は叶うと思っていたのに……。


 理事長は私の前髪を掴み、顔をのぞき込みながら言います。


「何より弱者は学園を腐らせる。貴様のようなノミがいると、他の虫けら共がまるで自分が強いかのように錯覚し、努力を怠る。これは看過ならぬ詐欺だ。自分が弱いからといって、他人の足を引っ張っていいことにはならない」


「ひ、ひどいです! 私だって頑張っているのに……」


 そんなの、なんの関係もありません。どれだけ頑張れるかは自分次第じゃないですか。


 突きの練習なら、他の生徒の三倍は数をこなしてきました。なのに、その努力をどうして頑張れない人達のために犠牲にしなきゃいけないんでしょう。


「なにも知らないくせに。私がどれだけ頑張ってきたか、見たこともないくせに……」


「頑張る? クソの役にも立たない言い訳だな。大体、才能のないノミが冒険者になれるなどと夢見るのが間違いなんだよ」


 理事長は私の髪から手を離すと、フンと鼻で笑います。どれだけ剣の扱いを馬鹿にされても、泣きこそすれ怒りはしなかった私です。でもこれには腹が立ちました。


 二年間の苦労をすべて、無駄だと言われたみたいに感じたんです。理事長に否定されるのは、彼の仲間だったレイニーにも否定されているみたいで耐えがたかったのです。


「いくら理事長だからって、むちゃくちゃすぎます。取り消してください!」


 気がつくと私は身につけていた手袋を理事長に投げつけていました。


「なんのつもりだ」

「手袋の意味なんてひとつしかないでしょう!」


 それは誰もが知る、決闘を申し込むときの作法でした。


「まさかノミがこの俺に勝負を挑むつもりか? ……【剣闘王】も随分と舐められたものだな」


 理事長の太い眉が、みるみる吊り上がっていきます。


「オイオイオイ」

「死ぬわアイツ」


 同級生達に言われなくても、無謀なのはわかっています。

 この決闘は、脚をプルプルさせてる生まれたての仔馬が、空を飛ぶペガサスを追いかけるようなもの。でも、やるしかないじゃないですか。

 

 私が学園に残るためには、憧れの冒険者になるためには、至剣の姫レイニーと冒険するためには――これしかないんですから!

 

「私が弱者だからダメなんですよね。なら、強者なら文句ないはず!」


「……確かにな。だが、俺に剣を抜かせられるとでも思っているのなら、思い上がりも甚だしい――セシル」


「はっ」


 呼ばれて前へ出てきたのは、理事長の後ろにぴったりとついていたひとりの少女。

 理事長の娘にして学園主席、セシル・ソルトラークです。


 腰まで伸びた青髪、切れ長の眼、高く通った鼻、すらりとした長身。銀色の胸当てと手甲は、身体の動きを束縛しないようにあしらえられた特注品。白いマントには汚れひとつありません。


 レイニーのように凛々しくカッコいい子。得意な武器が細身剣なところも憧れの人を彷彿とさせます。


「このセシルと戦え。もし我が娘に剣を当てられたなら……、いや、かすめでもすれば、学園に残ることを許そうじゃないか」

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