好きで鈍器は持ちません!~鍛冶と建築を極めた少女は、デカいハンマーで成り上がる~

山田どんき

第1章 鈍器覚醒

第1話 ドンケツハンナと呼ばれてます。

 昔から冒険譚を読むのが好きでした。


 魔王を倒す勇者の伝説、悪魔を鎮めた聖女の記録、迷宮に挑んだ盗賊の逸話。


 自分を主人公に重ね、何度も、何度も冒険を楽しみました。仲間と力を合わせ、強敵を倒し、困難を乗り越え、使命を果たす――なんて華麗なんでしょう!


 ページをめくるたびに手は震え、心は痺れ、頭は馬鹿になりました。


 特に好きなお話は、宝石のちりばめられた細身剣を凜と操るエルフ。

 【至剣しけんの姫】レイニーにまつわるお話。


 竜の鱗を貫き、銀狼の群れをなぎ払い、吸血鬼の心臓を穿つ――

 何百年と冒険者を続けている彼女のお話は盛りだくさん。


 でも私が憧れたのは、彼女が強くてカッコよかったから、だけではありません。


「ハンナ。なにを読んでおるのじゃ?」


 本に夢中な私に声をかけてくるのは、エメラルドの瞳をした金髪のエルフ。


 そう。【至剣の姫】レイニーその人。


 私の故郷は魔物に襲われ、滅びました。そこへたまたま通りかかったレイニーは、唯一生き残った赤ん坊――つまり私を見つけ、手ずから育ててくれたのです。


 長命のエルフにとっては、十年なんて短いものなのかもしれません。


 それでも私なんかのために、有名な冒険者が前線を離れ、育児に専念してくれた――これは本当にすごいことです。


「レイニーの本を読んでいました」

「またか。まったく、誰がそなたにわらわの物語など渡すのか……」

「本当はレイニーから直接、冒険のお話を聞きたいんですけど」

「そっ、そんな恥ずかしいことできるか! 言っておくが、書いてあることなど半分はデタラメで、半分は誇張じゃ。決して信じるではないぞ!」


 レイニーは、強くて、カッコよくて、優しくて、おまけに照れ屋。だから、大好きです。


 でも私は、彼女を「お母さん」と呼ぶことはできませんでした。それは、ずっと負い目があったからです。


 彼女とは種族が違います。見た目が違います。能力が違います。並んで歩いていても母子だなんて誰も思わないでしょう。


 それでも私が冒険者になれたなら、少しは彼女に近づけるのでしょうか。


「……レイニー。いつか私が冒険者になったら、仲間にしてくれますか?」


 訊ねると、レイニーは困ったように微笑みます。


「ハンナ。そなたは冒険者にならずともよい」

「な、なんでですか。私みたいなどんくさいのに、冒険者は向いてないと?」

「そうではない。かわいいハンナを危険な目に遭わせたくないからじゃ」


 髪を撫でてくれるレイニー。なんだか気分がふわふわしますが、それでも私は食い下がります。


「じゃあ私が冒険者になったら、レイニーが一緒にいてください! そうすれば、危険なことなんて全然ありませんよね!」


「……そうじゃな。そなたが冒険者になれたのなら、一緒に旅をするのも悪くない」


 どうせ冒険者になんてなれないし、適当に答えとけばいいや、という雰囲気ありありでした。


 でも、なにはともあれ言質はとりました。

 私、憧れに憧れた、【至剣の姫】レイニーと冒険できるんです!

 もう約束しました! 今さら嘘だとは言わせませんからね!

 あとは冒険者になれさえすればいいんです。そんなの楽勝楽勝!


 幼い私は、そんな風に思っていました。


 さて……、ところ変わって現在。


 未来の英雄を育成する【ソルトラーク冒険者学園】の中庭です。

 

「――ハンナ・ファルセット、ふざけるのはおやめなさい!」


 細身剣で突きの練習をしていると、先生に注意されました。


「は、はい……」

「ほら、またふざける! 先生を笑わせようとしないで!」


 どう弁明したらいいんだろうと思っていたら、同級生達がゲラゲラと笑いだしました。


「せんせー、ハンナは真面目にやってそれなんです!」

「万年レベルゼロの武器オンチですから!」


 目頭が熱くなり、思わず顔を伏せます。


「ハンナ、本当に本気でやっているのですか?」

「……はい」


 彼女は新任の先生だから、知らなかったのでしょう。

 そう、私には剣の才能がてんでなかったのです。

 端から見れば信じられないくらいに。


 ――道具は大切にな。どんなものにも、神は宿っておるのだから。


 レイニーが旅立つ前に残してくれた言葉です。


 この世界には【道具レベル】というものが存在します。

 

 羽根ペンのレベルが上がれば、書く速度が上がり、文章も上手くなる。

 包丁のレベルが上がれば、切れ味が増して、食べ物の鮮度を保てる。

 魔導杖のレベルが上がれば、周囲の魔力を支配し、魔法を行使できる。

 

 道具レベルは、道具を上手に扱えるかどうかだけではなく、頭の回転が速くなったり、身体が強くなったりと、本人の能力にも影響を及ぼします。


 道具をよりよく使えるように、自分自身までも変わってしまうのです。

 レベルがひとつ違えば、見える景色が違うと言われるくらいに――


 ハンナ・ファルセット。

 十二歳でソルトラーク冒険者学園に入園し、現在十四歳。


 剣レベル、ゼロ。


 二年間絶え間なく磨いてきたはずの剣技は、お世辞にも上達したとは言えないものでした。

 

 腰の引けた構え、ぶれる切っ先、へなちょこな突き。


 モンスターどころか、虫も殺せないようなトロさです。


 背の低さやボブカットの髪、流行遅れの髪飾り、田舎くさい服装も合わさって、剣を振るっているときの私ときたら本当にお粗末なのです。


 皆が帰ってから居残り練習を続けても、レベルは上がりませんでした。


 ただの一度も。


 剣の才能がないなら、せめて他の武器を使えるようになろうとも考えました。


 でも、槍を使ってみても、斧を使ってみても、魔法杖を使ってみても、レベルはやっぱりゼロのまま。


 武器を振るどころか武器に振り回され、魔法だって成功したためしはありません。


「しょうがないわよ。だってだもの」

「万年ドンケツだと気楽だよなー。他人に追い抜かれる心配もないし」

「常に自分との戦いだもんね。ひゅー、かっこいー!」


「うう……」


 いつ頃からでしょうか。憧れた【至剣の姫】とは対極の、不名誉なあだ名で呼ばれるようになったのは。


「ドーンケツ! ドーンケツ! ドーンケツ!」

 

 冒険者学園における最弱を意味する言葉。

 

「ドーンケツ! ドーンケツ! ドーンケツ! ド・ン・ケ・ツ・ハ・ン・ナ!」

 

 呼ばれるたび、心は鈍く、光を失っていきます。自分がひどく、価値のないもののように思えてくるのです。


 どーせ私は生きる価値のない、グズ中のグズ。ご飯を無駄に消費する豚です。


 いえ、豚さんは人に食べられるために肥えているのですから、私はそれ以下。できるのは、みんなのストレスのはけ口になることくらい。


 でも、そんな私にだってプライドはあるんです。

 泥だらけでみすぼらしくても、夢は捨てたりしません。

 冒険者にさえなれば、レイニーにまた会える。一緒に冒険できる。


 そう信じてやってきたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る