第32話 全て剣闘王の差し金です。
ソルトラーク家の屋敷がどこにあるかは、ティアレットに住む者なら誰でも知っています。
街の西、高級住宅が建ち並ぶ一角。その中で最も大きな屋敷……、もはや城と言っても過言ではない建物こそ、学園理事長にして剣闘王、ティアレットの影の支配者とも囁かれるバゼル・ソルトラークの根城なのです。
根城、というのは言い方が悪い?
いいえ、合ってます。バゼル・ソルトラークは私にとっては魔王。不倶戴天の敵なのですから。
ミラさんを連れて屋敷の前へとやってくると、門番ふたりが槍を構えて威嚇してきます。
「とまれ。この屋敷に何用だ」
「エッグタルトのハンナ・ファルセットとミラ・カーライトです。理事長にお話したいことがあります」
「エッグタルト……? ああ、邪教徒の店として評判の。そんな汚らわしいヤツらを通すわけがないだろう」
門番達は侮蔑的な眼差しを向けてきます。私にだけならともかく、ミラさんにまで。
腹が立ちますが、ここでブン殴っても肝心の相手に会えなくなっちゃいますし、穏便に済ませましょうか。
「なら、これではどうです?」
私は懐から一通の手紙を取り出します。怪訝な顔で受け取った年かさの門番は、赤い封蠟に押された紋章を見て青ざめます。
「こ、これは、メディト家の……! どうしてお前がこんなものを!」
「メディトのおばさんは、ミラのお客さん」
古くからティアレットを支える豪商メディト。
今はそれほど強い権力を持っているわけではありませんが、ソルトラーク家でも無視はできない存在です。
そして、メディトを束ねるロブ・メディトの奥さんこそ、肌がガッサガサになったとクレームをつけてきた、例のおばさんだったのです。
もちろん、今はお肌ツルツル。完全にミラさんが作る美容液の虜ですけどね!
しかし、あのおばさん、本当にお金には困ってなかったんですね……。
門番が手紙を開封します。中にはいかにエッグタルトが素晴らしい店であるか、そしてその悪評を立てることがどれだけ愚かなことであるかがツラツラと書かれています。
私も事前に中身を読ませてもらいましたが、クレームをつけさせたら天下一品でした。敵に回すと面倒ですが、味方にすれば千人力。
「くっ。おい、この手紙を持って判断を仰いでこい!」
「はっ、はい!」
命令された若いほうの門番が、慌てて屋敷へ走って行きます。手紙の効果は絶大で、しばらくすると私達は、屋敷の応接間へと通されたのです。
「なんか、すごいところ過ぎる……」
ミラさんはお腹を痛そうにさすっています。無表情なのでわかりにくいですが、そうとう緊張しているみたいです。
まあ……、天井はやたら高いですし、絨毯は柔らかいですし、肖像画が至るところに飾られてますし、金持ちの家って感じがハンパなくしますからね。圧倒されるのも無理ないです。
私も怒りで感覚が麻痺してなかったら雰囲気に飲まれていたかもしれません。
しばらく待っていると、応接間の扉が開きました。現れたのはセシル。そして奥にはバゼル・ソルトラークが立っています。
理事長はどかっと椅子に座ると、威圧的に私を睨みつけてきます。
「貴様か、ノミ」
開口一番これですよ。やってられませんね。
「ええ、私です。覚えていてもらえたとは光栄です」
「忘れようにも忘れられんからな。貴様の虫すら殺せん無様な剣さばきは」
「ですよね。だから学園から追放されたんですものね。学園の伝統、合格率百パーセントを守るんでしたっけ」
私は見せびらかすように冒険者の証を取り出しました。
「でもおかしいですね? 私、合格しちゃいましたけど」
「ふん、それこそキミが邪神に魂を売った証明だろ?」
理事長の後ろに立つセシルが吐き捨てるように言います。
「でなければ、合格なんてありえなかったんだからね」
ローゼリアから魔石を奪い取った、の次は、邪神に魂を売り払った、ですか。ほんとにこの女はもう……。
「理事長。あなたは責任ある立場なのに、娘の言うことを鵜呑みにしてしまう人なんですか? だとしたら興ざめなんですが」
「はっ。俺が誰かに言われてやっていると思っているのか? だとしたら大間違いだ。貴様の店を潰そうと思っているのは他ならぬ俺自身。セシルにはその手伝いをしてもらっているに過ぎない」
「へえ。手伝いって、店についてあることないこと言いふらす卑怯なやり方のことです?」
「ボクはみんなに真実を伝えているだけだ。それのどこが卑怯だと言うんだい」
「なるほど。個人の思い込みも、行き着くところまで行き着けば真実に変わるんですね。知りませんでした」
「なに!?」
「――セシル」
理事長の喉から、凄みのある低音が発せられます。それにより彼女はすっかり萎縮してしまいました。
いいえ、彼女だけではありません。私だって、背筋のうぶ毛が逆立つのを感じました。
ミラさんなんて、理事長が登場してからは置物みたいになって、一言も言葉を発していません。
鈍器レベルが上がった今だからこそわかります。
剣闘王バゼル。この人はやっぱり強いです。さすが、レイニーと並び称されるだけのことはあります。
「毛布にノミがいるのがわかれば、誰でも天日干しにする。それと同じことだ。ティアレットは冒険者の街であり、剣闘王たる俺の庭だ。そこで邪教徒が店を開くなど、許されるはずがあるまい」
「あのですね、私は確かに鈍器を使いますが、邪教徒でもなんでもないんですよ」
「なら貴様の鈍器レベルについてはどう説明する。ギルドからはありえない数字がスキルツリーに表示されたと聞いているぞ」
「……」
理事長らの言っていることは完全に言いがかりです。
でも、それを証明する手段がないのです。
昔から邪教徒の疑いで裁判にかけられる人は少なくありません。
そして彼らは『自分達が邪教徒ではない』ということを自らで証明することを求められ、それができずに有罪となりました。
私も、もし邪教徒の弾劾裁判にかけられたとしたら――きっと有罪にされ、一生牢のなかで暮らすはめになるでしょう。
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