第33話 わかりにくいけどご立腹です。

 ぶっちゃけ私は邪神と呼ばれる存在、鈍器の神ドルトスに、そこまで敵意を持っていません。


 というか、鈍器の神様は本当に邪悪なものなのだろうか――そんな疑問が、私のなかには芽生えつつあります。


 それは、鈍器に宿る神様が見えているからです。


『わいら散々言われとるがな……』

『しゃーないわ。悪者にされるのはいつものこっちゃ』


 今も二匹の熊さんが、そんなことを話しているのが聞こえます。このかわいい子達が邪神の一部だとはどうしても思えないんですよね。


 邪神を信仰なんかしないけど、そもそも邪神だと言われている鈍器の神ドルトスは、別に悪い神じゃないのでは、なんて……。


 そんな思想、理事長やセシルのような偏屈な人達には絶対に言えません。言えばそれこそ邪教徒として認定されてしまうでしょう。


「……ハンナは邪教徒なんかじゃない」


 どうしたものか、と思っていると、隣でミラさんがぼそりと呟きました。


 あれっ、ミラさん、理事長から無駄に発せられている威厳に竦んでいるのかと思っていたんですが、どうやら違ったみたいです。


 これ、わかりにくいですけど怒ってますね。それもすっごく。


「だから、それをどう証明するのかと聞いている」


「行動で証明する。邪教徒呼ばわりしたことを、あなた達が恥ずかしくなるくらいのことを、これからハンナがやってくれる」


「ほおー?」


「ちょ、ちょっと待ってください? なに言ってくれちゃってるんですかミラさん!」


 味方してくれるのは嬉しいんですけど、何気に私が頑張らなきゃいけない方向に話が進んでいる気がするんですけど!


「そこまで言うなら見せてもらおうか。貴様らのようなノミがあがく様をな……!」


 冒険者でもないミラさんに言い返されるとは思っていなかったのでしょう。理事長はこめかみにピキピキと血管を浮き上がらせながら、そう言い放ったのでした。



***



「あっはっは! なかなかやるわねあなた達! あのバゼル・ソルトラークにケンカを売るなんて!」


 お店に来たメディトのおばさんが大笑いします。


「あのですね、おばさん。これ全然笑いごとじゃないんですよ」


 最初こそ敵対していた彼女ですが、今では一番のお客さんです。


 悪い噂が立ってからも、一日たりともかかさずお店に来て、何かしらの美容アイテムを買っていってくれます。理事長への手紙だって書いてもくれましたし、悪い噂を消そうと私達の知らないところで頑張ってもくれてるみたいです。


 肌が若返ったからでしょうか。本当に、性格も以前とは全く違っておおらかに感じます。


 ミラさんの薬で、どんどん綺麗にもなってますしね。


「まあ、笑ってばかりもいられないわねえ。ソルトラークはこの街で一番の権力者だから、私ができることも限られるし。宣言を現実に変えられなければ、次にアイツがしてくるのはあなたを邪教徒裁判にかけることでしょう」


 邪教徒裁判。さすがにブルル、と背筋が震えました。


 一度疑われたら最後、絶対に無罪にはならないと言われる、恐ろしい裁判です。普通に鍛冶師や大工が鈍器を使っているくらいなら、裁判にかけられるまではいかないんですけどね。


 邪教徒、邪教徒と罵られても、みんな本気で邪教徒だと思っているわけじゃないですから。


 でも、私の場合は違います。だってレベルが一億とか、自分で言うのもなんですけどもはや神の領域じゃないですか。


 しかも他の神様と違って、邪神は今もリアルに「存在する」神様です。大昔に起きた神々の戦争で血肉の大半を失いながらも生き残り、魔人や魔物らを使役し【魔の大地】を支配している――


 邪教徒裁判は、信仰の有無を罰するだけでなく、魔人や魔物に人間側の情報を売り渡すスパイを取り締まるものでもあるわけです。


「ハンナ、ごめん……」


「ミラさんは謝らなくていいんですよ。どのみちアイツらを見返す計画を立てなきゃいけないのは変わりないんですし」


 それにミラさんが言い返してくれたのは、ちょっと嬉しかったですしね。


「でも、どうすればいいんですかね? こうなると、ギルドの仕事をちょこちょこ受けてても、どうにもならないような気がするんですけど……」


 こういうときは年長者の知恵を借りるべきでしょう。そう思って私はメディトのおばさんを見つめます。


「そうね。ふたりはルドレー橋、って知ってるかしら?」


「ルドレー橋? ええと……、王都ラベックとティアレットを結ぶ大きな橋ですよね。あ、でも一年前の大洪水で流されたんでしたっけ?」


 王都は私の故郷と逆方向なので、使ったことありませんけど。


「あの橋がないと旅人やキャラバンは迂回するか、船を使うしかなくて、王都―ティアレット間の物流は滞る。ところが、そんな大事な橋が一年経ってもまだ直っていないの」


「え。そんなことってありえます?」


 どんなすごい橋でも、一年もあれば架けられそうなものです。


 大工さんの人手が足りないのでしょうか。だとすれば役に立てるかも……って、私はもう大工じゃなくて冒険者なんでした。


「橋が完成するたびに、魔物が壊していくから、何度作り直しても埒があかないのよ」


「魔物が橋を壊す? しかも何度も?」


 どうしてでしょう、と疑問は湧きましたが、だんだんと話が見えてきました。


「なるほど。つまりはその魔物を私が倒す、と」


「そうそう。魔物って要は邪神の使いでしょ? 大きくて強い魔物ほど、邪神の強い加護を受けてるし、こう何度も壊されてると『邪神の命令で動いているんじゃないか』って噂も出てきてるわけ。それを倒して戻れば、ちょっとは店の評判も回復するんじゃない? 上がりすぎてる物価も元に戻るし、皆から感謝されると思うわよ?」


 確かに。最近、ティアレットの物価ってやたらと上がっているんですよね。前なら一本3ペルで買えていた串焼きが、今じゃ5ペルもするんです。ありえなくないですか?


 学園を追い出されたときに今の物価だったら、間違いなく死んでいましたよ。


「ルドレー橋が直ったら、王都からもお客さんが来る」


 ミラさんが無表情のまま、ふすーっと鼻息を荒くします。そういう考え方もできますね。


 まあ、店の噂を払拭できていることが前提ですが。


「どうする? もし魔物を退治できたなら、メディト家が全力で噂を上書きするわ。そうすればソルトラークもしばらくは手を出せないでしょ。どうする? 受ける?」


「あたぼーです。受けるに決まってるじゃないですか」


 おばさんには感謝です。この話、私達にはメリットしかありません。


「大体、噂とか関係なく、人が困っているのを見過ごすわけにはいきませんね」


 橋が魔物に何度も壊されている――それが本当のなら、一番悔しい思いをしているのは関わった大工さん達です。


 彼らの頑張りが報われるように、今度こそ私が橋を守ってやるのです!

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