第95話 真実は嘘よりも醜いです。
「ローゼ、なに言ってるんだ……。ハンナに負けさせまくって……?」
「あ……。えへっ?」
うっかりしゃべりすぎたことに気づき、ローゼリアはぎこちない笑みを浮かべます。
けれど、お馬鹿なセシルもさすがにこれにはごまかされません。
「嘘だよね。わざとハンナに負けさせまくってた……? ローゼ、キミは……、キミだけはずっと友達だと思っていたのに、まさか最初から……、ボクのことを裏切っていたのか……?」
「ち、違うよぉ。裏切るなんてとんでもない。アタシはただ、はめて、陥れて、絶望させて、そうして弱ったところにつけいって、セシルを正真正銘、アタシの
そう言ったあと、ローゼリアはすぐさま自らの口をおさえます。
「な、なんで!?」
まるで言葉が意に反して出てしまった、という様子でした。
おかしいと思いました。どうやら彼女はさっきから、本当は全く違うことを言おうとしていたみたいです。嘘に塗れた上辺だけの言葉を。けれど、実際に漏れ出ているのはどれも偽らざる本音。
「ローゼ……? キミは一体……」
「神玉の力にござります。この【アトロポス】の前では、人は真実しか語れないのでござりますよ」
アスピスが懐から取り出したのは丸い水晶玉。いえ、その水晶玉には短い柄がついていたので、杖といったほうがしっくりくるかもしれません。
真夏の海をぎゅっと凝縮し、玉の形に塗り固めたような――そんな神秘的な色をしていました。ずうっと見ていると、心のなかまで映り込んでしまいそうです。
「ということは、今ローゼが口にしたのは、全て真実……?」
「ヤ、ヤダヤダ、ヤッバーい☆ そんなワケ
「……つまり一番に考えているのは、自分のこと?」
「そうだよ! だからアタシ、セシルをもっともっと傷つけたいの。だって、そうすればアタシに頼らざるを得なくなるでしょ? アタシのことをもっと好きになってくれるでしょ? アタシはセシルのお間抜けなところも、みっともないところも、全部認めて、許してあげる。だって親友なんだもん!」
多分、ローゼは弁明しようとしているんだと思います。まくしたてる表情は真剣そのものだから。でも、それを受け取ったセシルの顔色はどんどん青ざめていきます。
逆効果とはまさにこのこと。当然です。しゃべればしゃべるほど邪悪な企みが明らかになっていくんですからね……。
神玉アトロポス――こんなにもローゼリアの弱点となる道具があったとは……。
私にも一台、もらえないものでしょうか。
「アスピス、とか言ったよねェー……。その玉をよこせば、今ならまだ許してあげ
神玉で得意の口八丁が封じられてはどうしようもない、とローゼリアもついに思い至ったのでしょう。セシルの説得を諦め、アスピスを睨みつけます。冥府の底から聞こえてくるような、野太く低い声で。
許してあげる、と言ったつもりなんでしょうが、やっぱり本音が漏れちゃってます。
「お断りするでござります。この神玉はワテくしにとっては命よりも大事なものですので」
「ふうん。命より大事なんだあ。あはっ、ならなおさらぶっ壊すまでよ! ……さあ、ハンナ。やっちゃって!」
「ふむ……って、ええ!? ここで私ですか!? 今の、ローゼリア自身が戦いを挑む流れでしたよね!?」
めちゃくちゃ他人事だと思ってたらいきなり振ってこられたので、私は盛大に驚きました。
「なに言ってんの! セシルが勝てない相手に、アタシが勝てるワケないじゃん!」
「そりゃそうかもしれませんが! そこは意地を貫き通すところでは?」
「うるさいうるさーい! さっさとあの玉コロを鈍器で粉々にしちゃってよォ! ハンナそういうの得意でしょお!? じゃなきゃ、あの女にセシルを取られちゃう!」
もはやヒステリーの極致という感じで、ローゼリアが叫びます。
いやあ……、超、気乗りしません……。
でもまあ、アスピスとはどのみち戦わなきゃいけなさそうですし、ここは形だけでもローゼリアの頼みを聞いてあげましょうか……。
「セシル。あなたがローゼリアから離れていくのは大賛成ですが、そのアスピスって人についていくのは、全然オススメできないですよ。相手を追い詰めて従わせる。やってることはどちらも同じです」
私は大ハンマーを構えながら、セシルに呼びかけました。彼女のためを想って、というよりは、一応良心に従ってというやつです。
アスピス。頬にハンマー型の焼印を入れられた赤髪の少女。邪教徒ではなく、その疑いをかけられて迫害された者。それが真実なら同情を禁じ得ませんが、先程からの言動を見る限り、やはり胡散臭さが拭えません。
自分の目的のためなら、手段を選ばない――そういう人特有の雰囲気を彼女から感じるのです。
「大体、あなたはアスピスの目的だって聞いてないでしょう? なのについていくんですか? どうせあなたは、彼女に利用されますよ」
「そうかもしれない……。きっと、ハンナは正しいんだろうね。これまでもずっと、間違っているのはボクのほうだった」
セシルは泣きそうな表情で、唇をぎゅっと噛みしめました。
「でも、ボクはイヤなんだ……。弱い自分が、たまらなく大嫌いなんだよ。キミに負け続けるのも、みんなから大したことないって思われるのも、お父様から軽蔑されるのも、もうイヤだ。たとえ間違っていたとしても、せめてボクは強くありたい……」
「ふざけないでください。その考え方こそがあなたの弱さだと、なぜわからないんですか!」
「それは……」
「やかましいでござりますね」
アスピスはうざったそうに言うと、私との距離を一息で詰めてきました。
「くっ」
すんででハンマーを起こし、刃の到達を防ぎます。互いの武器を重ね、押し合う私達。意外に力も強いですね、彼女。馬鹿力には自信のある私が、ゴリ押しでねじ伏せることができません。
「そんなに疑うなら、ワテくし達の目的を教えましょう」
アスピスはしらっとした表情のまま、とんでもないことを言い出しました。
「――我々の神、ゾーディア様を復活させるのでござります」
「は? ……それ、本気で言っているんですか?」
「もちろんでござります。そうすれば人々は皆、邪神におそれおののく必要はなくなる。誰もが救われるのでござりますよ?」
剣の神ゾーディアは、神々戦争の最中にドルトスによって殺された、とされています。その骨肉は、空から地上に降り注ぎ、彼女の司っていた剣や利器に少しずつ、バラバラになって宿りました。
私には今だって見えています。アスピスの神剣、それにセシルの剣に宿っている、純白のドレスを着た美しい女性。その小さな神様こそ、ゾーディア様の成れの果て。
当然アスピスが求めているのは、力をほとんど失ってしまった神様などではありません。邪神ドルトスとも互角に戦い得た、かつてのゾーディア様を復活させようというのです。
方法はさっぱりわかりませんが。
「セシル、あなたにとっても、それは充分な目的でござりましょう? 【剣の巫女】として、ゾーディア様を復活させる。これ以上の英雄的行いがあるでござりましょうか」
「……それが本当なら、ボクが断る理由はなにもないね」
「ヤダヤダ、セシル! そんなヤツの言うことなんか聞いちゃダメ! このッ! 【フレイム・ブラスト】!」
意を決したように頷いたセシルに耐えかね、ローゼリアが放ったのは炎の魔法。
対象はもちろんアスピス。私が今まさにつばぜり合いを演じているのに、ですよ? こっちまで巻き添えになるでしょうが!
「――剣技【マナ・スラッシュ】」
けれど、その魔法が私達まで届くことはありませんでした。
魔力を切り裂いて無効化する剣技により、炎の魔法は真っ二つ、左右に分かれて爆発したからです。
そしてその剣技を使ったのは、アスピスではありませんでした。
「セシル……。どうして……」
アスピスを炎の魔法から守ったのは、ローゼリアが親友、親友と呼び続けてきた少女でした。
「どうして? キミにだけは聞かれなくないな、ローゼ。キミとの友情は、さっきまでのボクが唯一失いたくないと思っていたものだった。つまりボクにはもう、失うものはなにもないんだ。そんなどうしようもないボクが、ゾーディア様復活に力を貸せるんだってさ。本望以外のなにものでもないだろう」
「セシル! アタシとの友情はまだあるでしょ!? 失われてなんかないってば!」
どの口が言うんでしょうか、と思ってしまいました。ローゼリアの告白、もし私がセシルの立場で聞いたとしたら堪忍袋の尾が切れて切れて、ついには品切れになりますよ。
正直、冷静さを保っているセシルを、ちょっと見直したくらいです。
「セ、セシルゥ。アタシたち、親友だよね……?」
媚びた声を出すローゼリアを突き放すように、セシルは返します。
「キミがまだ親友を自称するんなら、最後くらいボクの決断を応援してくれてもいいんじゃないか?」
「……ヤダヤダ、行っちゃヤダ!」
ぶわっとローゼリアの瞳から涙があふれました。お気に入りのおもちゃを取り上げられた幼児みたいに地団駄を踏み、なおもセシルに訴えかけます。
「その女はペテン師だよ! アタシにはわかるの! 今しゃべった目的だって、絶対嘘に決まってるんだから!」
「いや、神玉の前では嘘はつけない」
「持ち主だったら嘘をつけるのかもしれないでしょ! ううん、絶対そう!」
「それはない。ゾーディア様の三種の神器。その力については、お父様からも聞いたことがあるんだ。神玉アトロポスは、所有者にも嘘を許さない。そうだろうアスピス?」
「その通りでござります。ワテくしがこれまでしゃべったことは、全て嘘偽りない真実にござりますよ」
なるほど。だからセシルはこうも簡単に、アスピスを信じたってわけですか。
醜い本性がさらけだされたローゼリアとは真逆で、アスピスはセシルの望む言葉ばかりを並べるんですからね。しかも、それらは全て真実だという証明書つき。
でも私は見逃しませんでした。セシルの決断を聞いたときに、アスピスが口元に浮かべた邪悪な笑みを。
本能で確信しました。この女は敵だ、と。
『ゾーディアを復活させる? さっきから黙って聞いてりゃ、こいつアホなんちゃうか?』
『そんなことしたら救われるどころの話やないで。全てがしまいや』
鈍器の神様も、私の直感は間違っていないと後押ししてくれます。
まあ、この神様達って、元々は鈍器を司る邪神ドルトスの一部だったはずですから、単にゾーディア様のことが嫌いなだけなのかもしれないですが……。
「ハンナ・ファルセット。そなたはどうでござりますか? 友達の決意は尊重するでござりますよね?」
「てやんでーです! 残念ですが私、セシルと友達なんかじゃありませんので!」
アスピスの真の狙いはわかりません。でもとりあえずブッ倒すことにしました。理屈なんて、それからでいいんですよ! それからで!
戦闘再開です。私はいったんアスピスとの距離をあけ、ブンッとハンマーを振るいました。
「鈍器スキル【千本釘】!」
空魔力で作られた無数の釘が生み出されます。遠距離攻撃を広範囲に浴びせかける、私の得意技。
一気に解き放たれる釘。逃げ場はなし。けれど、アスピスも負けてはいませんでした。
「――剣技【サウザンドエッジ】」
先ほどの私同様、手にした武器で素振りすると、彼女のまわりに無数の刃が創造されました。
それらは私の放った釘一本一本を、寸分違わず迎え撃って、相殺していきます。
セシルを一蹴しただけのことはあります。のほほんとした顔して、やるじゃないですか。
でも、攻撃はこんなんで終わったりしませんよ!
私は再び間合いを詰め、アスピスに鈍器を叩きつけます。
「鈍器スキル【ぶちかまし】!」
「はっ。なんて単純な攻撃でござりますか」
剣で鈍器の一撃を防いでみせるアスピス。やっぱり、妙です。彼女の体格で、私のパワーを受けきるなんて。
――でも。
「単純だと評されるのは心外ですね。だって、まだ終わりじゃないんですから!」
大きく脚を上げ、ハンマーヘッドにかかとを叩きつけます!
「【ぶちかまし・二連】!」
鈍ッ!
アスピスの足場に入ったヒビが、ハンマーを受け止めていた剣にのしかかった重みを物語ります。普通の武器なら真っ二つに折れていてもおかしくありません。……が、そこは相手も神剣。
これだけの衝撃を与えても、ヒビひとつ入っていません。
「く……」
しかし、アスピスは苦痛に顔を歪めました。どうやら剣を持っていた腕には、しっかりとダメージが入ったようです。
「さすがは【鈍器姫】。まともにやりあっても勝てる相手ではないでござります」
「早くも降参ですか? 私、まだまだ全力は出してないんですけどね」
「そうでござりましょうねぇ。では、最初から全力を出さなかったことを後悔するでござります」
そう言うと、アスピスは私の方に盾を向けました。神鏡を変化させた、例の鏡の盾です。
そして――私は見てしまいました。鏡に映り込んだ、自分の顔を。
死に顔が映る。ローゼリアの語っていた怪談とはしかし違い、そこには私の、見慣れた顔かあるばかり。
「なんだ、びっくりさせないでくださいよ。誰がこうか……い……?」
けれど、いきなりです。視界がぐわんぐわんと揺れだし、私は立っていられなくなりました。全身から力が抜けていくのがわかります。
なんですか、これ。一体なにがどうなって……。
「【神鏡クロト】。この鏡で己の顔を覗き込んだものは、強制的に走馬灯を見せられる――そして走馬灯を見ているあいだは、身動きひとつとれなくなるでござります」
「な……! その鏡は、死に顔を映す鏡なんじゃ……」
「よく知ってござりますね。無防備になったところでワテくしがブスリとやれば、鏡に映るのは紛れもなく死に顔。そういうカラクリなのでござります」
これはヤバいです。もはや私には、アスピスの声がどっちから聞こえてきているのかすら判別できません。
地面の感覚がなくなり、上下左右がわからなくなり、揺れていた視界はどんどん昏くなっていきます。
走馬灯を見るって、一体どのくらいの長さの? とにかく、このまま過去の振り返りなんか始まろうものなら、そのあいだに私は殺されてしまうでしょう。
まだレイニーに会えていないのに、死ぬわけにはいきません!
なんとしても、身を守るためにギリギリまであがかなければ!
「鈍器スキル【土壁造】!」
まだ私の手にハンマーが握られているのなら、足に鋼鉄の靴をはいているのなら、鈍器スキルを使えるはず。
そう思い、私は必死になって、感覚のない手足をバタバタと動かしました。スキルによって、己を守る強固な殻を作り上げるイメージで。
「【土壁造】! 【土壁造】! 【土壁造】!」
上手く行ったかどうかは――全くわかりません。だってなんの感触もないんです。
それでも私は、鈍器の力を信じるしかありませんでした。
暗闇に包まれていた視界に、ほんの少しの明かりが差し込みます。
その光はだんだんと大きくなり、目の前に現れたのは綺麗なエルフの顔。
見間違えるはずもありません。レイニーです。
私を育ててくれた彼女が、子守唄を歌っています。赤ん坊――つまり私を寝かしつけるために。
これが走馬灯? 自分自身ですら忘れていた記憶が、そこには広がっていたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます