第4話 書類審査に落ちまくるようなものです。


 次の日。寮の自室を空っぽにして、ティアレットの街に出ました。

 

 荷物は鞄ひとつ分の着替えだけ。所持金はたった150ペル。三日の寝食で使い果たす金額です。国の冒険者支援制度により、学園にいるうちは食費の補助が受けられたのですが、今日からはそれも当てにできません。

 

 実家のあるコーネル村までは馬車で二日かかり、支払いはちょうど150ペル。今ならぎりぎり帰れます。


「でも、村のみんなに退学になっただなんて、言えるわけありません……」


 そんなことしたら、育ててくれたレイニーの顔にも泥を塗ることになります。

 冒険者にはなれなくても、せめて一人前の大人になって帰ろうと思いました。


 そのためには、きちんとした職につかないと。もちろん、授業にもついていけなかった私が冒険者になるのは無理でしょう。武器を使わなくて済む仕事を探すべきです。


 向かったのは冒険者ギルドではなく、就職斡旋所。

 街での求人を一手に引き受けているところです。


 ……が。

 

「さっそくですが、道具レベルを見せてください」

「は、はい……」


 斡旋所のおばちゃんが言うので、仕方なく私は自らの能力をさらけ出します。


「ツリー・オープン」


 私がそう口にすると、胸のあたりから枝分かれした木のような絵が飛び出し、空中に表示されます。それはこの世界では誰もが知っている、レベルやスキルを一目で確認できる【スキルツリー】と呼ばれるもの。


 木の枝のように見えるのは、無数に枝分かれするスキル。身につけたスキルは光り輝くため、レベルが上がれば上がるほど木は大きく光って見えるのです。


 例えば同じ剣レベル10の戦士がふたりいても、どのスキルを習得するかで特性は変わってきます。【力持ち】のスキルで筋力を上げていけば重戦士になれますし、【軽業師】のスキルで敏捷性を選べば軽戦士です。


 なるべくなら万能型ではなく、似た系統のスキルを集めて特化型にしていくのが、早く強くなれる近道なんだそうです。

 

 ……私には万能とか特化とか、まるで関係のない話ですが。


「なんだいアンタ、なんのスキルも使えないじゃないか!」

「うううう、すみません……」


 そうなのです。私がダメなのは武器だけじゃないんです。その他の道具もからきし。


 普通の人は日常生活で道具を使っていれば「ピロン♪」という音とともに1や2は簡単にレベルが上がります。そういうものなんです。


 でも私は自分の「ピロン♪」を一度も聞いたことがありませんでした。


「アンタみたいな無能に紹介できる仕事はないよ! ダメな人を紹介したとあっちゃ、斡旋所の評判にも関わるんだからね!」


 しっしっ、と手であっち行けされてしまいました。

 

「なにも仕事を紹介してもらえないなんて……。どうしよう……」


 街に佇み、私は途方にくれました。頼みにしていた斡旋所でこんな仕打ちを受けるなんて。社会経験のなさと才能のなさに、涙がちょちょ切れそうです。


 やっぱり無能な私が仕事を探すなんて無理があったんでしょうか。


「今なら、まだ村には帰れるけど……」


 確認のため布袋を指で探ると、なんだか硬貨が減ってるような気が。


「……あれ? 140ペルしかない!?」


 そんなはずないです。寮を出るときは、確かに150ペル持ってたはず。


 そして私は、自分のお馬鹿っぷりを呪いました。

 

 私の手には、いつのまにか三本の肉串が握られています。

 そうです。私は斡旋所を出たあと、ぼーっと考え事をしながら肉の焼ける匂いにつられ、串焼きを購入してしまっていたのでした。

 嫌なことがあるとドカ食いしてしまう癖が、無意識に出てしまったのです。


「もう、お家にも帰れません……」


 串に残ったサイコロ肉を口に含みながら、ぐすんと鼻をすすりました。……この串焼き、味付けが濃くておいしいですね。


 うん、ここは自体を肯定的にとらえましょう。退路が絶たれたことで、命がけにもなれるってもんです。こうなったらどんな仕事でも構いません。

 

 宿屋、飲食店、道具屋。私はかたっぱしから仕事させてもらえないか聞いて回りました。


 しかし、就職斡旋所を通していない信用してくれるところなんてありません。それに【スキルツリー】を見られてしまうと、私が役に立たないことは一発でバレてしまいます。

 このときほど、【スキルツリー】の存在を呪ったことはありませんでした。


「お腹、空きました……」


 あっというまに日々は過ぎ、ついにお金がなくなりました。三日前から野宿、食事は二日前から井戸水だけ。燃費の悪い私にとっては拷問です。ぐるるる、とお腹が鳴り続け、服も汗で臭ってきてます。


「これ以上みすぼらしくなったら、本当に雇ってくれる人がいなくなっちゃいます……」


 困った私は、ついに教会に助けを求めることにしました。

 このアガレスト大陸ではありとあらゆる道具に神様が宿ると考える多神教【聖道教】が栄えていますが、その中でもとびきり慈しみ深いのが【料理の女神】ファルマ様です。

 ファルマ様の教会なら、きっと私のことも助けてくれるはず。ご飯も恵んでくれるはず!

 

 そう思ったのですが、街の人に聞いて必死に辿り着いた高台の大聖堂は――なんと作りかけでした。

 

「な、なんで……?」


 鍋を持つファルマ様の石像も、聖なる文様が刺繍された絨毯も、巡礼の旅を描いたステンドグラスもありません。


 あるのは木造の骨組みだけ。絶望が胸を満たしますが、お腹はちっとも膨れません。こんな腹ゼロ分目状態で、今来た道を下りる気にはとてもなれないです。

 

「もう、いいや……」


 私は屋根すらない聖堂に入り、横になりました。疲労と栄養不足で視界がぼんやりしてきます。


「疲れました……。なんだかとても眠いです……」

 

 私はここで死ぬのでしょうか。天使が迎えに来てくれるなら、それも悪くないんですが……。次に生を受けるなら、ちゃんとなにかの才能を持って生まれてきたいな……。


「――てめえ、行き倒れてんのか?」


 ふいに声をかけられて、私は目を開きました。誰もいないと思っていたのに、どうやら先客がいたようです。

 まわりを見渡すと、柱に背を預けて三十代後半と思われる男性が立っていました。


「あ、あの……、あなたは司祭様ですか?」


 疑問系になってしまったのは、その男性の顔があまりに厳めしく、身体も筋骨隆々だったからです。私の質問に、男性はふはっと愉快そうに笑います。


「てやんでえ。馬鹿言っちゃいけねえぜ。この大聖堂はこないだ火事で燃えちまってな。今は作り直しの真っ最中。神様はもちろん、司祭様だっていねえ。救いを求めんならよそ行った方がいいぜ、嬢ちゃん」


「そ、そうでしたか。すみません」


 どうやら彼は大工さんだったようです。仕事の邪魔になってはいけません。まして私がここで死んで、曰く付きの場所にするわけにはもっといけません。

 私はよろよろと立ち上がると、その場を去ろうとしました。


「……待ちな」


 すると、大工さんが私のことを呼び止めます。


「腹減ってんなら、飯くれーは食わせてやる」

「え、いいんですか!?」

「あたぼうよ」

「あ、あたぼう?」

「当たり前って意味だ。教会を立て直そうってえヤツが、子どもを見捨ててちゃバチが当たるってもんよ」

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