第5話 夢破れ、工事現場で働きます。

 大工さんは私を裏のほったて小屋に引っ張ります。

 

 小屋のなかには腕まくりをした体格のいい男性達がわんさといました。

 

 なんだか、部屋の温度が外と全然違います。


「棟梁、その子どうしたんスか。まさか……隠し子?」

「べらぼうめ。俺は嫁さん一筋だ。ぶっ殺すぞ」


「そうだべお前。棟梁の血を引いてたら、こんなにめんこくなるはずがねえだ」

「……てめえら、そろって命が惜しくねえみてえだな」


 どうやら私を引っ張ってきた大工さんは偉い人みたいです。

 

 彼は部下達を押しのけると、温かなトマトのスープをよそい、その上にパンをのせてくれました。


 口によだれがあふれてきて、私は食欲に任せてがっつきました。パンの食感はとても固かったですが、スープにひたすといい感じに味が染みこみ、神の味がしました。


 よそってもらった分を食べ終わっても、お腹の虫はとまりません。


「おう、遠慮しねえでどんどん食え!」


 私のお腹がぐうぐう鳴り続けるのを面白がって、大工さん達は器にどんどん盛りつけてきます。


「ありがとうございます……。ありがとうございます……!」


 嬉しくなって一気にたいらげました。身体中の血液がトマト味になるくらいスープを飲みまくり、私のお腹はパンでパンパンにふくらみました。


 お腹が満たされ一息つくと、私は興奮気味に自分のことを大工さん達に語りました。


「理事長も、セシルもひどいんですよ……! 私、頑張ってたのに、全然認めてもらえなかったんです。同級生達もドンケツドンケツって、そりゃ鈍くさいのはその通りですけど、もっと言い方ってものがあるじゃないですか!」

 

 タガが外れたみたいに、愚痴はとまりませんでした。


「そりゃー大変だったなぁ」

「俺らも似たようなモンよ。つまはじき者しか、大工になんかならねぇからな」

「大工と鍛冶は罪人の仕事って、昔っから決まってっからな。ああ、俺らは別に罪人じゃねえから安心しろよ」


「ま、なかには怪しいのもいるけどな」

「わはははは!」


 彼らはびっくりするくらい、私の話に耳を傾けてくれました。嬉しかったです。誰かに辛さをわかってもらえる、ただそれだけのことが、本当に。


「嬢ちゃん。働き口がねえんだったら、ここで雑用でもしてみるか?」


 棟梁がそう言い出したときには、思わず目を丸くしてしまいました。


「わ、私を雇ってくれるんですか? 得意な道具なんてなにもないですよ?」

「あたぼうよ。いくらレベルゼロでも、木屑を片づけたりはできんだろう? ……最初に言っとくが、給料は安いぞ」


 言い方はぶっきらぼうですが、今の私にとってこれほど嬉しい提案はありません。


「私、精一杯働きます! 役に立ちます!」

「期待はしてねえが、ま、頑張れや」

「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げ、棟梁の厚意に甘えることにしました。そしてせっかく働くからにはなんとか恩を返せる人間になろうと、そう誓ったのです。



***



「ハンナちゃーん! ここの道具かたしといてくれる?」

「あ、はーい!」


 工事現場で雑用をはじめて一ヶ月。だんだん工事現場での仕事にも慣れてきました。

 

 モットーは『人が面倒くさいと思うことをかたっぱしからやる』。スキルがないなりに、働き方はあるものです。


 ノコギリで切り出された木材をまとめ、余った木屑を箒ではき、散らばっている道具を拭いて綺麗にする。

 

 雑用中の雑用ってやつです。でも、ひたすら地味なことを続けていたら大工さん達も私を認めてくれるようになりました。

 

「ハンナちゃんが来てから、仕事が楽だわ。自分のことに集中できるっつーか」

「えへへ……」


 そう言ってもらえると嬉しいです。学園ではどうしても作れなかった居場所が、完全男社会の工事現場で見つかるなんて、人生はなんて数奇なんでしょう。


 むさくるしくも愛くるしい、かけがえのない我が家です。


 それにしても……、道具の手入れをしながら不思議な感覚に囚われることがありました。


 ……なぜか、大工さん達の持っているハンマーが無性に欲しくなるのです。


 傷だらけの、無骨な鉄製のハンマーです。

 

 ヤスリやノミには全然ひかれないのですが、ハンマーは持っていると妙に手に馴染みます。剣や斧より軽いからでしょうか?


「全然、かわいくもカッコよくもないのに……」


 ハンマーを見つめながら、私はひとりごちます。ゴツい、重たい、鉄臭い。こんなもののどこにひかれてるんでしょう。

 

 そういえば、ここに来るまでハンマーには一度も触ったことがありません。


 ――ハンマーは邪神ドルトスの司る道具。故に軽々しく手にするものではない。


 そう教えられ、レイニーと過ごした村でもごく一部の男性しか持つことを許されていなかったのです。


「ハンナ。おめえ、釘打ちに興味でもあんのか?」


 後ろから棟梁に声をかけられ、びくっとしました。

 

「あ、ええと……。そうなんです! トンカンって、ちょっと楽しそうですよね」


 頑張って取り繕いました。ハンマーそのものに惹かれている、だなんて、女の子とは思えない発言をするわけにはいきません。

 

 変な女の子だと思われても困りますし……。いや、レベル上がらないとか、食いしん坊すぎるとか、すでに変だとかいうツッコミは置いておいて……。

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