第9話 はじめての冒険者ギルドです。

 大工さん達とのお別れは、すぐにやってきました。


 木造建築の美しい教会、ティアレット大聖堂がついに完成したのです。荘厳な屋根。丈夫な外壁。豪奢なステンドグラス。どこをとっても完璧で、この建築に自分が携わったのだと思うと、誇らしい気持ちがじわりと胸に溢れてきます。


「先生もったいないですよ。このまま大工を続けたほうがいいですって。冒険者はカッコつけばかり。鈍器レベルがいくら高くても、剣や魔法を使うやつらにゃ絶対馬鹿にされるんですから」


 名残惜しそうな大工さん達に、私は頭を下げます。


「ごめんなさい。それでも、私は冒険者になるって決めたんです」


「で、でもせんせえ……」

「グズグズ言うのはやめねえかお前ら。みっともねえ!」

「棟梁……」

「最後くれえ、気持ちよく送り出してやろうじゃねえか。それによ、俺は見てみてぇんだよ。ハンナの鈍器が、冒険者としてどこまで通用するかを」


 棟梁はパチンと指を鳴らします。それを合図に、大工さん達が布に覆われた、なにやら重そうなものを運んできました。

 

「餞別だ。持ってけ」


 布をはぎとると、現れたのは大小ふたつのハンマーでした。


 小ぶりなほうは、腹は平たく、背は爪になっている、いわゆるネイルハンマーです。片手で持てるので、釘を打つのにも抜くのにも活躍しそうです。


 大きなほうは、柄の長い両手持ちのハンマー。金属部は大人の胴体よりもぶっとくて、竜の頭でさえも一撃で砕けそう。

 

 ていうか、ちっちゃな私が持つとサイズ感が明らかにおかしいです。


「これってもしかして……?」

「ああ。嫁さんに作ってもらった特注品だ。きっと過酷な冒険にも耐えられるだろう」


「師匠……」


 今日はお別れに来てくれていませんが、こんなに素敵なプレゼントをもらえるなんて。


 感動であふれそうになった涙をぐっとこらえ、私は宣言しました。


「……行ってきます。冒険者業界に、鈍器のすごさを知らしめてやります!」

「あたぼうよぉー! 先生ならできる!」

「鈍器を使いこなす先生こそ、漢のなかの漢ですぜ!」


 なんだか不本意なエールまで受けてしまってますが……、気にしません。

 大ハンマーを背に、小ハンマーを腰につけると、私は大聖堂をあとにしました。

 目指すはそう、憧れの冒険者ギルドです!



***



 カララン。


 ギルドのなかに入ると、扉際のテーブルに陣取っていたパーティがじろりとこちらを睨んできました。


 屋内には六人掛けのテーブルが四に、四人掛けのテーブルが六。それに立ち話用の脚の長いテーブルが五つあって、その多くを冒険者達が囲んでいます。


「う、ううむ……」


 さっきまでの威勢はどこへやら、私は思いっきり気後れしました。


 分厚い鉄鎧を着た重戦士。樫の杖を持ったエルフの魔術師。黒髭をたくわえた斧使いのドワーフ。自前のナイフでリンゴをむいているのは盗賊さんでしょうか。


 誰も彼も歴戦っぽくて、カッコいい人達ばっかり。

 

 ノリで「鈍器のすごさを知らしめる」とか言っちゃいましたけど、明らかに私、浮いています。


 そりゃそうですよね……。冒険者なら、みんな剣か魔法を使いたいですもん。次点で槍か弓?


「ねえ、あれ見て」

「ダッサ、ハンマーなんか担いでやがる」


 カアアア、と頬が熱くなりました!


 そう。土方文化に一年も染まっていた私は、すっかり忘れていたのです。


 神話だのなんだのとは関係なく、鈍器はダサい。


 その決して覆すことのできない世界の理を……!


「いらっしゃい。見ない顔ね。新人さん?」


 入り口で固まっている私に声をかけてくれたのは、カウンター奥に座る受付のお姉さんでした。


 たれ目の眉に紫のお化粧をした、なんとも艶めかしい大人の女性です。

 

「ハンナ・ファルセット。ぼ、冒険者登録希望です!」


 ガッチガチな自己紹介です。クスクス、と近くにいた冒険者の先輩に笑われてしまいました。


 ああ、私ってなんでいつも笑いの対象になってしまうんでしょうか。


「そ。じゃあこの紙に必要事項書いてね」


 お姉さんはそう言うと、ペンと登録用紙を差し出します。


 目立ちたくなくていそいそと書き出そうとした私ですが、紙を押さえたときにちょっとよろけました。


 あれ? 

 

 このカウンターテーブル、ちょっとぐらつきます。

 

 慣れれば気にならない程度なのかもしれませんが、経年劣化で接合部が緩んでいるみたいです。

 

 安定感がなくて書きにくい……。私はほぼ無意識に腰のベルトから小ハンマーを抜くと、カウンターをカツンと叩いていました。


「ちょっとあなた。なにしてるの? 傷つけたら弁償してもらうわよ!」


 お姉さんのたれ気味の目尻がキッと上がります。


「あ。勝手にすいません。ぐらついてたから、直したんです」


「はあ? 確かにこの机はガタが来てたけど、そんな適当に叩いて直るわけが……」


 お姉さんは確認のため、ぐっぐっと、自分の体重をカウンターに載せ、怪訝な表情になりました。


「……直ってるわ。一体、どうやったの?」

「机の神様が怠けてたんで、起こしたんです」


「は?」


「だから、机の神様が怠けてたんで、ハンマーで叩き起こしたんです。気を引き締めるついでに、木を引き締めてもらいました」


「………………はあ?」


 お姉さんの顔が、余計に歪みます。

 

 ……私のことを完全に変な人だと思っている表情です、これ。

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