第8話 これが私の生きる道です!
「ハンマーで適当に剣を打っただけで、2千ペルも金をとるだとお……。さすが邪教徒、がめついもんだな! そんなにほしいならくれてやるよ!」
強面の冒険者は自らの革袋に入った硬貨を地面にぶちまけます。
「な、なんてことするんですか!」
私は思わず、冒険者に食ってかかります。
「ああ、なんだお前は」
「いくらなんでもひどすぎます。お金と食べ物は粗末にしたらいけません!」
「ハンナ。相手にするんじゃないよ。あたいらハンマーを使う職人の立場が弱いのは、今に始まったことじゃないさ」
師匠はかがんで、地面に散らばった硬貨を集め始めます。私の尊敬する人が、どうしてこんな扱いを受けなきゃならないんでしょう?
「はっ。ろくな剣を作れないくせに、デカい態度を取るからだ。邪教徒は邪教徒らしく、頭を下げて生きてかなきゃなあ?」
冒険者はニヤリと勝ち誇ったように笑い――なんと師匠の頭を踏みつけました!
「あなたねえ!」
私はカッとなり、冒険者を突き飛ばしました。そして、腰に提げていた小さなハンマーを握りしめます。
「ハンナ!」
師匠が声をあげますが、もう私は止まりません。
「なんだあ? そのちっぽけなハンマーで俺とやろうってのか?」
「あたぼーです!」
棟梁の口癖を真似てすごんでやります。
すると冒険者は師匠から買ったと思われる剣を抜きました。切っ先から根元の鍔まで、刃がきらきら光輝いて見えます。さすが師匠、素晴らしい出来映え。
「それだけすごい剣を作ってもらっておいて、ちょっとの感謝すらできないなんて……。みじめな感性ですね」
「ふん。この剣のどこがすごいって? 俺の手には全然なじんでないぞ!」
叫びながら、冒険者は剣を振るってきます。峰打ちとかじゃなく、きっちりこちらへ刃を向けて。
最低の男です。こんなヤツに、師匠の剣は勿体なさすぎます。
「剣が手になじんでない? じゃあ剣以外の装備は、よっぽどあなたの身体になじんでるんですね?」
カーン! 私は男の剣をかわすと、ハンマーで男の着ている鎧を叩きました。
「はっ! なんだその攻撃は。鎧ごしじゃ痛くも痒くもないぜ!」
実際、その通りだったでしょう。別にダメージを与えようとしてないですから。
「……鈍器スキル【オーダーメイド】」
「ああ? ……ぐ、ぐわああああ!」
冒険者が悲鳴を上げます。それも無理ありません。着ていた鎧がぎゅっと小さく縮まって、身体を締め付けはじめたのですから。
「うわ、本当ですね。その鎧、すごく身体になじんでるじゃないですか。もう一生脱げないんじゃないかってくらいに」
「て、てめェ! なにをした!」
「なにって? あなたが嘘つきにならないよう、鎧のサイズを合わせてあげたんですよ。でも大変ですね? はやく脱がないと、どんどん鎧が縮んで、身体がぺちゃんこになってしまうかもしれません」
「な、なんだって……?」
冒険者は頑張って留め具を外そうとしますが、ぎっちぎちに締め付けられた状態で器用に手を動かせるわけもありません。
「もう脱げないですって。かわいそうですね。いっそのこと、ひと思いに私がぺちゃんこにしてあげましょうか!」
鈍ッ!
ハンマーを地面に叩きつけると、石畳がひび割れ、円形に陥没します。
これはスキルではありません。単純に腕力によるものです。
「ひ、ひいいいい!」
強面の冒険者は師匠の打った剣を地面に放り投げ、情けない声とともに逃げ去っていきました。
素直に謝れば鎧を元に戻してあげようと思っていたのですが……、まあ、いい気味ですかね。
とか思っていたら、頭の上に拳骨が降ってきました。
「こら、ハンナ! 軒先の道をこんなにしちまって!」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
勢いでやってしまいましたが、よく考えたらそうでした!
ここ、師匠の店の前じゃないですか! こんな落とし穴みたいなものがあいてたら、お客さんが寄りつかなくなってしまいます。
けれど、師匠は怒った表情をふっと緩めると、拳骨された場所を優しく撫でてくれます。
「ま、でも久しぶりにスカッとしたよ。ありがとね」
「えへへ……」
「もちろんこのへこんだ地面は、あんたが直すのよね?」
「えへへ……はい」
やっぱり師匠、怖いです。これがアメとムチですか。ムチ2にアメ1って感じですね。
「それにしても、冒険者ってあんな人ばっかりなんでしょうか……」
私はざまあみろという気持ち以外に、ちょっと複雑な思いを抱いていました。
「私はレイニーを見ていて『弱い人、虐げられている人を助けるのが冒険者の使命』だと思っていました。それなのに、今の人は完全に真逆じゃないですか」
さっきの冒険者だけじゃありません。私を学園から追い出した理事長、【剣闘王】バゼル。その娘のセシル。将来冒険者になる私の同級生達。
みんながみんな、虐げられている人を助けるどころか、喜んで虐げるような人間ばかり。
だとしたら、今みたいなことはきっとこれからも起こり続けるのでしょう。
「なんでえ、なにかあったのか?」
そこへ師匠の旦那さんである、棟梁が帰ってきました。丁度いいと私は思いました。ずっと前からもやついていた思いが、ついに固まったように感じたからです。
「棟梁、師匠。……決めました。私、やっぱり冒険者になります」
そう宣言すると、棟梁はすっと目を細めました。
「いつか話していた、母親代わりをしてくれたエルフに会いに行くのか?」
「……それもあります。でも、それだけじゃないです」
私は、胸の内をぶちまけます。
「私、素晴らしい職人の皆さんが、鈍器を使っているって理由だけで虐げられているのが我慢なりません。だから私は――虐げられている人達の象徴である鈍器を使って冒険者をやります。そしてみんなに思い知らせてやるんです。鈍器の素晴らしさを。そして、誰かが誰かを虐げることがどれだけ馬鹿みたいかを!」
それは正真正銘の、私の本音でした。
私にできること、そして私にしかできないことをやって、胸を張ってレイニーに会いにいくのです。
「急だねえ。まあ、いつかはこういう日が来るんじゃないかって思ってたけどね」
寂しげに眉を歪める師匠。
棟梁は、ふう、とため息をつき、くるりと背中を向けました。
「出て行くのは、大聖堂が建ってからにしろ。ひとつデカいものを完成させたっていう自信は、必ずお前の財産になる」
「……はい」
「完成まで、あと二週間ってところか。寂しくなるぜ」
天を仰ぐ棟梁に、私は深々と頭を下げました。棟梁に助けてもらわなければ、私はきっと鈍器に出会うこともなく、空腹でのたれ死んでいたでしょう。
恩は一生かけても返しきれないほどあります。
それでも、決めたのです。
私は、私の生きる道を。
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