第7話 鈍器に偏見ありすぎです。
「いやー、教会の完成も間近ですね! ハンナ先生のおかげで!」
「私のおかげって……。完成予定が早まっているのは、皆さんが頑張ってるからですよ?」
「またまたあ、先生は口が上手いんだから」
「だから、先生はやめてください!」
工事現場に流れ着いてから、一年近くが経ちました。
先生というあだ名も、敬語も、最初は冗談半分だったのに、大工さん達はもう当たり前みたいに使っています。そしてぎらついた眼差しを向けてきます。
それは女の子にではなく、尊敬する『匠』に対するもの。
彼らが盗もうとしているのは私の心では決してなく、私の技なのでした。
なんでしょう。この誇らしくも、そこはかとなく感じてしまう敗北感は……。
私が来たときにあと五年はかかると言われていた教会は、もうすぐ完成。
工期が五分の一にも短縮されたのは……、まあ私の影響、ありますよね。どう謙遜してもこれは認めざるを得ないです。普通だったらありえないスピードなんですから。
「ハンナ先生、教会ができあがっても、次の現場で一緒に働きましょうね!」
「そうですね。この仕事は大好きですし、頑張りたいです」
大工さん達に返事をしながらも、私は将来設計に悩んでいました。
鈍器レベルが百万を超えた頃から、考えるようになったんです。これだけレベルが上がれば、冒険者としても通用するんじゃないかって……。
「お前ら、喋っている暇があったら働け!」
そう怒鳴りつけてくるのは監督さんです。
病的に目つきが悪くて前髪も薄く、どう見ても悪人顔の中年男性ですが、この街の役人で偉い人らしく、この大聖堂にもちょくちょくやってきては、大工さん達に文句を言います。
「なんでえ。ハンナ先生のおかげで工期はめちゃくちゃ短くなってるのに……」
大工さん達は監督さんが嫌いです。もちろん私も。その理由は、彼が口やかましいからだけではありません。
「まったく、黙って仕事することすらできんのか。これだから邪教徒どもは……」
親指の爪を噛みながら監督さんがぼやきます。
大工、鍛冶仕事に従事する者は邪神ドルトスを崇める邪教徒――そう罵られることは少なくありません。
なぜなら、邪神ドルトスは彼らの使うハンマーなど、鈍器を司る神でもあるからです。
「偏見もはなはだしいですよね。道具を使っているだけで邪神を崇拝しているだなんて」
私は近くにいた棟梁にこそっと耳打ちします。
「大体、本当に邪教徒だと思うのなら、ファルマ様の大聖堂を建てさせようなんて思わないでほしいです」
「まったくだな。でもまあ、俺は別にドルトスを悪く思っちゃいねえがな」
「え? でも、ドルトスは悪い神様じゃないですか。鈍器で他の神様を殺しまくった、破壊の神だって……」
「べらほうめ。それこそ偏見じゃねえのか? 俺も嬢ちゃんも、神話の時代には生きちゃいねえ。自分で見たわけでもねえんだからよ」
「それは……、そうかもしれないですけど……」
「そもそも鈍器を司る神様が破壊の神だなんて、俺は信じちゃいねーんだ。だって、全然逆じゃねえか。俺達はハンマーで物を創ってんだからな!」
ぐうの音も出ませんでした。神話を疑うなんて、考えたこともなかったです。大工仕事を手伝うようになって、勉強させられることばかりです。
朝。教会の外に出て、ハンマーで木の板をコツンと叩きます。
「鈍器スキル【足場固め】」
すると板はひとりでにふわりと浮き上がり、外壁にそって階段を形作ります。
みんなが外壁作業をしやすいよう、外の足場を用意するのは日課のひとつ。普通なら一日がかりな準備も、スキルを使えばあっという間です。
レベルアップするたびに、覚えられるスキルが増えていきます。
スキルとは神様達の知識や能力の一部で、レベルアップによって得られる【スキルポイント】を消費して習得します。
強いスキルであるほど、必要なスキルポイントも多くなります……が、レベルが上がりまくる私に節約という概念はありません。
とにかく、手当たり次第に覚えていきました。
鈍器スキルは多種多様で千差万別。工夫次第では戦闘にも充分応用できるはずです。
でも、大工としての暮らしが心地よくなっているのも確かなのです。
みんな気がいい人達ですし、肉体労働した後のごはんはおいしいです。
しかも現場の食事はジューシーでボリューミーです。焼き肉の日は、ライス十杯はいけちゃいます!
……うわ。これじゃ私が、食いしん坊みたいに思われるじゃないですか!
さすがにマズいです。ご飯だけに。いえ、ご飯はウマいです。
さて、夕方になると私は工事現場の高台を離れ、街へと向かいます。棟梁の奥さんに、鍛治を教えてもらうためです。
奥さんは、棟梁にはもったいないくらいの美人で、大工の道具や、釘、蝶番を主に作っている鍛冶師さん。
たまに冒険者向けに剣なんかも打ってます。
鍛冶にはハンマーを使います。鈍器スキルをより磨き上げるには弟子入りしておくべき、と棟梁が将来を考えて弟子入りさせてくれたんです。
鍛冶はなかなか楽しいです。
私の場合、どんくさいのと鈍器レベルが高すぎるのとが災いして、ちゃんと習っているのに我流みたいになってしまい、師匠からは「邪道!」と罵られてばかりです。
まあ、そうですよね。
鉄塊をコンとひと叩きたら、ひとりでにドアノブの形になっちゃいました……なんて、やったのが自分じゃなきゃ「反則反則!」と叫びだしちゃうところです。
「――このアマ! ふざけやがって!」
「あたいはあたいの仕事にプライドを持っている。そんな金じゃ剣は渡せないよ」
鍛冶場につくと、入り口で師匠と客が言い争っていました。
どうやら師匠の打った剣を買おうとした冒険者と、金額でもめているようなのです。
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