第63話 王女様とご対面です。

「ふんふふーん♪ ご主人様は、やっぱり天才っス!」


 エッグタルトからギルドへと続く道で、横を歩くガレちゃんが鼻歌まじりに言います。


 ちなみに彼女、今は少女ではなく、フェンリルの姿をとっています。服は身に着けたままですし、より飼い犬感を出すために、首輪もつけてみました。


「ふっふっふ。犬の格好をしていれば、バレずにマリアン王女に会えますからね」


 私はガレちゃんをダンジョン攻略に同行させることにしました。小さいとはいえ、ガレちゃんにはフェンリルが混じっています。充分戦力として期待できますし、鼻だって利きます。罠や魔物を事前に察知してくれるだけでも相当助かるはず。


 プランを伝えると、ガレちゃんは大喜び。昨夜から「王女様の役に立つっスー!」とテンションが上がりっぱなしです。


「でも、みんながいるところでしゃべったり、王女様に名乗ったりしちゃダメですよ。どんな反応をされるかわからないんですから」


 ガレちゃんは、ルドレー橋破壊の犯人ってことになってますからね。いくら以前、王女様と親しかったといっても、聞く耳持たずでしょっぴかれちゃう可能性だってあるんです。


「ふにゅー。王女様なら、優しくしてくれると思うんスけどねぇ……」


 なんて、今もお気楽なことを言うので、何度も念を押しておかなければいけません。


「ダメですよ、ダーメ。……でも、私も『この人は信用できそう』って思えたなら、こっそり正体を明かせる機会を作りましょうかねー」

「ホントっスか!? じゃあガレちゃん、黙っておくっス!」


 じゃあ、って……。


 今の妥協案を伝えてなかったら、絶対にどこかの時点で王女様に名乗ってましたよね?


 ううーん……、どんどん不安になってきます。連れてきたの、間違いだったかもしれません。


「ところで、王女様ってどんな方なんですか?」


「ええと、ガレちゃんが最後に会った時は十四だったっスから、今は多分、十六歳。ご主人様よりひとつ上っスね。あのときから、おしとやかで、お姉さんっぽくて、理想のお姫様って感じだったっス。ガレちゃんは王女様に会うたびに膝枕してもらってたっス!」


「へー。思ってた以上に親しかったんですね。王女様に膝枕してもらえるなんて、よっぽど仲良くなきゃ無理じゃないですか?」


「うーん、どうなんスかね。王女様は誰にでも優しいんで、それがガレちゃんにも発揮されただけのような気もするっス」

「それで膝枕? まあ、二年前のもっと幼いガレちゃんがとてとてと近づいてきたら、確かに私も膝枕したくなるかもしれませんが……」


 とりあえず、優しい人であることは間違いなさそうですね。なら、こちらの事情を汲んでくれる余地はあるように思います。ガレちゃんが名乗っても大丈夫かもしれません。


 でも、いくら優しくても王女という立場から「橋を壊した罪は償わないと――」なんて言われる流れも大いに考えられますしね。やっぱり見極めは大事になってくるでしょう。


 さて、ギルドの前までやってきました。


「しつこいようですが、ここからはしゃべっちゃダメですからね。あと、スラッドさんに同行の許可をもらえるように、賢くふるまってください」

「はいっス! ……じゃなかった、ワンっス!」


 ……不安しかない返事でしたが、私はギルドの扉を開けました。


「おい、ハンマー・ハンナが来たぞ!」

「難度Aクエスト、頑張れよ!」


 ギルドの面々が温かく迎え入れてくれます。どうもセシルとの勝負に勝ったことで、知名度が相当上がったみたいです。セシルやローゼリアは……、今日はいないみたいですね。同級生達の姿も見当たりません。


「よっ。来たね、ハンナちん。そのワンちんは?」


 スラッドさんの席まで行くと、案の定ガレちゃんについて訊ねられました。今日、王女様と合流し、ダンジョンへ向かうと事前に聞いていたのですから、飼い犬の散歩なわけはありません。


「うちで飼っている『』ちゃんです。すごく嗅覚が優れているので、ダンジョンでも私達を助けてくれると思います」

「ふーん?」


 スラッドさんはしゃがんでガレちゃんと同じ目線になると、すっと手を差し出しました。


「お手」

「ワンッ!」(ぽん)

 

「おお、確かに賢いな。三回まわってワン」

「(くるくるくる)ワンッ!」

 

「俺っちカッコいい? そう思ったらワン2回」

「ワンワンッ!」

 

「魔人が化けてたりしないよね?」

「(ぷるぷる)」

 

「食らえ! ファイア・アロー!」

「きゅ、きゅーん(死んだフリ)」


「……ハンナちん」

「な、なんでしょう」 

「…………頭よすぎでは?」

 

 じろり、と疑いの眼差しを向けてくるスラッドさん。

 

「ちゃ、ちゃんとしつけてますからね。芸はひととおりできるんですよ」

「芸、ねえ……。これ、芸の範疇をこえてない?」

 

 ガレちゃん、やりすぎです! 賢くふるまって、と言ったのは私ですけど、それじゃ言葉を完全に理解してると思われるレベルです!

 

「きゅうーん」

 

 しかし、ガレちゃんはそこでとまりません。死んだフリのポーズでお腹を見せたまま、つぶらな瞳で無害さをアピールします。

 

「ぐはっ!」

 

 胸をおさえ、苦しそうにするスラッドさん。このかわいさには、さしもの特A冒険者も参ったみたいです。

 

「こ、こんなにかわいい犬が魔物なわけないかあ。しょうがないなあ。ご主人様をちゃんと守るんだぞ」

「ワンッ!」

 

 ててて、と駆け寄ってきたガレちゃんの頭を満面の笑みでなでるスラッドさん。さては犬派と見ました。


「ハンナちんも、愛犬がピンチでも、いざってときには護衛対象優先だかんね。そこんとこわかっといてね」

「もちろんです」

「んじゃ、二階に上がろうか。一緒にダンジョン攻略する連中はもう揃っているからさ」


 『連中』とあえて呼んだのは、その中に王女様が含まれていることを他の冒険者達に悟られないためでしょう。


 二階に上がり、個室の扉を開くと、テーブルを囲んで四人の冒険者が座っていました。うち、三人が本物のBランク冒険者で、残りの一人が王女様、のはずです。

 

 手前にいるのが、盗賊風の衣装を身に着けた金髪の女性。テーブルの上に足を投げ出し、乱暴な印象を受けます。この人じゃないですね。


 その両隣には男がふたり。片方は大剣を背負った屈強な体格の戦士。もう片方は弓と矢筒を担いだ射手で、女性でも通りそうな優男です。


 一番奥にいるのが、神官の姿をした銀髪の女性。間違いなく彼女が王女様でしょう。口元はヴェールで覆われていますが、目元がとても優しく、全身から高貴なオーラがにじみ出ています。


 部屋に入った途端、ガレちゃんの尻尾もぱたぱたと大きく揺れ始めましたし。


「お待たせ。この子が魔人ダウトを倒してくれたハンナちんだよ。ダンジョンにも一緒に来てくれることになったから、よろしくね!」


 どうやら勝負の顛末は、すでに彼らにも伝わっているようです。おお、と興味津々といった様子で身を乗り出す戦士。


「お前、めちゃくちゃ強いんだってな。あとで俺とも勝負してくれよ!」

「あはは……。ダンジョン攻略が終わったあとでなら」

「やった! こりゃー楽しみだぜ! 強い相手とバトるのが一番の趣味なんでな!」


「お前な……、趣味より仕事を真面目にやれよ」


 戦士の男を射手が呆れながらたしなめます。


「よいではありませんか。仕事終わりに楽しみがあれば、生き残ろうとする力にもなろうというものです」


 神官風の女性が、仲間達の仲を取り持ちます。ハリがあって、それなのに優しい響きも感じさせる声。さすがは王女様。醸し出される威厳がハンパないです。


「オイ、スラッド。本当に大丈夫なのかよそいつ」


 王女様の声に聞き惚れ、うっとりとしている私に絡んできたのは、盗賊風の女性です。彼女はテーブルに上げていた足を下すと立ち上がり、下から睨みつけてきます。


「武器が鈍器とか、邪神でも信じてんじゃねェのか? おまけに犬まで連れてくるとか……、仕事をナメてるとしか思えねェ」


 うわー、来ましたよ。鈍器使いってだけで偏見をぶつけてくる人!


「邪神なんか信じてませんし、仕事だってナメてません。ガルちゃんはダンジョンでもきっと役に立ってくれます!」

「このワン公が? とてもそうは思えねェがな」

「少なくとも、あなたよりは役に立ちますよ。偏見にまみれたその目じゃ、罠とかも見破れそうにないですし」

「ンだと、コラ……!」


 なんでしょう、このガラの悪い人は。王女様とは偉い違いですね……と思っていたら、神官風の女性が妙におろおろしながら私に注意してきます。


「ハ、ハンナさん。王女様にそんな態度をとってはいけません!」

「は?」


 王女様はなにを言っているんでしょうか。


「いや、王女様はあなたじゃないですか」

「ち、違います。王女様はそちらの……!」


 盗賊女がチッと舌打ちします。


「そっちの女は囮だよ。命を狙われてんのに、あんなわかりやすいワケねェだろうが」

「………………はあ?」


 そりゃ、そうかもしれないですけど……。だって、それが本当なら消去法でこの気品の欠片もない人が王女ってことになりますよ?


 い、いやいやいやいや……。


「ス、スラッドさん。この人おかしいです。そんなの、ありえないですよね?」


 スラッドさんはニヤニヤとしながら首を横に振ります。


「ハンナちん。このガラの悪いお方こそ、グラン王国の第一王女にして第一王位継承権を持つ、マリアン・グランフレート様だよ。正真正銘のね」


「え、ええええええええっ!?」


 盛大に驚く私に、王女様は思いっきりガンをつけてきます。


「んだコラ。なにか文句でもあんのか、ブッ殺すぞ!」


 ……ええ、ええ。すでに殺されましたとも。


 私の王女様に対する幻想が、ね……。

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