第5章 鈍器深淵
第62話 都市伝説にもほどがあります。
セシルとの決着がついたその夜。
私は難度Aクエストの詳細を聞くため、スラッドさんとギルドの二階に上がりました。二階には宿泊できる個室があって、聞かれたくない話をするときにも使えるようになってます。
「聞いて驚くなよ……。難度Aクエストの内容は――なんと王女様の護衛だ」
「ほほー。王女様の護衛ですか」
「あれ、あんまり驚いてなくない? もしかして知ってた?」
「う……。実はダウトがポロッと漏らしてたんです」
「あ、そう。なーんだ、つまんないなあ」
心底ガッカリさせてしまったみたいです。すみません、私、全く知らないふりして驚いてみせるとか、そういう器用さは持ち合わせてないんですよね。恨むなら口を滑らせたダウトを恨んでほしいです。
「でも、プリンセスとお近づきになれるなんて光栄です。姉のマリアン王女と、弟のエリオン王子。双子の姉弟で【聖なる双星】って言われるくらい美形なんですよね? あー、早く会ってみたいです!」
やっぱり、美しいものは間近で愛でたいじゃないですか。ミラさんとかガレちゃんとか、かわいくて綺麗な人達に囲まれている私ではありますが、そこに高貴さ、気品が加わるとなると、また別腹なんですよ!
「まーまー。王女様は今、冒険者に扮してこっちに向かってるところだから。予定通りなら明日には到着するはずだし、もうちょっと待ちなさい」
「冒険者に扮して……ですか。お姫様待遇でティアレットに入るわけじゃないんですね」
「そりゃあね。今回のクエスト、グラン王国の命運に関わるようなヤツだから、できるだけこっそり終わらせちゃおう、ということでね」
「そんなにヤバいやつなんですか……」
わざわざ特Aランクのスラッドさんが呼び戻されるくらいですもんね。覚悟していたつもりでしたが、多少怖じ気づいてしまうのも許していただきたいです。
「それで、王女様をどこまで護衛すればいいんですか?」
ティアレットは目的地ではなく、あくまで中継地点のはず。スラッドさんは以前、ぼかしながらも『ある場所』まで護衛する、と言っていましたからね。
「ハンナちんは、なんでティアレットが冒険者の街って呼ばれてるか知ってる?」
「ソルトラーク冒険者学園があるから……じゃないんですか?」
「違うなー。それは結構最近になってからの話じゃん。聞いたことないかな? ティアレットには、かつて地下迷宮があったんだよ」
「あー! 知ってます。でもそれってグラン王国がまだなかった頃の話ですよね?」
ティアレット地下迷宮。十階層以上もある、世界最大級の迷宮が、この街の真下には存在しています。
神々の時代に作られたというその迷宮内には、金銀財宝がざっくざく、魔法のアイテムも数多く眠っており、それらを目当てにした人達が多く集まってきました。彼らの迷宮採掘を助けるために宿ができ、商店ができ……、そうして街が生まれたのです。
しかし、その繁栄は長く続きませんでした。およそ三十年ほどで、迷宮の財宝を全て取り尽くしてしまったからです。ティアレットの街は残ったものの、その中心となった迷宮はすでに閉鎖され、立ち入ることはできなくなっています。
ところが私の知る内容を話すと、スラッドさんは大爆笑します。
「な、なにがおかしいんですか?」
「いやー。それ、デタラメだから」
「デタラメなんですか!?」
「うん。地下迷宮は攻略なんかされてない。最深部は十三階だって言われてるけど、あれも真っ赤な嘘。実際はもっと深いところまで続いてるよ。二十階層とか……、下手したら三十階層くらいあるんじゃない?」
「じゃ、じゃあなんで閉鎖されてるんですか?」
もっと深く進めば、まだすごいお宝が眠っているかもしれないのに……。それを封鎖するとなったら、当時もめちゃくちゃ反対されたはずです。街が潰れるか潰れないかっていうくらいの大問題ですし。
「財宝なんかより、命のほうが大事だったからだよ」
スラッドさんは詳しい理由を教えてくれました。
三百年前、邪神四天王のひとり【黒煙竜】エルムートが、自身の配下、竜の大軍を引き連れて、人の住まう南の地へと侵攻を開始しました。
それまでは圧倒的な弱者であったために生かされていた人間。しかし、地下迷宮で強力な武器や便利な魔法道具を手に入れたことで、皮肉にも邪神勢力から『将来的に敵となりうる』と見なされてしまったわけです。
このままでは人類は滅びる――そのとき、迷宮探索を生業としていた才ある魔術師が言いました。
『邪神の恩恵を弱める結界を、この地に張ってしまえばよい。そうすれば竜の力は弱まり、結界内では飛ぶことさえできなくなるだろう』
しかし、大陸の半分を覆うような結界を張るには、膨大な魔力が必要です。とても人の魔力で賄いきれるものではありません。
そこで利用されたのが、地下迷宮で発見されていた巨大な魔石でした。発案者の魔術師は、巨大魔石に秘められた膨大な魔力を使って結界を張り、人々を竜の脅威から救ったのです。
以来、人々は結界内の土地を【人の大地】、結界外を【魔の大地】と呼ぶようになったのでした。
「しかし、この結界にも大きな欠点がふたつあった。ひとつ目は、巨大魔石が破壊されるとその効力が失われること。ふたつ目は、最初に結界を張った魔術師本人、あるいはその血縁者が三十年ごとに結界を張り直さなければならないこと。だから巨大魔石を守るために迷宮は封鎖され、魔術師の血筋が絶えないような仕組みが作られた」
「それって、まさか――」
「そう、結界を張った魔術師の名はグランフレート。これがグラン王家の誕生ってわけ」
「スラッドさん……。さらっと言ってくれちゃってますけど、今聞いた話、私が習った歴史とビックリするくらい違いますよ……?」
「信じるか信じないかはあなた次第です」
「いえ、信じます。信じますけどね?」
グラン王家は神の血を引いているというのも、嘘なんですか?
邪神との戦争が始まる前に産み落とされた神の子が、深い眠りから目覚め、人々を導くために国を興したって、あれも?
常識が覆されすぎて、頭がついていきません……。
スラッドさんは神妙な面持ちで、唇の前に人差し指を立てます。
「一応言っておくけど、あんまり人に教えちゃダメだよ? グラン王家が内緒にしてることなんだからさ」
「わ、わかりました。今聞いたことは、一生、心の中にしまっておこうと思います……」
***
……皆様。お詫びさせてください。
一生どころか、一日ともちませんでした。
私、ハンナ・ファルセット、家に帰って遅めの夕食が始まった瞬間、グラン王家の秘密を言いたくて言いたくて仕方なくなり、ミラさんとガレちゃんにあっさりバラしてしまいました。
だってこんなすごい話、黙っておける人がどれだけいますか? 少なくとも、私は無理でした。
ま、まあ別に問題ありませんよね。ミラさんもガレちゃんも、私よりは口がカタいと思いますし!
「えーっと、つまり……、どういうことっスか?」
ちんぷんかんぷん、といった様子で首を傾げるガレちゃん。
うん、彼女は大丈夫そうです。理解できていないなら、他の人に話しようがないですから。
「グラン王家はすごい魔術師。要するに、すごい」
ミラさんも平気でした。理解はしてくれているみたいですが、口ベタすぎて他人に説明するのは無理っぽいです。
「と、とにかく。私はマリアン王女を巨大魔石のところまで護衛すればいいみたいです。結界を更新できればクエストクリア。責任重大ではありますが、それほど難しくもなさそうなんですよね」
現国王によって前回更新されたのが三十年前。
今回は魔術の才を持って生まれたマリアン王女に、その役目が託されたというわけです。
邪神勢力も結界の更新時期だということは把握しており、魔人ダウトを差し向けてきたわけですね。魔人なのに大して強くないなあと思ってたんですけど、どうもダウトも結界の影響を受けて弱体化してたみたいです。【魔の大地】で戦ったら、もうちょっと苦戦してたかもしれません。
そう考えると、結界ってめっちゃ大事ですね……。なくなっちゃったら魔人も魔物も王国内で暴れたい放題じゃないですか。
マリアン王女、なんとしても守り抜かないと、です!
「マリアンちゃん。久しぶりに会いたいっスねえ……」
頬杖をついたガレちゃんが、とろんと目を細めながら言います。
「ん? ガレちゃんって、もしかして王女様と友達なんですか?」
「もちろんっスよ。こう見えてガレちゃん、王都で貴族の娘をやってたこともあるっスから!」
そういえばそうでした。普段は貴族らしさの欠片もないですが、ワイズ・アルセリア伯爵の娘だったんですよね、この子。
「と言っても、最後に遊んだのは二年くらい前なんで、もう忘れられてるかもしれないっス……。それに覚えられていたとしても、ガレちゃんは死んだことになってるから、出て行くわけにもいかないっスしね……」
そう言って寂しげに微笑むガレちゃんです。公には『娘に化けてルドレー橋を壊していた悪い魔物』だったってことになってますからね。
でも、そんな顔をされたらなんとか会わせてあげたくなります。
うーん、なにか上手い方法はないものでしょうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます