第69話 太古の魔物と対決です。

 王女様の生み出した【ブラック・ゲート】から出てきたのは、竜の頭を持つ、人型の魔物。リザードマンに似ていますが、その大きさは段違い。


 身長は、ざっと私の五倍はありそうです。


竜兵ドラグーン……!」


 王女様が目を見開きます。その名は、私も耳にしたことがありました。


 神々の大戦に用いられた兵器のひとつ――竜兵ドラグーン


 もともと竜兵とは、竜に乗って戦う人間の騎乗兵を指す言葉でした。


 が、炎と改造を司る神オルグの「竜に人を乗せるなら、竜と人を一緒にしたほうが便利じゃね?」という効率厨も真っ青な発想の末、竜兵は禁断の生物へとその意味を変えます。


 戦争のために生み出されただけあって、とにかく戦闘にのみ特化した種族。頭の中にあるのも強者と戦うこと、ただそれだけ。


 創造主のオルグもすぐにこの狂戦士を扱いきれなくなり、遥か地下深くに封印したと言い伝えられています。


「なんで、こんなモンが出てくんだよ!」


 王女様は明らかに動揺しています。本来、封印魔法であるはずの【ブラック・ゲート】から、太古の魔物が召喚されたのです。


 わけがわからなくもなるでしょう。


 でも……、私は逆に、少しずつ謎がとけていく感覚を覚えていました。


「王女様が使ったのは封印魔法じゃなかったってことです。あの【ブラック・ゲート】は移動魔法だったんですよ」

「なんだと……! オレはそんなもん使えねェぞ!」


「だから、使んですよ。この地下迷宮に充満する高濃度の魔力にさらされたことで。竜兵ドラグーンは、おそらくここの最下層に封印されていたのでしょう。それが王女様の魔法が暴走したことで喚び出されてしまったんです」

「じゃあ昨夜、オレ達が地下深くに移動しちまったのも……?」

「ええ。きっと王女様の魔法が暴走してしまったことが原因です」


 王女様が得意とするのは、結界魔法と封印魔法。いずれも特定の空間を操ったり、干渉することで効果を生み出す魔法です。


 ならば、瞬間移動は?


 私だって、冒険者学園中退。魔法のしくみについても一応勉強しています。


 瞬間移動は、自分が今いる空間と、別の空間を結びつけることで可能となる――つまり、空間系の魔法なのです。


 私には感じられませんが……、巨大魔石の前に立つまでもなく、地下迷宮のなかは魔力に満ち溢れていました。


 その異常なまでの魔力濃度が、王女様の眠れる才能を引き起こしたに違いありません。


 ただ、目覚めたばかりの力は制御不能。だから私を巻き込んで地下に移動してしまったり、竜兵を移動させてしまったりといった、王女様の意に沿わないことが起きてしまったのでしょう。


 いえ――もしかしたら王女様の潜在意識が、この状況を望んだのかもしれません。


 ガレちゃんの仇を討つためには、私と二人きりにならなきゃいけませんから。


 それに連れてこられた竜兵ドラグーンも、とても好意的には見えません。


 グロオオォォォォオオオ!


 竜兵ドラグーンが叫んだだけで、巨大魔石を包容する大広間は激しく震えます。


「どうやらやる気満々みたいですね……!」


 竜兵ドラグーンが身にまとっているのは、年季の入った鎧、そして両手持ちの大剣。近接戦闘がお得意みたいです。


「単純な殴り合いなら私も望むところです。かかってくるがいいです!」


 言葉は通じてなさそうですが、私の思いは伝わったようです。


 グオン、と大剣を振りかぶる竜兵ドラグーン。剣の動きに注目していた私でしたが、そこで予想だにしないことが起きました。


 バコオオオン! 剣先が天井が勢いよくぶつかったのです。


「ちょ、ちょちょちょ!」


 落下してくる瓦礫を避けたところに、今度は大剣が降ってきます!


「ふぬっ!」


 大ハンマーで受ける私。巨体から繰り出されただけあって、大した威力です。物理攻撃にはめちゃくちゃタフな私ですが、完全には力を受け止めきれず、片膝をついてしまいます。


 卑怯くさい連続攻撃です。狙ってやったんですかね、今の。


「でも、この程度じゃ私の敵にはなりませんね!」


 私は大剣を弾くと、振り下ろされた竜兵の腕に載り、駆け上がります。


 目指すはもちろん、竜の頭。一撃で決着をつけてやりますよ。


「鈍器スキル【ぶちかま――」


『あかん、ハンナ。勝負を急いだらあかんで!』


 その瞬間、鈍器の神様による警告が聞こえました。


「え?」


 竜の頭はすぐそこ。もう倒したも同然なのに――と思っていたら、竜兵はガパリと大きく口を開きます。


 みるみるうちに紅に輝きだす口内。


 ヤバ! とっさに私は竜兵の腕から飛び降りました。


 煌煌と光を放つ顎から放たれたのは――炎なんて生易しいものではありませんでした。


 灼熱の業火を、細く、細く、一点集中で束ねた、熱のライン。


 忘れていました。神話にも登場する竜兵ドラグーンの必殺技【フレア・レイ】。直で食らえば、間違いなく消し炭にされるような一撃です。


「【物理返し】!」


 襲ってきた熱光線に、ハンマーを叩きつけます。熱量だろうが魔法だろうが、物理の力で跳ね返す、かつてセシルの【ホーリーエンド・レクイエム】さえも破った、防御における切り札。


 ですが、熱線を受けたハンマーヘッドはガクガクと震えます。竜兵ドラグーンの熱光線は【ホーリーエンド・レクイエム】と同等か、それ以上の威力を秘めていました。


「ふおおおお!」


 なんとか跳ね返すことに成功しましたが、あらぬ方向へ角度を変えた熱光線は巨大魔石に命中。その一部を抉り、穴を穿ちました。


「わっ、バカ! なにをしやがる! この魔石が王国にとってどれだけ大事が、テメェわかってんのか!」


 王女様がカンカンに怒ります。【フレア・レイ】を放った竜兵ドラグーンにではなく、それを弾いた私に対して……。


「いや、今のは弾き返さないと死んでましたから」

「ふざけんな! ならいっそ死んどけ!」


 なんという理不尽。ひどいです。


「いや、瞬間移動の犯人は私じゃないって、もうわかったでしょう? この魔物だって、王女様が喚び出したんじゃないですか」


「うっ、そ、それはそれだ! テメェが魔人じゃねェっていう証拠にはならねェし、ガレちゃんを殺したのだって許さねェからな!」


「もー。ならせめて今だけでも協力してくれません? 王女様だって、この竜兵ドラグーンにここで暴れられるのはイヤでしょ?」

「……仕方ねェ。オレの封印魔法をコイツにお見舞いしてやるぜ……!」

「あ、空間系の魔法はやめてください。また暴走してもっとヤバい魔物を連れてこられても困るので」

「ぐっ!」


 悔しそうにしながらも、言い返してはきません。相変わらず口が悪いですけど、王女様は王女様なりに、この事態に責任を感じてくれてはいるみたいです。


 これで巨大魔石が使えなくなって、結界の更新ができなくなったりしたら、少なくとも半分は王女様のせいですからね。


 熱線を吐き終えた竜兵ドラグーンは再び私を睨みつけ、大剣を構えます。まだまだ余裕といった雰囲気を漂わせて。


「じゃあ……、どうすんだよ」

「それを今、考えているところです」


 正攻法でも倒せないことはないと思うんですが、まともに戦っていたら、この大広間が持たないでしょう。


 巨大魔石が熱光線に丸ごと溶かされたり、瓦礫に埋もれてしまうようなことになれば目も当てられません。


 さてさて、どうしたもんでしょうか……。

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