第3章 鈍器再生

第31話 なかなか卑怯なやり口です。

「……おかしいです」


 エッグタルトの開店から十日が経ちました。


 私が冒険に出ているあいだもミラさんはしっかりと切り盛りしてくれて、五日目までは上々の滑り出し。


 けれど、そのあとがよくありません。六日目にやや売上が落ち、そこからは日に日に客足が減っていきました。


 単にオープン時がよすぎただけかな、とも思っていたのですが、それにしてはなんだか妙です。


 お客さんが変によそよそしいというか、店に入ってくるときにこそこそしてる感じがするんですよね。


「ミラの接客のせいかな……。感謝が表情に出ないし……」


 しゅーんと落ち込んでいるミラさん。そんなことないですよ、と頭を撫でてあげます。ふうむ、さすがに原因を探りに行く必要がありますね。


 とりあえずマーチさんに店の評判を聞きに行こうと、私はギルドに向かいました。


「――あれっ?」


 掲示板に貼ってもらっていた『冒険者の店エッグタルト』のチラシがなくなっています。これは一体、どういうことでしょう。


「あのう、マーチさん。どうしてウチの貼り紙がなくなってるんですか?」


「え? ああ、それね……。オープンしてしばらく経ったから、もういいかなと思って」


 受付嬢のマーチさんは、明らかに挙動不審になります。


「てやんでーです、マーチさん。嘘つくの下手ですね。本当のこと言ってください」


「あ、やっぱりわかっちゃった? ……はあ、こんなんじゃギルドの受付嬢とかやってられないわよね」

「そんなことないです。嘘つけない人ってことは、信頼できる人ってことですから」

「信頼、ね……。そんな風に思われてると、余計に情けなくなってくるわ」


 マーチさんは気だるげに、というか疲れた雰囲気で毛先をいじります。


「なにがあったんですか?」

「ハンナちゃんのお店ね……、ちょっと悪い噂が立ってるのよ」

「噂? 一体どんな?」


「邪神と契約した鈍器使いがやってる、邪教徒のお店なんだって」


「はあ!?」


「いや、言ってるのは私じゃなくて、あくまで噂だからね?」 


 私が大声を出したので、マーチさんがわたわたと弁明します。


「貼り紙をしてると『ギルドは邪教徒の店を応援するのか』って文句言ってくる人が多くて。ギルドマスターも『これじゃ仕事にならないから』って」


「それで貼り紙をはがしてしまったんですか……」


「ごめんなさい。私はハンナちゃんの人となりを知ってるから否定したんだけど……」


「いえ、マーチさんが謝ることじゃないです。というか、こちらこそ迷惑かけたみたいですみません……」


 多分マーチさんは、私に気を遣って、噂が耳に入らないようにしてくれていたんだと思います。


 自分が責められても、ギリギリまで私やエッグタルトを庇ってくれていたんです。そんな人を誰が責められるでしょうか。


 問題なのは鈍器への差別。まあ、いつかはぶち当たるだろうと思っていたことではあります。


 私が鈍器使いであることは、ごく短期間のうちに広まってしまってます。


 そしてこの世界においては、それは強烈な足枷なのです。


 鈍器ですごいことができるということは、鈍器を司る邪神ドルトスの強い加護を受けている、と見なされるのですから。


「まあ、噂なんて気にしなくていいわよ。真面目に商売をしていれば、わかってくれる人はわかってくれるんだから」


 マーチさんは慰めてくれますが、納得いきません。


 どうして鈍器レベルが高いというだけで、偏見の眼差しを向けられなければならないのでしょう。


 こっちだって、好きで鈍器は持ちません。剣の神様や槍の神様が振り向いてくれたのなら、きっと違う武器を使ってます。


 でも、そうはならなかったじゃないですか。どんなに努力しても、手をマメだらけにして頑張っても、レベルはぴくりとも上がらなかったじゃないですか。


 だからこそ私は鈍器を持ち、だからこそ私は気づけたんです。


 鈍器を使っている、ただそれだけの理由で理不尽な扱いを受けている人々に。


 棟梁や師匠、素晴らしいものを世に生み出しながらも、蔑まれるばかりの人達に。


「……てやんでーです」


 負けてたまるもんですか。


 差別、偏見、迫害。


 そんなもの、私のハンマーで粉々に打ち砕いてやります。


 きっとそれこそが、私の鈍器レベル一億に課せられた使命なのです。


「ハ・ン・ナ♪」

「にょわあああ!」


 静かに闘志を燃やしているときにいきなり背後から抱きつかれ、思わず奇声を上げてしまいました。


「あはっ。ビックリした?」

「ロ、ローゼリアですか。なんなんですか、一体」

 

 ローゼリアは私を驚かせたことにご満悦みたいです。


 やっぱり、イジメっ子はいつまで経ってもイジメっ子。人をからかうのがそんなに楽しいんですかね。


「ちょっとハンナに伝えたいことがあってさあ……」


 ローゼリアは私に抱きついたまま、耳元で囁きます。


「エッグタルトについての噂を流してるの、セシルんちなんだよね……」

「えっ。セシルが?」

「うん。セシルがって言うよりは、理事長が中心みたいなんだけど」


 バゼル・ソルトラーク。冒険者学園理事長にして、剣闘王とまで呼ばれた剣の達人。


 そして、私を学園から追い出した人……。


『この店が街に貢献、ね。でも、それは無理じゃないかなあ』


 セシルの言葉が思い出されます。


 あれは、この状況を見越しての発言だったのでしょうか。


 それとも彼女が自発的に父親によからぬことを吹き込んで、私の店を潰そうとしているのでしょうか。


 どちらにせよ、ムカつくことに変わりはありません。私はきょろきょろとギルド内を確認しますが、どうやらセシルはいないようです。


「まさかローゼリアも噂を広めるのに一役買ってたりしないですよね」

「アタシが? んなのするワケないじゃん。この杖のストラップに誓ってもいいよ?」

「なんですか、そのぺらっぺらな誓いは……」


 大体、どのストラップに誓ってるんです? じゃらじゃらつけまくってて、ひとつくらいなくなってても全然わからなそうですけど。


 まあ……、一応信じてあげますか。


 ローゼリアが嘘をつくメリット、今回はなさそうですしね。というか、こっそり噂の出所を教えてくれたことには感謝しなくてはいけません。


「ねーねー。アタシになにか言うことなーい?」


 そんな心の機微に気づいたのか、ローゼリアは私にひっついたままニマニマします。


「あ、ありがとう?」


 素直に謝意を伝えてみたら、ローゼリアはにっこおとさらに満面の笑みを浮かべました。


「いいんだよぉ。アタシ達、親友じゃん?」


 そのまま、るんるんとスキップでも始めそうな勢いでギルドの外へと出ていってしまいました。


 ほんとなんなんでしょう、あの人。気持ち悪いですね……。


 しかし、おかげでやるべきことはわかりました。私は対峙するべきなのでしょう。


 冒険者学園時代の因縁、バゼル・ソルトラークに。

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