第37話 傲慢を絵に描いたような人です。
ガレちゃんのあとについて、私は監督さんが使っているという家屋のなかに入ります。
「お父さん。ハンナさんをお連れしたっス!」
「遅い!」
椅子でくつろいでいた監督さんは、いきなり手にしていたワインをガレちゃんの顔に浴びせかけました。
「なにをダラダラしていた! 私の命令は全てにおいて優先しろと言っているだろう!」
「ご、ごめんなさいっス」
「ちょ、なにするんですか!」
監督さんに掴みかかろうとした私の服を、ガレちゃんが引っ張ります。
「い、いいんス。ガレちゃんがみんなとおしゃべりしてたのが悪いんス」
髪から赤い雫を滴らせながらも、ガレちゃんはにこりと微笑みます。
な、なんて健気なんでしょうか。彼女こそ地上に降りた最後の天使です。
それに比べてこの親父はなんですか? そこらの石っころほどにも価値のないゴミクズですか?
ムカムカしてしょうがなかったですが、ガレちゃんの目の前で父親をハンマーでブン殴るわけにもいきません。
我慢、我慢です……!
「フン。お前がメディトのババアがよこした邪教徒だな。同じ鈍器を使う卑しい大工達をさっそく手なずけたようだが、いい気になるなよ。ここでは私こそが絶対的な決定権を持っているのだからな!」
……あれ? 我慢ってなんでしたっけ?
この人の頭蓋骨を粉砕しても、殺さなければ我慢したことになりますかね?
『橋の工事を監督しているワイズって男には気をつけなさい。バゼル・ソルトラークの完全なるシンパだから』
おばさんの言葉が思い出されます。なるほど、理事長と同じで、傲慢を絵に描いたような人です。
「お前のことはバゼル殿からも聞いているぞ。どうやら身の潔白を証明するつもりでここへ来たようだが、無駄なことだ。鈍器を使えるのは邪な者だけと昔から決まっている!」
「類は友を呼ぶって本当ですね。あなた、言うこと為すこと全て、理事長そっくりですよ」
「そうだろうそうだろう! 私とバゼル殿はこの国を守る誇り高き同志だからな!」
うーん、嫌みのつもりで言ったんですが、むしろ褒め言葉として受け取られてしまいました……。
鈍感力って、こういうときちょっとうらやましくなりますよね。私も大概鈍感? 殴りますよ?
「お父さんはワイズ・アルセリア。グラン王より伯爵位を賜っている高潔な貴族っス」
ガレちゃんにおそらく定型と思われる紹介をさせて、偉そうにふんぞりかえる監督官――ワイズさん。
いえ、少なくとも心のなかではこんな人に『さん』づけする必要ない気もしますね。偉そうにふんぞりかえったハゲ、で充分です。あ、『さん』づけどうこうというレベルではなくなってしまいました。
「で、私になんの用ですか? 昨夜、橋を壊されたのを責められても困りますよ。まだ私、到着してたとは言えないようなタイミングだったんですから」
「ああ、そんなことはどうでもいい。どのみち橋を守ることなどできはしなかっただろうからな!」
またまた、ひどいことを言いますね。橋を壊されて大工さん達に理不尽な八つ当たりをしていたくせに。
「大工達から話を聞く限りでは、お前はどうやら大工としての能力だけは高いらしいじゃないか」
「ええ……。まあ、それなりには。あ、もしかして橋を作る手伝いをしろ、と言いたいんですか? なら、もうやってますけど」
ここに呼ばれなければ、今だって手伝っているはずだったんですから。
ところがワイズの要求は、予想だにしなかったものだったのです。
「橋なんかより、この家をもっと快適にしろ」
「…………はい?」
「リフォームだよリフォーム。お前ならちゃちゃっとできるんだろう? ん?」
「もう充分に快適そうに見えますけど」
ルドレー橋から近くの街までは、徒歩で三十分ほど離れています。つまり橋周辺に建っている家屋は、工事のために建てられた仮のもの。
昨夜私が泊まった部屋はすきま風が入ってくるし床も剥き出し、完成度が高いとはとても言えないところでした(もちろん、ちゃっちゃと改修しちゃいましたけど)。
ですが、ワイズの家は違います。
床は板張りで王都製の高級絨毯が敷いてあります。壁は煉瓦。今は使われていませんが、冬用に暖炉まで備えてあるのです。
すでに仮設住宅としては行き過ぎなくらいです。
「これのどこがだ? 本来、私が住むべき屋敷には程遠い。まず広さが足らん。最低でもあと五部屋は欲しい。それにもっと大きな風呂。あとは周囲を見渡せる高い塔を作ってくれ。サボっている大工を叱りつけられるし、なにより高い場所から皆を見下ろせると気分がいい! どうだ、やらないとは言わないだろうな!」
私はこれ以上ないくらいのため息をつきました。
「お断りです」
「……なんだと?」
ワイズは信じられないといった様子で怪訝に顔を歪めます。
「お断りしますって言ったんです。あなたみたいな自己中心的な人の役に立ちたいとは全く思いませんので」
「自己中心『的』だと? なにを言っている。世界が私を中心に回るのは当然のことだろうが!」
「ここまで話が通じないと、もはや会話になんの意味もないですね。さよなら」
私は家から出て行こうとしましたが、なおもハゲはわめきちらしてます。
「おいお前、わかっているのか。お前が邪教徒ではないと認められるかどうかは私の裁量次第。機嫌を取っておいたほうが利口だぞ!」
「馬鹿なこと言わないでください。橋を守れさえすれば、あなたなんか関係ないです」
「はっ。それが無理なんだろうが。お前も見ただろう? あの巨大な魔物の姿を! 触手一本であの太さだ。どんな橋を作ろうが、魔物の前ではひとたまりもないんだよ!」
彼にとって、ここの監督はやらされ仕事でしかないみたいです。
何度橋が壊されようが、最終的に完成しなかろうが問題なし。そういう気持ちでやっているのでしょう。
ところがいつまで経っても国が再建を諦めないものだから、延々と橋のそばに拘束されているってわけ。
まあ、家を増築したいとか考え出すのも、わからなくはないですね。発想が残念すぎますけど。
「次の橋は壊されません。魔物が出るときはいつもいないって聞いてますけど、今度はしっかり見ていてくださいね。腐ってもあなたが現場の責任者なんですから」
「待て! 話は終わってないぞ!」
「話は終わってないかもしれませんが、あなたが終わりすぎなんですよ」
そう残して扉を閉じたあと――私は「ん?」と首を傾げました。
監督さん、昨夜出たクラーケンも、見てなかったはずですよね?
触手が太かったとか、まるで目にしたかのような発言が出てましたけど。
…………これはちょっと、調べてみる必要がありそうです。
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