第78話 イヤなお誘いばかりです。

 【月を見る会】当日。


 城の最上階。大きなバルコニーと繋がる大広間に出席者が続々と集まってきました。


 縮尺おかしくないですか、というくらい月を近く感じる空間に、ゆったりとした弦楽器の音色が流れます。


 最上座には王様の椅子、その両隣にはマリアンちゃん、エリオン王子の席。その全てが埋まり、みんなの視線はそちらに集まっています。


「本日はお集まりいただき、感謝する」


 立ち上がったグラン王はまだ四十半ばのはずですが、頬がこけ、顔色もよくないせいでずっと老けてみえます。


 王様の体調が悪いことで跡目争いが激しくなり、その醜い争いが王様の体調をより悪くする、という悪循環だったみたいです。偉くなるのも幸せとは限りませんね……。


「皆が知っての通り、グラン王家の使命は結界の更新だ。三十年前、私が務めた役目を、先日は我が娘マリアンが果たしてくれた。今夜はその祝いの席だ。皆、大いに楽しんで欲しい」


 マリアンちゃんが皆に一礼します。金髪に紅のドレスがとても映えます。今日はあえて、いつもの乱暴な態度を潜めているみたいですし、一段と綺麗です。

 

 一斉に拍手を送ったのは、彼女を推す王女派と思われる貴族達。彼らにとっては絶好の機会と言えるでしょうね。

 

 なにせ祝いのムードに乗じ、王に約束を取り付けるつもりなのですから。

 

 ――マリアン王女こそ次の王である、と。


 会場の反対側に陣取っている王子派は苦々しい表情。

 

 エリオン王子自身もまた、冷ややかな目線を自分の姉に向けています。話には聞いてましたが、双子だけあってマリアンちゃんにそっくりですね。男装した、髪の短いマリアンちゃんといった感じ。

 

 あれはダンスが始まったら引く手あまたでしょうね。私はマリアンちゃんから彼の性格の悪さを聞いているから、踊る気にはならないですけど。


 大体、後見人が最悪なんですよ、後見人が……。

 

 王子の後ろには、私の天敵が立っていました。

 

 バゼル・ソルトラーク。今は冒険者学園の理事長という肩書きですが、エリオン王子が王国の後継者となった暁には、あの男が宰相に収まる可能性が高いそうです。

 

 宰相。つまりは政策の実行権を一手に引き受ける役職。断固阻止ですよそんなの。鈍器を使う人達への偏見を高める政策とか、平気で実行しそうですからね。

 

 さてさて、開会の宣言も終わり、歓談の時間が始まりました。


 私達はというと、出席者のなかでは脇役も脇役、下の下、いてもいなくても別に構わないといったポジションなので、なるべく下座のほうに控えていました。


 まあでも、どれだけ隅っこにいても、華がある人は目立ってしまうんですよね。

 

 まわりの目線が物凄く集まっています。私の隣に。


 ……ミラさん、わかってはいましたがドレスが超絶似合ってます。


 マリアンちゃんからもらった高級ドレスの生地はさらっさら、おまけに色は派手なエメラルドグリーンでしたが、それに全く負けていません。むしろミラさんの圧勝です。


 もうね、目が温泉になりますよ。保養的な意味で。

 

 私が美しすぎる彼女を見て気持ち悪いくらいニヤニヤしていると、ミラさんはミラさんで私のほうをじーっと見つめてきます。


「ハンナ、ドレス似合ってる」

「え。そ、そうですかねぇ……」


 私がマリアンちゃんから受け取ったのは黒のドレス。


 とりあえず身を包んでみたものの、あまりしっくりは来ていません。


「なんで黒、なんですかね。黄色とかオレンジとかのほうが、なんとなく私らしい気がするんですけど」

「それだと子供っぽくなりすぎるからじゃない?」


 あ、それ。それです!


「確かに私が明るい色を合わせてたら、舞踏会というよりお遊戯会みたくなるかも……」


 納得。そう考えたらベストな選択です。


 こう……、グラスを手に余裕を漂わせとけば、もしかしたら魔性の女っぽくも見えるかもしれません。


 グラスの中身はノンアルコールですけど。


 しかし、ヒラヒラしてるのに結構動きやすいのは気に入りました。これからダンスもありますし、なにより肝心のお仕事もこなさなきゃいけませんし。


 【月を見る会】の最中に王子派がなにか仕掛けてくる、というのがマリアンちゃんの読みです。

 

 その企みをぶっ叩いて阻止するのが私の役目。ならば、裾を踏んでずっこけてたら、話になりませんからね。


「あ。ハンナ、みーっけ!」

「げ」


 馴れ馴れしく近づいてきたのは、言わずもがなのローゼリアです。

 

 人のことは言えませんが、彼女は会場内で浮きまくっていました。

 

 いつもと違って髪はアップにまとめられているし、ピンクのドレスだって一応似合ってはいるんですよ?

 

 でもね、ダークエルフ特有の黒いツヤツヤとした肌も相まって、上品さよりも妖艶さのほうが際立つんですよね……。


「ね、そろそろダンスが始まるんじゃない? 約束通り、アタシと踊ろーよー☆」

「ええー……。約束なんてしてないんですけど」

「まーまー、アタシがリードしてあげるから」


 純粋に私と踊りたいだけにも感じるのですが、過去に散々バカにされてきたので、どうも裏を読んでしまいますね。


 また、学園時代みたいにおちょくってくるんじゃないですか? そう思って断ろうとしたら、それより先にミラさんがローゼリアの前に立ちふさがりました。


「ダメ。ハンナは、ミラと踊るの」


 相変わらずの無表情ですが、その声には明らかに敵意が混じっています。


「ヤダヤダ、かっわいー☆ アタシがハンナをとると思ってるの? そんなことしないってば」

「あなたは信用できない。見るからに邪悪」


 おお、言いますねミラさん! ローゼリアの眉がピクリと動きましたよ!


「あはっ、いい度胸してるね。アタシが邪悪ゥ? ……目障りだから消えてほしいんですケド」

「消えるのはそっち」


 うわああ、一瞬にして火花バチバチに!


「ちょいちょいちょいちょい!」


 慌てて割って入ります。こんな祝賀ムードのなかで取っ組み合いとか始められたら、シャレになりません!


「ローゼリアはセシルと踊ればいいでしょう? なんでこっちに来るんですか!」

「だって、しょうがないじゃん。セシルには他にお相手がいるんだからさあ」


 すねたように唇を尖らせるローゼリア。


 お相手って? と思ってたら、会場に流れている音楽の曲調が、アップテンポに変わりました。


 途端に、その音楽にも負けないくらい、上座のほうが賑やかになりました。


「エリオン王子、私と踊っていただけます?」

「いいえ、私と! 私とです!」

「なに言ってるの、家柄的に私ですわ!」


 案の定、エリオン王子はモテモテです。


 双子の姉、マリアンちゃんは……あれれ、全くの不人気。全然男が集まっていません。


 王女派のなかから出て行ってもよさそうなものですけど、男達は「お前、行ってこいよ」「いやお前が」と互いに譲り合っています。

 

 彼女の性格からいって、ダンスの誘いなんて断りそうですし、これまでも断り続けてきたんでしょうね。

 

 あ! 髪をビシッと整えたスラッドさんが、マリアンちゃんのところへお誘いに行きました!

 

 すごい! 猛者のなかの猛者!

 

 そしてなんの躊躇いもなく断られています! さすがスラッドさん! 期待を裏切りません!


 一方のエリオン王子は、女性達に囲まれても応えるわけでも、断るわけでもなし、煮え切らない態度を取り続けています。なんか嫌な感じですね。


 と、そこへ颯爽と現れたのはセシルです。


「エリオン王子、ボクと踊っていただけますか?」


 あまりに美しいライバルの登場に、貴族の娘達は一気に鼻白みました。


 そりゃそうです。鎧を着ていても綺麗な人が、今は青のドレスを着ているんですよ? 例えるならば陸に上がった人魚の姫といった雰囲気です。


 はあー、華がありすぎてムカムカしてきます!


 しかもセシルは、美しいだけじゃなく、王子の後見人である理事長の一人娘。


 王宮事情に疎い私が見ても、勝ち目がないのがわかります。貴族の娘達からしたら、戦うだけ損ってもんです。


 なるほどー。セシルのお相手はエリオン王子ですか。ま、お似合いですね、理事長の信奉者って点では共通した価値観を持っていそうですし。


 収まるところに収まったなあ、なんて他人事のように思っていた私。


 ところが――です。


「すまない、セシル。今夜は先に踊りたい相手がいるんだ」

「喜んで! ……って、え?」


 完全に勝ったつもりでいたセシルの表情が強張ります。しかし、立ち上がった王子は放心状態の彼女に目もくれず、なぜか下座のほうへと歩いてくるのです。


 ……ん?


 なんか……、こっちに近づいてきてません?

 

 ま、まさか、王子の狙いはミラさん?


 なんてめざとい! あれだけ距離が離れていたのにミラさんの美しさに気づくなんて!

 

 いえ、本当にスゴいのは、その距離をゼロにしてしまうほどの美貌を持つミラさん?

 

 とにかく、絶対に一緒に踊らせたりなんかしませんよ! いくら王子様でも、手に入るものとそうでないものがあることを教えてあげなければいけません!

 

 なんて意気込んでいたのですが――エリオン王子が立ったのは、なんと私の前でした!


「はぇ?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまいました。けれど、王子は不敵に微笑むと、私にこう告げたのです。


「――ハンナ・ファルセット。もしよければ、僕と踊ってもらえるかな?」

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