第104話 飛空艇は造るものです。
大賢者アバティン。【魔の大地】開拓の第一人者であり、世界最高の魔術師と称される老人。
けれど、私はアバティンに対してあまりいいイメージを持っていません。
なんでかって? 決まってます。赤ちゃんだった私が【魔の大地】で発見されたとき、アバティンがなにを主張したと思います?
「研究に使いたい」ですよ。ビックリしますよね。そりゃあ滅びた村でただひとり――いや、セシルもいたはずなんでふたりですか――生き残った赤ちゃん。【大いなる実験者】なんて異名を持つ人なら、興味を抱いても不思議ではないですよね。
実際、私なんてその後、鈍器レベル一億なんて意味不明な存在になってしまっているわけですし……。
「いきなり現れたように見えたが、テメェもオレと同じ【転移魔法】が使えんのか?」
マリアンちゃんがうろんな目つきでローブ姿の少年、グレミールに問いかけます。
「いえいえ、まさか。アバティン師ご自身ならともかく、不肖の弟子であるボクにそんな高等魔法はとても。【透明化】の魔法で、ずっとそばで見させてもらってただけですって」
それはそれで、盗み見みたいで印象よくないですね。マリアンちゃんも同じ感想を持ったみたいで、喧嘩腰の口調をさらに強めます。
「オレ達の苦戦っぷりを加勢もせずに、ね。ずいぶんと悪趣味だな」
「あなたがたの力だけで攻略できたなら、それが一番だと思ってたんですよ。歴史の表舞台に再び登場するのは、師の望むところではありませんから」
冒険譚に登場するアバティンは、他の英雄とは一線を画す異色の存在です。魔物を倒すためなら手段を選ばない。魔物をおびき出すために村を囮に使ったり、人間を魔物に改造したり、魔物を殺すための魔物を育てたり……。
レイニーと仲間だったのもほんの一瞬。やはりパーティ内でも問題を起こし、早々に脱退。それ以来、行方不明となっています。
特A冒険者としての務めを放棄した――そうみなした人も少なくありません。
「マリアンちゃん、落ち着いて。ここでいがみあっててもしょうがないです。グレミールさん、あなたが持ってきた策というのは、なんなんですか?」
「あ、グレミール君でいいですよ。ボクのほうが年下ですし。精神年齢はともかくとして」
……いちいち一言多い子ですね。変わり者アバティンの弟子らしいといえばらしいですが。
「じゃあ――グレミール君。策を教えてください」
ろくでもないのだったらぶっ飛ばそう。そう誓い、私は改めて訊ねます。
「師から授けられた策は、目には目を、歯には歯を、です」
「てやんでーです。まわりくどい言い方ですね。要するに?」
「簡単です。こちらも飛空艇を造ってしまえばいいんですよ」
なんかまたとんでもないこと言い出しましたよ……。
「はっ、なにを言うかと思えば、大賢者も耄碌したんじゃねーのか?」
そのアイデアを鼻で笑うマリアンちゃん。
「人の手で飛空艇を再現できるんなら、とっくの昔にやってんだよ。空を制することができれば、交易でも戦争でも覇権を握れんだからな。アレは、剣の神ゾーディア様だから造れたんだ。無理の押し付けを策とは呼ばねェぞ」
「剣の神ゾーディア? それがなんだって言うんです? こちらには鈍器の神ドルトスに勝るとも劣らない【鈍器姫】がいるじゃありませんか」
「いやいやいや、それは言い過ぎじゃないですか? 鈍器レベルが一億だからって、さすがに邪神と同列にはならないと思うんですけど」
「だとしても、こと造ることに関しては、剣の神なんかよりよっぽど優れている。そうは思いません?」
むう……。そう言われると、ちょっと対抗意識が芽生えますね。剣にはあまりいい思い出がないですし、学園時代にゾーディア様の加護は全く受けられなかったわけですし……。
私が言いよどんでいると、グレミール君はここぞとばかりに、懐から取り出した巻物を地面に広げました。
そこに描かれているのは、曲線と直線。そしてそれらの線に寄りそって記された数字。
あるものの設計図であることは、一目でわかりました。なんせ、今まで戦っていた物にそっくりでしたからね。
「師が長年の研究により造り上げた、飛空艇の図面です。飛空艇イクスモイラより遥かに小さいですが、その分圧倒的な速度を誇る。これをあと八日間のうちに再現できれば、王国は助かります」
確かに、数字を見る限り、サイズはかなり小ぶり。全長はイクスモイラの十分の一もないくらい。搭乗できる人数は、最大でも四、五人といったところではないでしょうか。
【天罰の剣】のような兵器も見当たりません。形状は鋭角的で、ただただ空を速く飛ぶために設計されていることが伝わってきます。
「イクスモイラは兵器や防御機能に三種の神器の力を増幅して用い、動力機関としては【剣の巫女】を使っています。こちらの飛空艇であれば、戦闘用の機能はないので三種の神器は不要。動力機関は【鈍器姫】を代用します」
「なるほど……」
勝手に動力機関にされているのは釈然としませんが、これならいけるかも。棟梁や一緒に大聖堂を建設した仲間、ルドレー橋再建でお世話になった大工さん達の力も借りれば、余裕で間に合います。
「ただ、それでも材料がひとつ足りません」
「え?」
「飛空艇に使う木材は、全て古代樹でなければならないんですよ。空を飛ぶために、大気中の魔力を取り込む必要がありますから」
そういえばレイニーも、過去の記憶でそんなこと言ってましたっけ……。魔導兵器には故郷の古代樹が使われているとかなんとか……。
「どうです? 課題も残ってはいますが、現実的な策に思えてきたんじゃないですか? この策、乗りますか、乗りませんか?」
そこまで聞いた私は、乗る気まんまんになっていました。だって、自分の手で飛空艇を造るなんて、わくわくしません? ここしばらく、大工仕事をできてなかったですし、鬱憤を晴らすには充分すぎるくらいの超大作じゃないですか! みなぎってきます!
「当然、乗りますよね、マリアンちゃん! 飛空艇対決! 鈍器は剣の神様になんて負けませんよ!」
「ご主人さまが造った飛空艇、乗ってみたいっスー!」
ガレちゃんも尻尾をふりふり大興奮。遊びではないんですが、気持ちはわかります! 自作の飛空艇、なんてロマンのある響きでしょう!
「ミラも乗りたい……。飛空艇ハンナスペシャル」
「その名前は却下していいですか?」
「ええ……、カッコいいのに……」
ミラさんの基準だと、私の名前がついてればなんでもカッコいいという評価になるんですよね。早めにとめておかないと勝手に定着しそうで怖いです。
「待て待て。テメエら、頭でっかちなエルフどもを説得すンのがどれだけ大変か、わかってんのか?」
ただ、マリアンちゃんだけはその策に否定的な様子です。どうやら彼女は、古代樹の入手に相当苦戦すると踏んでいるみたいです。
「でも、王国の危機なんですよ? ハイエルフの森だって王国領内にあるんですし、誠意を見せればきっと協力してくれるはずですよ」
「それは……」
マリアンちゃんはまだ不安が尽きないようでしたが、ぐっと二の句を喉元で押しとどめました。
「まあとりあえず行ってみるか。やってみねえことには始まらねぇからな……」
*
「なるほど。事情はよくわかりました」
転移魔法を使えばハイエルフの森までもひとっとびでした。マリアンちゃんは過去に一度、森に訪れたことがあるようで、彼女の顔を覚えていたハイエルフの青年が森の代表に繋いでくれました。
エルフの代表というくらいですから、よぼよぼの長老のようなかたが出てくるのかと思ったのですが、屋外の集会場に現れたのは、若く美しい女エルフでした。
彼女の他にも、集会場には多くのエルフが集まっています。その誰もが、老いとは無縁といった若々しい姿。エルフが年取らないって本当なんですね。みんな実年齢おいくつなんでしょう……。
あんまり大人数で行くのもどうかと思ったので、ミラさんとガレちゃんはお留守番。ティアレットで棟梁達に手伝いを頼んでもらう役目をお願いしました。
なので、集会場には私、マリアンちゃん、グレミール君の三人です。
「まさか飛空艇が復活するとは……。あれは人の手には過ぎたる力。野放しにしておくわけにはいきますまい」
ピーファさんは険しい表情で言います。王国を脅かす魔導兵器に古代樹が使われていることに、どうやら思ったより責任を感じてもらえているみたいです。
これは意外と話が通るのでは? あっさりと!
「では、古代樹を使わせてもらえるんですか?」
「それはお断りします」
……あっさり、という点だけ合ってました。
「な、なんでですか。このままだと古代樹で造られた飛空艇が、大勢の人の命を奪うかもしれないんですよ?」
「そうかもしれませんね。しかし、だからといって新しい飛空艇を造れば、それがまた悪用されないとも限らない」
「そうはならないと約束します。今回造る飛空艇には、兵器は搭載されていません。イクスモイラに乗り込む、それだけを目的にした飛空艇なんですから!」
「そんな約束、あてにできるとでも?」
ピーファさんはジロリと私をにらみつけてきました。
「そもそもグランの王族が命を狙われるのは因果応報。鈍器を使える者を邪教徒として迫害した結果である。そんな愚かしい人間どものなにを信じろというのか」
「ぐっ……。それは、その通りだ……」
マリアンちゃんは唇を噛みしめます。彼女自身が悪いわけではないのですが、王族全体として捉えると、確かに身から出た錆ではあるんですよね……。
「それに古代樹は我々の祖先が何千年、何万年と育ててきたもの。そうやすやすとお譲りするとお思いですか?」
その通りだ、とまわりのエルフ達も同調します。
「人間は信じるべきではない。短命種はすぐに記憶が曖昧になるからな」
「我々は王国領に属してはいるが、あくまで立場は対等。一方的な頼みなど聞いてやる筋合いはない」
なんというか、エルフ達はあまり人間という種族自体に好感を持っていないみたいです。
「グレミール。あなたのあても外れたのでは? 王族の頼みなら我々が古代樹を差し出すと思ったのでしょうが、計算が甘かったようですね」
ピーファさんが軽蔑の眼差しをグレミール君に向けます。
ああ、なんとなく想像つきました。グレミール君、というか大賢者アバティンは、こうなる前からエルフ達に古代樹を要求してたみたいですね。
あんな精密な設計図が、ここ二、三日で造られたはずがないですもん。ずっと前から、アバティンは飛空艇を造る機会を虎視眈々と狙ってたわけです。
そこへ、王国の危機という格好のチャンスが訪れた、と。
「計算が甘い? 果たしてそうでしょうかね、森長代理」
「なんですって?」
代理、という点をことさら強調したことにピーファは神経を逆撫でられたみたいです。しかしグレミールはそんなのお構いなしとばかりに、空気を読まずに続けます。
「ボクは、森長本人相手なら、今のカードで充分に交渉できると思ってますよ。ボクに計算違いがあったとするなら、ここにまだ森長が戻っていないこと。ただそれだけです」
それが負け惜しみに聞こえたのでしょう。ピーファは小馬鹿にした様子で笑います。
「それこそ愚か。我らの森長は旅に出て、長らく戻ってはおりません。これからもしばらく戻る予定はない。そして森長がいない以上、我の言葉こそがエルフの総意である!」
その宣言に、拍手喝采を送るエルフ達。
「ちょっとグレミール君。これ、状況悪化してません? ケンカ売ったような形になってるんですけど……」
「まあまあ、大丈夫ですって。ここからが面白いところですから」
余裕たっぷりで微笑むグレミール君。この状況でどうしてそんな自信満々でいられるんですかね?
「――ハンナ、なにやってんの?」
後ろから声が聞こえました。
「え……、なんであなたがいるんですか?」
なんと集会場に現れたのは――セシルにフラれたショックで里帰りしたはずのローゼリアだったのです!
「え、だってここ、アタシの森なんだケド」
「冗談。ここはハイエルフの森ですよ? あなたはダークエルフじゃないですか!」
「あ、いけないんだー。肌の色で決めつけて。そういうの差別じゃないのォー?」
「話をすり替えないでください!」
ほら、仇敵であるダークエルフがいきなり森に入ってきたもんだから、エルフのみなさんも硬直しちゃってるじゃないですか!
「あ、あああ、あ……」
森長代理のピーファさんなんて、動揺して言葉が出なくなっちゃってますよ!
「や、ピーファ。アタシがいないあいだ、元気にしてた?」
ローゼリアは謎の気安さでピーファさんに呼びかけます。いやいや、いくら陽キャを絵に描いたようなあなたでも、偉い人相手にその距離の詰め方はダメです! 絶対に怒られますよ!
ところが、です。ピーファさんはうるうると瞳を潤ませて、ローゼリアの足元にひざまづいたではありませんか。他のエルフ達も一斉にこうべを垂れます。
「
そう言って上目づかいになったピーファさんの表情は――ローゼリアに依存するセシルにそっくりでした。
だから私は、直感でなにが起こっているかを理解できました。
ハイエルフの森は、すでにローゼリアによって従属させられていたのです!
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