第40話 仕掛けで魔物を倒します。

 さて、勝負の夜がやってまいりました。今度は一体、どんな魔物が出てくるんでしょう。


 これまで登場した魔物は、人魚に、ケルピーに、ウンディーネに、クラーケン。


 いずれも水中を縄張りとする者達。

 

 今回もおそらく、敵は川からやってくる――そう思って私や大工さん達は水面を監視します。


 セシルやローゼリアは川のほとりで魔物の登場を待ち構えています。私も橋の上には立たず、彼女達とは対岸で警戒を続けます。


 今夜は満月。松明を焚いていることもあり、あたりはさほど暗くありません。

 

 けれど、水面は夜空を映してどっぷりと黒く染まり、魔物が潜んでいるかどうかを確認するのは容易ではなさそうでした。


「おい……、あれ!」


 最初に気づいたのは、かなり下流のほうに立っていた大工さんです。彼がたいまつを前に掲げると、水面がザパンと大きく波打ちました。


 そこからぬるりと顔を出したのは――巨大な蛇。


「大蛇……? いや――ヒュドラだあああ!」


 キシャアアアアア! 奇声とともに、二個、三個と同じような蛇の首が現れます。


 ヒュドラ。八つの首を持つ、蛇の魔物。大きなものだと、その体長は優に人の十倍はあると聞きます。


 今まで登場したという魔物と比べても、クラーケンと同じ、あるいはそれ以上の強さを誇ります。


 ……けれど、私は少しホッとしていました。


 ヒュドラが敵として登場する物語なら、本で何度も読んだことがあります。


 主な攻撃方法は、長い首を使った物理攻撃。ならば予想の範囲内。


 知能もさほど高くありませんし、準備した仕掛けは無駄にはならなさそうです。


 本当によかったです。もし小型の、頭がいい魔物が相手だったら、もっと力業で行くつもりでしたからね。ハンマーで川を叩いて、水ごと敵をぶっ飛ばす、といったような……。


 これまで現れた魔物はどれも、人は襲わなかったそうで、今回のヒュドラもそこは例外ではありませんでした。


 川べりに立つ大工さんにはお構いなし。ずんずんと上流へとのぼってきます。


 おそらくはその太い首で攻撃を加えて、新設された木造部分を壊すつもりなのでしょう。

 

 しかし、そうは行きません。


「今です! やっちゃってください!」

おうッ!」


 私の声に応じ、大工さん達は橋の鉄柱に備えつけられた金属製のレバーを回します。


 根元の円筒に鎖が巻き取られていき、それに合わせて木製の橋はガコン、と中央から割れ、立ち上がります。


 そう。私が作ったのは跳ね橋だったのです。魔物が現れたら仕掛けを動かして立ち上げ、魔物の目の前から姿を消す。最初からそういう狙いだったのでした。


 ヒュドラはその変化に上手く対応できません。

 

 壊すべき対象が目の前から消失したせいで、振り回した首は宙を空振り。胴体もまた石橋のあいだを通り過ぎます。


 もちろん、こんな仕掛けが通じるのは一度きり。ヒュドラは立ち上がった橋を壊すべく、すぐさま向きを変えます。


 が、私がしたかったのはあくまで時間稼ぎであり、魔物を奥へと誘い込むこと。


 第二の仕掛け、発動です。


「鈍器スキル【鎖の水槽】!」


 私は近くに差し込んでおいた鉄柱をハンマーで思いっきり叩きます。


 すると川底に深く差し込んでおいた十本の鉄柱が、水面の高さまで立ち上がりました。


 私が叩いた鉄柱、および新たに現れた鉄柱は何本もの鎖で繋がっていて、ヒュドラの巨体を完全に取り囲みます。


 鈍器スキルの弱点――それは叩いたものにしか効果を及ぼせないこと。

 

 けれどもそれは逆に、自分よりどんなに大きかろうと、自分からどんなに遠く離れていようと、叩いたものと繋がってさえいれば効果を及ぼせる、ということでもあります。


 鎖はヒュドラを拘束するだけでなく、私の力を鉄柱全てに届ける役目も果たしたのでした。


 ヒュドラは暴れ、鎖の包囲を破ろうとしますが、そう簡単にはいきません。鎖は私自らがわざわざ製鋼したもの。頑丈さにかけてはそこらで売っているものとはレベルが違います。


 さて、あとは鈍器スキル【飛びつぶて】で遠距離攻撃を食らわせていくだけです。

 

 と思っていたら、ふたつの影が水面から顔を出した鉄柱の上に降り立ちました。


 それはセシルとローゼリアでした。


「剣技【レイザースラッシュ】!」


 セシルが細身剣を突くと、軌道の延長線上に光が生まれ、ヒュドラを貫きます。


「闇の精霊よ、夜より昏き黒で魔を食い破れ。【ダークランス】!」


 ローゼリアの呪文で生み出された漆黒の槍もまた、ヒュドラの頭をひとつ潰します。


「あー、横取り! そういうのよくないですよ!?」

「なにを言ってるんだい。こういうのは早いもの勝ちなんだよ」


 セシルは手にした細身剣に大量の魔力を注ぎ込み、宙へと跳び上がります。

 

 あ、これは大技です。このままだと【飛びつぶて】を用意しているあいだに、決着がついてしまいそうです。


 くっ、とはいえ、魔物退治の邪魔をするわけにはいきませんし……。


「――食らえ。剣技【ホーリーエンド】」


 その技の性質は、先ほど彼女自身が放った【レイザースラッシュ】と大差がないように見えました。

 

 光線を放つ突き技。けれど、切っ先に込められた魔力の大きさは比べものになりません。その光は一瞬、深い夜を真昼に変えてしまうほどでした。


 ザッパアアアン! 激しく波打つ川。彼女の攻撃は違うことなく、鎖で囲まれた水槽のなかへと注ぎ込まれました。


 まるで光の滝。逃げ場なんてあるようには見えません。


「やったあ、さすがはセシル!」


 ローゼリアがきゃあきゃあ言ってます。まあ、技はカッコいいですね。あくまで技だけはね……!


 あーあ、完全に手柄を持って行かれちゃいましたよ……。


 けれど、鉄柱の上に降り立ったセシルは、まだ揺れの収まらない水面を見つめながらつぶやきます。


「いや、まだだ」

「へ……?」

「ローゼリア、魔法で川を照らしてみてくれないか」

「う、うん。いいケド……」


 ローゼリアが杖を掲げると、その先端からいくつも炎が生まれ、宙をふわふわと漂います。


 私も鎖の水槽をじっと見つめますが……、妙なことに気づきました。


 ヒュドラの死体が、浮かび上がってこないのです。

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