第48話 にぎやかな日々になりそうです。

 ルドレー橋での激闘から十日。


 私が少女の姿に化けていた魔物を倒し、橋を守ったというお話は、メディトのおばさんが持つ井戸端会議力で瞬く間に広まり、悪い噂は一気に上書きされていきました。


 ワイズは王都で裁きを受けることになっています。魔物による死者がひとりもいなかったこともあり、死罪だけは免れるようですが、伯爵位は剥奪。罪人として、大工仕事に就かされるらしいと聞きました。


 残念ながらこの世界では、鈍器を持つイコール汚れ仕事ですからね。まあ罰としてはふさわしいんじゃないでしょうか。ひどい仕打ちを受けていたガレちゃんも、ワイズに死んでほしいとは思ってなかったでしょうし。


 それに自分で物をつくってみれば、それを壊される辛さ、痛みを充分に理解できるはずです。


 セシルはというと、私がいるあいだは全然目覚めませんでした。ローゼリア曰く、私の与えたダメージが原因なのではなく、【ホーリーエンド・レクイエム】を放った影響みたいです。


 私を倒そうと力んで、魔力を全部使い切ったんでしょうね。一応、外した関節は全部元に戻しといてあげましたけど、道を外れた性格までは矯正できないので、目覚めたときはまた面倒くさそうです。


 さて……、私達のお店エッグタルトにも、お客さんが少しずつ戻ってきたように感じます。


 もちろん完全に元通りというわけではないですが、それでも昨日時点の売上は、オープン時の半分くらいには回復しています。


 なんと言っても、扱っているものの質が違いますからね。相当なネガティブキャンペーンが展開されない限り、この店を潰すなんて不可能なわけですよ!


 しかし、帰ってきた私には新たな悩みが生じていました。


「あのう、ミラさん……。さすがにくっつきすぎじゃないですか?」

「え? そう?」


 そうなのです。ミラさんがとにかくべたべたしてくるのです。


 座っていると横にぴっとりくっついてきますし、商品を並べていても後ろから抱きつき、もたれかかってきます。スキンシップも、こうも行き過ぎるとどうかと思ってしまいます。


「しょうがない。一週間も会えてなかったから」

「いや、でも帰ってきてからはかなり経ってますよね?」

「まだ足りない。ハンナ成分、補充する」


 そう言ってミラさんは私のうなじに顔を埋めて、匂いを嗅いできます。あのう、私の話、聞いてもらえます?


「せっかく悪い噂をとめられたのに、これじゃ別の変な噂が流れてしまいそうですよ……。ルドレー橋も直って、王都からのお客さんも増えるかもしれないのに」

「ハンナ・ファルセット橋、ミラも見に行きたい」

「ルドレー橋ですよ! まあ、大工さん達の業界ではそんな呼ばれ方もしているらしいですけれど……」


 彼らは私に賛辞を送っているつもりなのかもしれませんが、いい迷惑です。


 私は冒険者ランクを上げてレイニーに会いにいくつもりなのに、このままだと先に大工の世界で名を馳せてしまいます。


「あったあった。ここがハンマー・ハンナのお店だ!」

「で、あれがハンマー・ハンナ本人か。鈍器姫って、意外とちっちゃいんだな! もっとゴリゴリのオーガみたいな女かと思った!」


 店の外から聞こえてくる、旅人の楽しげな声。


「ハンマー・ハンナ……、鈍器姫……」


 橋の呼び名だけではありません。私自身にも、実に微妙な気分にさせられる異名がついてしまいました。


 鈍器姫ハンマー・ハンナ。

 

 誰ですか言い始めたの。ブン殴りますよ?

 姫はまあ……【至剣の姫】のレイニーとお揃いで悪くないですけど、その前につくのが鈍器って。


 ハンマー・ハンナもひどいです。


 響きがよかったのはわかりますが、私にはファルセットという華麗なファミリーネームがあるんです。それをほっぽって、勝手に新しいのをつけますか、普通?


 しかし、異名の宣伝効果は抜群です。ティアレットの外からも、まるで観光スポットであるかのように人が店を訪れます。まあ、来るのは構わないんですが、どうせならなにか買っていってほしいんですよね。店の前で騒がれるのは大変迷惑です。


「はーい、そろそろ見物料とりますよー! なにも買わないならおたむろしないでくださーい!」


 箒をはいて見物客をしっしっと追い払いますが、すぐに横から声をかけられました。


「ここがハンマー・ハンナさんのお店っスか?」

「はい、見物料100万ペル!」

「えっ。うう……。ガレちゃんそんなにお金持ってないっス……」

「じゃあ身ぐるみ全部置いていってくださーい――って、ガレちゃん!?」


 適当にあしらおうとしたせいで、気づくのが遅れました。そこに立っていたのは、ルドレー橋で別れたはずの銀髪の少女、ガレちゃんでした。


 頭の獣耳が目立たないようフードを被っていますが、そのかわいらしい容姿を見間違えるはずもありません。


「大工さん達と一緒にいるんじゃなかったんですか?」


 彼らがガレちゃんを家族みたいに想っていたから、安心して預けていくことができたのに!


 けれど、ガレちゃんは寂しげに首を横に振ります。


「ガレちゃん死んだことになってるんで、大工さん達と一緒にいるわけにはいかないっス。特に今は、役人さんが大工さん達にも事情を色々聞いてるところっスし」

「そ、それは確かに!」


 そんなことにも気づかないなんて、私ってどうしてこう鈍感なんでしょうか! べらぼうめですよ、ワイズの鈍感力を馬鹿にしてはいられません!


「まあでも、現場を離れてしまえば、獣人と言い張ることもできるっス。【魔の大地】周辺にいるギルタ族は狼の耳と尻尾を持ってるって聞きますし」


 そう言ってガレちゃんはフードを取ります。相変わらず――というか、獣耳がついたことで余計にかわいくなったような気がしますが、一方で私は一抹の罪悪感を覚えてしまいます。


「ガレちゃん、怒ってない? 私が未熟なせいできちんと元に戻れなくて……」


 ガレちゃんの身体に残ってしまった、耳と尻尾。私のユニークスキル【破壊と再生】が完璧に仕上がっていたなら、フェンリルの要素を一掃できたのに――そう思うと、申し訳ない気持ちになります。


「そうっスねえ。じゃあハンナさん、責任をとってもらえるっスか?」

「せ、責任って?」


 同性で結婚はできませんが!

 いえ、もしかして養子にしろとかですか? それも年齢が近すぎて無理だと思いますよ!?


 って、なにを自分に都合のいいように捉えているんですか、私は!


 責任といえばお金ですよ。あるいは焼き肉を奢るとかですよ!


 一瞬のうちに色々と考えてしまいましたが、ガレちゃんが望んだのは、そのどれでもありませんでした。


「ハンナさんには、ガレちゃんの新しいご主人様になってもらうっス!」

「ご、ご主人様?」


 そう言えばガレちゃん、ワイズのことをご主人様って呼んでましたっけ。そりゃ、あのハゲ親父よりは私のほうが絶対にガレちゃんを大事にできますけど、はて、ご主人様とは具体的にどういったものなんでしょう。


「……それって、なにをすればいいんですか?」


 訊ねると、ガレちゃんが上目遣いに近づいてきます。


「簡単なことっス。ガレちゃんをかわいがってくれればいいだけ。ガレちゃんを養って、ガレちゃんの頭をなでなでして、一緒のベッドで寝てくれればいいんスよ」


 え、なにその生活。幸せすぎません?


「あと、ガレちゃんをこの店で働かせてほしいっス。お金の計算は苦手っスけど、肉体労働なら任せてくださいっス! なにせ、ガレちゃんのなかにはフェンリルもいるっスからね!」


 は? いいことずくめなのでは?


 断る理由が見当たりません。


 あ、でもでも!


 オッケーしかけたところで、私は肝心なことを思い出しました!


「いやあ……、でも私にはミラさんっていう同居人がいるんですよね。この店も元々はミラさんのものだし、私の一存で決めるわけにもいかないし……」


 ちらりとミラさんに視線を向けます。当然、全く表情が変わらないので、反応がいまいち読めません。


「その子が、ガレちゃん?」


 ミラさんには、ここ数日間の出来事を全てお話しています。


 魔物の肉を食べると姿が変わってしまうことも、彼女に隠す必要は無いですし当然お伝えしています。


 先入観で人を嫌うようなミラさんではありませんが、さすがに一緒に暮らすとなると身の危険を感じてしまうかも……。


 彼女はいつもの無表情のまま、ガレちゃんの全身を舐めるように見つめ――ぐっと親指を立てました。


「……あり」

「ありなんですか!?」


 意外です。前述の理由もあるし、そもそもミラさんって人と仲よくなるのにちょっと時間がかかるタイプなので、漠然と嫌がるかなあと思ったんですが。


「ぬい……、家族は多ければ多いほど癒やされる」

「あ! 今、ぬいぐるみって言おうとしませんでした!?」


「してない。でも、どうせ魔物に変わるならふさふさしたのがいい……」

「やっぱりぬいぐるみ扱いしてるじゃないですか!」


「だってこの子、昔持ってたぬいぐるみのワンたんに似てるし」

「ああ、犬のぬいぐるみも持ってたんですね」

「ワンたんは、猫のぬいぐるみ」

「まぎらわしい!」


 ミラさんとばかり喋っていたからでしょうか、疎外感を覚えたのか、ガレちゃんがむすっとします。


「あの! ご主人様にとってのなんなんスか、この変な人は!」

「…………変な人?」


 ガレちゃんに指差されたミラさんの眉がぴくりと動きます。


「わっ。失礼なこと言っちゃダメですよ! 無表情でわかりにくいですけど、こう見えてミラさんだって傷つくんですから!」


「……ううん。かわいいから、あり」

「これもありなんですか!?」


 ミラさんのこと、それなりにわかってるつもりでいたんですけど、ちょっと自信がなくなってきました……。


 それにしても、どんどん楽しくなっていきますね。


 冒険者としての新しい生活、ミラさんと営む新しい店、ガレちゃんという新しい家族。


 そして私の心のパートナーである、ふた振りの鈍器。


 ……レイニー、北の大地で元気にしていますか?


 私の毎日は、これからもっとにぎやかなものになりそうですよ。


******

どんきです。これで3章終了です!

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