幕間 鈍器休題
第49話 ローゼリアにとっての『親友』
アタシ、ローゼリア・シュルツは駆け出しの冒険者。
親友はなんとあのセシル・ソルトラーク。
どう? うらやましいでしょー!
【剣闘王】バゼル・ソルトラークの娘であり、学園を主席で卒業、最年少でCランクに上がった女の子。
すでに武勇伝は数え切れないくらいあって、Bランクになるのもそう遠くないと噂されている。
彼女を【銀閃】なんて呼ぶ人もいるくらい。
風と光の剣技を組み合わせた華麗な戦い方は、確かにそんな異名がついても納得って感じ!
でも今日、隣を歩くセシルの足取りは重たい。
フェンリルとの戦いから十日。
傷と疲労を癒やしてティアレットに戻ってくると、ハンナの店、エッグタルトの評価が一変していたからだ。
「いやー、エッグタルトの薬はやっぱり最高だな!」
「武器や防具も新作が出てたぜ。どれも他の店とはレベルが違うよな」
「俺は最初からわかってたぜ。あんないい品を出す店が、邪神なんか信じてるわけねえって」
「嘘つけ。お前、ビビってしばらく立ち寄らなかったくせによ」
道行く人々の会話を聞いて、セシルの表情はさらに青ざめる。
「ど、どういうことだ、これは……!」
「んー、すごいスピードで評価が変わっていってるね。誰かが裏で動いてるっぽいなあ」
多分、エッグタルトのお客として知られているメディト家の仕業じゃないカナ?
ソルトラーク家に比べると大した力を持ってないケド、こと噂を広めるって点ではエリザベート・メディトのおばさんパワーは侮れないし。
「卑怯な……! ボクがいない間に情報操作を行うなんて……!」
「うーん。似たようなこと、ソルトラーク家もしてたと思うんだケド……」
「なに言っているんだ、ローゼ。ボクらが広めていたのは真実。今広まっているのは虚構じゃないか!」
「そう言うケドさあ、ハンナが魔物を倒したのは、本当じゃん?」
「……それだよ」
セシルはジト目で、ずいっとアタシにイケメン顔を近づけてくる。
「ハンナは本当に、あの魔物を倒したのかい? 少女に化けていたっていう、おぞましいフェンリルを」
「だから何度もそう言ってるじゃん! なあに? セシルってば、アタシのこと疑うワケ?」
「いや、そういうつもりじゃないんだけどさ……」
まー、セシルが疑うのも当然かもね。あれだけ魔物を守ろうとしていたハンナが、目覚めたら魔物を倒したって言うんだから。
しかも、森に残されてたのは原型を留めてない肉の塊。それが本当にフェンリルだったのかなんて、見分けがつくはずもない。
捕まったワイズは「自分は娘のようにかわいがっていた少女に騙された」「自分はなにも知らない被害者だ」「魔物に姿を変える少女はまだ生きており、危険だ」とか取り調べでわめいているんだって。
でも、保身をたっぷり織り交ぜているせいで、全部嘘だと思われている。
信じられているのは、大工達の証言。アタシがセシルに説明した内容も、こっちに合わせたものだ。
「橋を壊していた魔物の正体はワイズの娘だった」そして「彼女を助けられないと悟ったハンナが、涙ながらに魔物を倒した」ってね。
【ホーリーエンド・レクイエム】を放ち、全ての力を使い果たしたセシルが目覚めたのは、なんと五日も経ってから。ワイズの娘はすでに匿われていたし、ハンナも現場を離れたあと。
真偽を確かめる術なんてとっくになし。
ガレ、とか言ってたっけ? あの子はしばらくしたらハンナのところに身を寄せるって言ってた。
セシルが会ったらワイズの娘だと気づく――可能性がないわけでもないケド、ま、多分問題ないでしょ。
セシルはガレを遠目にしか見てない。おまけに今では獣耳と尻尾が生えていて少し印象が変わっているからね。大体セシルって、他人にあんまり興味ないし。うん、絶対大丈夫。
そう考えて、アタシは堂々と嘘を主張する。
「ヤダヤダ、ひっどーい。親友から疑われるなんて、アタシ傷ついちゃうなあ」
「ご、ごめん……。でもローゼはハンナを妙に気に入ってるだろ? だから、キミがどっちの味方かわからなくなるときがあるんだよ」
「えー、最近はハンナ推しかなあ?」
「……」
「なーんてね、ウソウソ、セシルに決まってるじゃん!」
「ならいいんだけどさ……」
あ。子どもみたいに口を尖らせて、そっぽ向いちゃった。
くぁっわゆーい! これだからセシルの親友ってやめられないんだよねー!
***
セシルはアタシを連れて、自分の屋敷に戻る。ルドレー橋の防衛は理事長に命じられてたワケだし、報告は絶対必要。
でも、セシルからは行きたくないってオーラがにじみ出ていた。
怒られるよねー、コレ。
橋は無事だったけど、守ったのはハンナってことになってるし、それにワイズはソルトラーク派の貴族だったワケでしょ? なのに犯罪者として捕まっちゃったんだからさあ。
セシルはもう完全にビビっちゃって、理事長の前でなかなか話し出さないモンだから、結局アタシが事の顛末を報告することになった。
「……なるほど。よもや監督官であるワイズが橋の再建を阻止していたとはな」
ところがビックリ。報告を聞き終えても、理事長は全然冷静なまま。いつもなら激昂して、セシルに怒鳴り散らすくらいしそうなもんなのに。
ははーん。これは裏があるなあ。アタシはセシルほど真正直じゃないから、人の隠し事に気づくのは大得意なんだよね。
「もしかしてー、ワイズの裏にいたのは理事長なんじゃないです?」
「……ほう? どうしてそう思う? 貴様らに橋を守るよう指示したのは俺だというのに」
「それはワイズがいつまで経っても橋を直そうとせず、隣国ルプトから延々と金を引き出そうとしたから、トカ? 理事長はもう潮時だって思ってるのに、このままだと企みに気づく人も出てきそう。だからアタシ達に橋を守らせたんでしょ? 上手くいけばハンナの手柄も横取りできるし」
「……ふん、面白い考えだな」
理事長は余裕の表情で、椅子の背もたれにもたれかかった。やっぱりそうだ。アタシの考えは間違っていない。
理事長の誤算は、橋を守った英雄が、アタシ達じゃなく、ハンナになったってことだけ。それでも、ワイズをお払い箱にすることができたから、とりあえず機嫌は保たれてるってとこなんだろう。
「しかし、それは貴様の妄想にすぎない。もし仮に真実だとしても、証拠はなにもない。違うか?」
「ま、そーなんですけどね」
おそらくワイズが理事長も共犯だと主張したところで、誰も信じたりしない。
【剣闘王】バゼルはグラン王国の大英雄なんだし。
てゆーか、あれだけのことをやってたワイズが死罪にならなさそうなのは、この期に及んでも理事長のことを必死に隠し通してるからでしょ。
理事長がその気になれば、国の司法にすら介入できるんだもんねー。
「なにを言ってるんだ、ローゼは。お父様がそんな卑怯なことをするはずがないだろう?」
アタシの親友なんか、父親が推理を暗に肯定していることに気づきもしない。
……まあいいや。ここで理事長を糾弾したって、アタシにはなんの得もないしね。
「それよりも、貴様らはあの邪教徒をこれからどうするつもりだ? まさかこのままのさばらせておくつもりではないだろうな」
理事長にきつく睨みつけられて、セシルがゴクリと唾を飲み込んだ。
「ハ、ハンナが邪教徒なのは間違いありません。橋を壊していた魔物ともおそらく共謀していたのです。だから殺すのを嫌がり、ボクを攻撃してきた。最終的に魔物はハンナに殺されたことになっていますが、おそらく幻術でも使って皆を騙したんです。ボクがそれを暴いてみせます!」
「ほう……、暴くときたか。貴様があのノミに敗れ、気絶さえしていなければ、その必要はなかったかもしれんのだがな」
「うっ!」
うわあ、理事長ってば容赦ないなあ。彼女にとって一番痛いところをつくなんて。
「おまけに聖剣【ブライトライン】まで失うとは。貴様が憧れているという【至剣の姫】に、俺が頭を下げてまで譲ってもらったというのに」
蔑んだ瞳で、理事長はセシルを見下ろす。
「お、お父様。それは違います。ボクは――」
「ノミにも劣る言い訳は聞きたくない。これ以上、俺を失望させてくれるな」
「う……」
あーあ、うつむいて涙ぐんじゃった。
かわいそうなセシル。彼女にとっては、父親に認められるか、そうでないかが全てだもんね。
「ローゼリア、貴様には期待しているぞ」
追い打ちをかけるように理事長が言う。こういうとこ、ホントひどいよなあ。自分の娘がどうすればよりみじめな気持ちになるかをわかってやってるんだもん。
「はーい。セシルをフォローできるように、これからも頑張りまーす」
まあ、理事長がアタシに期待しているっていうのは、真っ赤な嘘ってワケでもないんだろう。アタシと理事長は、似た者同士だと思う。どこがどうとは言わないケドね。
理事長の部屋を出て廊下を歩いていると、途中でピタリとセシルが立ち止まった。
「セシル? ……どうしたの?」
ぼろぼろと大粒の涙が、彼女の瞳から流れ落ちていく。
「ひっ、ひっくひっ、ひぐぅー! ふぎゅぅぅぅー! うあああああ……!」
歯を食いしばって耐えているけど、鼻水もズビッズビで、とても普段みんなからチヤホヤされている【銀閃】と同一人物とは思えない。
でもアタシにとっては見慣れたもの。セシルってカッコつけて大人っぽく振る舞ってるけど、本当は激弱メンタルなんだもん。
なにかあるとすぐに泣いちゃう。まー、今回ほどひどい泣き方はさすがに見たことないケドね。
「すんすん。お、お父様にあんなに軽蔑されて……。ボッ、ボクは、ボクはもう生きていけない……!」
「もー、そんなに落ち込まなくてもいいのに」
アタシは号泣しているセシルに近づくと、震えている身体をぎゅっと抱きしめる。
「安心して。たとえ理事長がセシルを嫌ったって、アタシはずうーっとそばにいるよ? 絶対に、誓ってセシルを見捨てたりなんかしないんだから」
「ぐずっ。ローゼ……、ボクが親友と呼べるのはキミだけだよ……」
そう言って、セシルはアタシの身体を抱きしめ返してくる。
あーヤバ……、ぞくぞくするなあ。
こんなに強い子が、アタシにだけ弱味を見せてくるんだもの。
アタシのなかにあるダークエルフ――闇の眷属としての本能が、この子を屈服させろと叫び出す。
もっともっと依存させたい。服従させたい。
理事長から完全に失望されたとき、きっとセシルは本当の意味でアタシの親友になる。アタシなしでは生きていけない身体になる。
――アタシに捨てられないためなら、なんだってする女になる。
そのためにどうすればいいかは、もうわかってる。セシルを優しく胸に抱きながら、アタシはぺろっと舌を出す。
この子は多分これからも、ハンナには勝てない。相手は鈍器レベル一億。勝てっこないに決まってる。
でも、そこがいい。
負ければ負けるほどセシルは理事長から見放され、アタシに頼らざるを得なくなる。みんなからの評価がダダ下がって、どん底まで落ちぶれても、ずっとそばにいてくれる親友をアタシは演じる。
ついでにふたりの仲裁役とか、ケンカの後始末とかをすることで、ハンナにもいいところを見せられる。
ヤダヤダ、ヤッバーい。サイコーに一石二鳥じゃん?
今回も口裏を合わせてあげたことで、ハンナはアタシに感謝してくれてるっぽかったし。これはアタシへの評価が『いい人』に変わるのもそう遠くはないカナ。
『友達』が『親友』になっていく、その第一歩を踏み出したって感じだよねー。
いやーん、我ながらカンペキすぎない? ルドレー橋での本当の勝者はア・タ・シ? あはっ。
セシルも、ハンナも、強くてカッコよくてかわいい子は、みんなアタシの『
この杖についてるたっくさんのストラップと同じ、大切なコレクション。
ミラとかガレとか、ハンナについてくるかわいいオマケもぜーんぶアタシが手に入れてやる。
他の誰にも、譲ったりなんかしないんだから――
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