第4章 鈍器真贋

第50話 Aランク冒険者がやってきます!

 冒険者になって二ヶ月が経ち、ティアレットに夏が訪れつつあります。

 

 エッグタルトの経営は引き続き順調です。邪教徒のお店という噂はすっかり消えて、常連さんもついています。

 

 外は暑いですけれど、店内はクエスト報酬で購入したスノーオーガの魔石を置いているから、とても涼しいです。

 

 それもあって、別に買い物する気がないのに来るお客さんまでいる始末。困ったものです。

 

 といっても、それは私にとって大した悩みではありません。

 

 万能にも思える鈍器スキルですが、力技では解決できないこともたくさんあるのです。


「ガレちゃーん。おいでー」


 フリッ、フリフリッ。

 

 薬の在庫を出してくれているガレちゃんの鼻先で、ミラさんが猫じゃらしを振ります。氷のような無表情で。

 

「ほらー、こっちで遊ぼー」


 ミラさん、なんか勘違いしてないですかね……。ガレちゃんの身体に溶け込んでいるフェンリルは狼の魔物なので、猫じゃらしは通用しないと思うんですけど……。

 

 じゃなくて! ガレちゃんはあくまで人間ですからね!

 動物扱いするのはダメです!


「なんなんスか、もう!」


 ムスっと唇をとがらせるガレちゃん。案の定というか、いつものパターンに突入しました。

 

 ガレちゃんはててててっとこちらへ逃げてきてきて、カウンター奥に座っている私の腕に、ぎゅっと抱きついてきます。

 

「ご主人さまー。あの人、ほんとどうにかしてほしいっス……」

「あの人じゃなくて、ミラさんでしょう。仲よくしてください」

「でもあの人、無表情で怖いっスもん……」

「ミラ、怖がられてる……」


 ああ、ミラさんが落ち込んでしまいました。わかりにくいですけど、これは間違いなく落ち込んでいます。


「くぅーん。ご主人さまの身体、柔らかいっス」


 一方、これ見よがしにスリスリと頬ずりしてくるガレちゃん。うーん、かわいさが突き抜けてます。


「いいなあ……」


 ミラさんが指をくわえ、物欲しそうにこちらを見つめています。

 

 かわいそうなミラさん……。でも、そんなミラさんもかわいいです。


 しかし、かわいさにごまかされてばかりもいられません。ミラさんとガレちゃん、ふたりの関係性をどうにかしないとマズいです。

 

 私がいるときはまだいいんです。問題は、クエストで不在にしているとき。


 ふたりのあいだに、会話が全く成立しないようなのです。


 ガレちゃん、私にはすごく懐いてくれてるんですけど、ミラさんにはからっきし。

 例えるなら、連れ子が親の再婚相手に反抗する、みたいな感じでしょうか……?


 自分で言うのもなんですけど、多分ガレちゃんは私のことを好きすぎるんですよね。だから、私と仲のいい人は嫌いみたいです。

 

 要はヤキモチってことです。ヤバいですよね。

 

 かわいいガレちゃんにヤキモチ焼かれる私。なんて幸せなんでしょう――


 とか毎回思っているから、なにも解決しないんですよ! 反省してください、私!


 あとは、原因として考えられるとしたら、やっぱりミラさんの無表情ですかね。


 ガレちゃんって、これまで怒りっぽいワイズとか、感情豊かな大工さんとかと接してきたわけで。


 ガレちゃんかわいいから、それ以外の人からも大抵は笑顔で話しかけられることが多いんですよね。なのにミラさんは常に真顔。そりゃ、調子狂うのもわかります。 


 改めてガレちゃんにミラさんと仲よくするよう促そうとした、そのときでした。


「こんなとこにいたのかよ!」


 青年冒険者が店に駆け込んできて、仲間と思われる同年代の冒険者に声をかけます。


「んだよ、どこにいようと俺の勝手だろ? せっかく女の子達のイチャつきを眺めて疲れを癒やしてたのによぉ……」


 店へなにをしに来てるんでしょうか、このお客さんは……。

 アイテムを買ってくださいアイテムを!


「そんな場合じゃねえ! ティアレットに難度Aのクエストが発生したらしいぞ」

「マジかよ? 依頼内容は?」

「マーチさんに聞いたんだけどさ、全然教えてくれないんだよ」

「ふーん? でも、この街にはランクAの冒険者はいなかったよな?」


 受けられるクエスト難度の上限はランクと同じ。

 

 そしてティアレット支部に所属している最高ランクの冒険者は、B。


 難度Aのクエストは、ティアレットの冒険者では誰も受けられないことになります。


 ゆえに、掲示板に張り出されもしません。


 そもそも、なんで難度Aのクエストに興奮しているんでしょう。自分達が受けられるわけでもないのに――


 白けながら聞いていた私ですが、青年冒険者は息を荒くして言うのです。


「だからさ、戻ってきたんだよ。【魔の大地】から、ランクAの冒険者が! 今、もうギルドに来てるらしいぞ!」


「そ、それマジですか!?」


 冒険譚オタの私は聞き捨てならず、ガタンと椅子から立ち上がりました。


「えっ、お、おう。マジ中のマジだぜ! ハンナちゃんも見に行くか?」

「あたぼーですよ!」


 私はイヤイヤするガレちゃんを腕から引きはがし、店を飛び出しました。


 ランクAの冒険者。会ってみたいに決まってます。


 それに【魔の大地】から戻ってきた、ということはもしかしたら――

 

 【至剣の姫】レイニーかもしれないじゃないですか!

 

 私を育ててくれた、憧れの人。

 

 彼女にもう一度会いたい――それこそが私がランクを上げようとしている理由。


 もし、レイニーが冒険者ギルドに来ているのなら、目的は一足飛びで達成です。


 ギルドへの道を走りながら、期待はどんどん高まります。

 

 そうです。きっとそうですよ。もう五年近くも会ってないんです。レイニーだって、私に会いたくなったに決まってます。


「レイニー!」


 冒険者ギルドの扉を開けて、私は大きな声で叫びました。

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