第66話 この禁じ手は、アリですか?
火を囲んでの語らいは大いに盛り上がりました。スラッドさんの武勇伝が中心になってしまいましたが、その流れで同じパーティにいるレイニーについても色々と聞くことができました。
「レイニーちん、口には出さないけど時々寂しそうな顔しているからさ、早くBランクに上がって会いに行ってあげてよ」
とスラッドさん。今回のクエストを誰が受けるかという話になった時、レイニーは「わらわ以外で決めてくれ」と言ったらしいです。十年以上も【魔の大地】を離れていた自分に、王国へ戻る資格はない、というのが理由だそうで……。
責任感の強い彼女らしい考え方ですけど、そこは会いに来てほしかったですよ、ほんと……。
あと、ガレちゃんは何度もマリアン王女にひっつこうとしてました。そのたびに「ワン公がすり寄ってくんな!」と追い払われてましたけど。ガレちゃんのかわいさに抵抗できるなんて、王女様は筋金入りの猫派なんですかねー……。私には絶対無理です。
魔物がうろつくダンジョン内ですから、睡眠は交代でとります。私は最初に見張りをして、あとから眠りにつきました。マリアン王女にフラれてしゅんとしているガレちゃんを同じ毛布に入れるとすごくあったかくて、睡魔はすぐに襲ってきました。
「…………うー、さむっ!」
けれど、しばらくすると目が覚めました。毛布をすっぽり被っていても、ぶるぶると身体が震えます。
「ガレちゃん?」
ぎゅっと抱いていたはずのほっかほかワンコちゃんが、いつのまにかいなくなっています。毛布をめくり上げると、周囲は真っ暗。火が見当たりません。
「クレアさーん。申し訳ないんですけど、火をつけ直してもらえませんか?」
私と交代で見張りについたはずのクレアさんに呼びかけてみますが、返事はありません。
「……クレアさん?」
なんか、おかしいです。手探りで壁に触れてみると、周囲は休憩についたはずの神殿っぽい造りではなく、土壁の洞窟でした。
「――光よ、あれ」
ふいに声が聞こえ、魔法の照明がつきます。
「……王女様?」
星のように瞬く光は、マリアン王女の手のひらの上でたゆたっています。
魔法、使えたんですねと言おうとして、慌てて口をつぐみました。大陸を覆う結界術を更新できるくらいなんですもんね。当たり前だろボケって怒られますよ。
「おい、どこだよここは」
「さ、さあ……」
マリアン王女もまた、私と同じく状況がつかめていないようです。パーティメンバーは、私達の他には誰もいません。
景色が変わっていることからも、皆が消えたのではなく、私達が移動したと考えるべきでしょう。移動させられた、のほうが正しい表現かもしれません。ふたりとも夢遊病者じゃない限りは――
「気づかないうちに、魔法でもかけられたのかもしれないです。強制的に瞬間移動させられちゃうような……」
「寝ているあいだに、か? 見張りはなにやってたんだよ。使えねーな」
マリアン王女はしかめっ面になると、懐から小さな透明の球体を取り出しました。
「地図がありゃ、コイツを使う必要はないと思ってたんだが……」
水晶玉のように見える球体の内側には、爪先ほどの小さな剣が浮かんでいました。
「なんですか、それ……」
「魔力の濃淡を探知し、巨大魔石がどこにあるかを指し示してくれる羅針盤だよ。つっても、あくまで方角を示すだけで、道を教えてくれるワケじゃねーけどな……」
マリアン王女が魔力を込めると、ギュンッと剣の指し示す方向が変わりました。
「……壊れてんじゃ、ねェよな」
マリアン王女が驚いたのも無理はありません。その剣先は――なんと真上を向いていたのです。
「十層よりもさらに下に来ちゃったってことですか!? なんで!?」
「そんなのオレが知るかよ。この迷宮には御先祖様が何度も潜ったはずだが、こんな前例、聞いたことねーぞ」
謎すぎます。それにそもそも……、なんでこのふたりなんでしょう?
マリアン王女はかなり離れた位置で寝ていましたし、そのあいだには他の人たちも寝ていました。ガレちゃんとは密着していたくらいです。なのにどうして?
しかし、深く考える暇は与えてもらえません。
ズズズズ……と通路の奥から地響きが聞こえます。それは次第に大きくなり、やがて足元まで揺らし始めました。
そちらへ光をかざしたマリアン王女が、ひっ、と小さく悲鳴をもらし、私の後ろに隠れます。
現れたのはミミズ状のモンスター、ワーム。
ただ、デカさが半端じゃありません。通路をほとんど覆い隠してしまうくらいの大きさなのです。
先端に巨大な牙がついているところを見るに、どうやらこの通路は、このワームによって掘られた代物のようです。
「お、おい。あのキモいのをどうにかしろ! 絶対こっちに近づけさせんな!」
「了解です。鈍器でぶっ叩いて倒しますね!」
大ハンマーを背負ったまま寝ていてよかったです。寝返りを打てないのを我慢したおかげで、丸腰になるのを避けられました。
ところが私が大ハンマーを握ると、マリアン王女があわてふためきます。
「バッ! やめろ! ンなことしたら、アイツの体液がこっちにまで飛んでくんだろうが!」
「じゃ……、逆方向に逃げます?」
「追いつかれたらどうすんだよ! あんなのに後ろから食われるとか、死んでもヤダぞ!」
「えええ、どうしろと……」
「そこはなんとかいい方法を考えろ! いいか、これは王女命令だ!」
これまでの威勢はどこへやら、王女様は私を盾にしてガクガクと震え続けています。虫、苦手なんですかね。まあ、このサイズになると得意苦手の域を出ているような気もしますが。
私ですか? 田舎育ちをなめないでください。ミミズは素手で掴めます!
「うーん、まあ一時しのぎなら倒さなくても……」
迫り来るワームを前に、ドンッとハンマーで地面を叩きます。
「鈍器スキル【
地面が隆起し、迫ってくるワームと私達のあいだに巨大な壁を作り出します。
普段、防御に使っているスキル【土壁造】の極厚版。家一軒分くらいの厚さを持つ壁を仕切りにしました。
ガリガリ、と牙で削るような音が反対側から聞こえてきますが、これでしばらくは持つはずです。
「もう大丈夫ですよ」
ぽん、と肩を叩くと、王女様はびっくりして飛び退き、あたりを見回します。そしてワームの脅威からとりあえず逃れられたと知ると、再びツンと偉そうな態度に戻りました。
「ご苦労。でも、勘違いすんなよ。オレは別に、テメェの力を認めたワケでもなければ、仲良くなるつもりもねェんだからな!」
この壁、とっぱらっちゃいましょうかね?
そして王女様が泣いて懇願するまで、ワームを倒さないとか?
いえ、王族相手にそんなことはしませんけどね? さすがにね。
「で、これからどうすんだよ。スラッド達を探すか?」
「いえ、私達は巨大魔石を目指すべきじゃないですかね。スラッドさん達が近くにいる保証はありませんし、逆にお互い巨大魔石を目指したほうが、会える可能性が高いと思います」
それに私達には他のメンバーを探す手段がありません。一方、スラッドさんの【自動追尾槍スティンガー】、それにガレちゃんの嗅覚は当てにしていいと思います。
私達は相手を探すのではなく、相手が探しやすい場所まで行くことに力を注ぐべきでしょう。
この場に留まるという手もなきにしもあらずですが、私もマリアン王女も、食糧をほとんど持っていません。
ここが目的地である十層近くならいいですが、二十層や三十層だったら?
合流するまでに餓えてしまいます。ただでさえ、昨夜お腹に入れたお肉貯金はすでに尽きかけているというのに……。
「うーん、禁じ手という気もしますけど、そうも言ってられないですよね……」
正規のルートを歩いていては、いつ巨大魔石にたどり着けるかわからない状況。なので私はさっきのワームにならって、自分の手で最短ルートを作ることにしました。
「――鈍器スキル【
改めて地面をハンマーで叩きます。すると地面からズルリと伸びる円柱。
やがて天井にまで到達すると、尖った先端は回転しながら天井を突き破り、さらに上へ、上へと伸びていきます。
「な、なんだァ? テメェ、一体なにしやがった!」
「あ、大丈夫です。ちょっと上の階まで穴を開けてるだけですから」
「ち、ちょっとって、こんなんアリか?」
うーん、なしよりのアリ、ということにしといてほしいです……。あくまで他の冒険者には内密で。こんなの、ダンジョン攻略の醍醐味を全否定するようなやり方ですしね。
まだまだ伸長がおさまらない柱を、ハンマーでガツンと叩きます。
「鈍器スキル【螺旋階段】!」
今度は柱の外側がひとりでに削れ、螺旋の階段が出来上がっていきます。
これで羅針盤が水平になる階層まで登れば、最も短い時間で巨大魔石までたどり着けるはずです。
「テ、テメェ、一体なんなんだ……? 本当に人間なのかよ……」
マリアン王女は開いた口が塞がらない様子。
多少は見直してもらえるかと思ったんですが、むしろドン引きされた感じです。
人間関係って、難しいですね……。
「さあ、この階段でどんどん上に進みましょう。モタモタしてたら、ワームが壁に穴を開けて、こっちに来ちゃうかもしれませんしね」
「そ、そりゃあそうだな……! 別にあんなミミズ怖くねェけど、戦わずに済むにこしたことはね
ェしな!」
声掛けの効果はてきめん。マリアン王女はすぐさま私の後ろにつき、階段を登り始めたのでした。
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