第65話 私が赤ちゃんだった頃の話です。

*登場人物*

スラッド…【七本槍】の異名を持つ特Aランク冒険者。

マリアン…グラン王国の王女様。ガラが悪い。

ウォード…屈強な戦士。

スニフ …優男の弓手。

クレア …美女の神官。


**********************************


 王国に代々伝わる地図のおかげで、迷宮内を最短距離で進むことができた私達。スラッドさんとふたりで魔物を圧倒できたこともあり、六層目までは難なく辿り着きました。

 

 一層目から五層目までは岩石の通路が続いていました。時には一列になって、あるいは屈んで進まなければならないほど狭い場所もありましたが、六層目は違います。


 高い天井に、広い空間。壁は長方形に切り取られた白い石を組んで作られ、彫刻の施された円柱がそこかしこに立ち並びます。


 六層から十層までは、まとめて『神殿』と呼ばれている階層。魔法を使う敵が増え、攻略難度は一気に跳ね上がります。

 

 ダンジョン内だから時間は曖昧ですが、体感的にはとっくに夜。そこで私達は、この階層を進む前に、休息を取ることにしたのです。


 クレアさんが魔法で火を生み出し、燃料にゴブリンの魔石数個を使って焚き火としました。スニフさんは鉄板を取り出して、上で肉を焼き始めます。一気に立ちこめるおいしそうなにおい。氷系の魔物の魔石で冷やしておいたそうで、お肉の鮮度だってバッチリです。


 さて、おいしい料理を食べながら聞きたいのは、最近のレイニーについてです。


「……マジで?」

「マジです。私を育ててくれたのは【至剣の姫】レイニーです」

「…………マジで?」

「マジです――って、同じこと何回言わせるつもりなんですか?」


 素性を明かしたのは、面白い冒険譚を聞くための前準備でしかありません。

 

 が、スラッドさんは想像していた以上に驚いたみたいです。火を囲んでいる他のみなさんも同じ。ツンツンしているマリアン王女でさえ、こちらに視線を向けてくるくらいです。


「もしかして……、信じてもらえてません?」


「いやー、レイニーさんの娘なら剣を使うだろ」

「それが真逆の鈍器なんか使ってるんですものね」

「信じろというほうが無理でしょ……」


「悪かったですね……。でも、ご覧の通り血は繋がってないですし、私には剣の才能が全くなかったんですよ。スラッドさん、レイニーから私のこと、聞いてないんですか?」

「聞いてる聞いてる。でもレイニーちんってハンナちんについて語るとき『わらわの娘』で通すからさ、名前を聞いてもピンと来なかったよ」

「わらわの娘、ですか……」


 そんな風に思ってくれてるんですね、レイニーは。ああ、早く『お母さん』って呼びたいです。【魔の大地】に会いに行ったら、きっと喜んでくれますよね。

 

 なんて、頬を緩めて妄想を膨らませてたら、スラッドさんにガシガシと頭をなでられました。


「な、なんですか。いきなり子ども扱いしないでくださいよ」

「悪い悪い。あのときの赤ん坊が、ここまで大きくなったかー、と感慨深いものがあってねー」


「へ? もしかして私――スラッドさんと会ったことあります?」

「あるよ! なんせ俺っち、レイニーちんがハンナちんを拾ったとき、一緒のパーティにいたからね!」


「……マジですか?」

「マジです。あんときはまだ俺もBランク、【魔の大地】に来て一年目の年だったから、よく覚えてるよ」

「えええ! お、お久しぶりです?」


 慌てて言うと、スラッドさんは豪快に笑います。


「なるほどなー。あのときの赤ちんかー。じゃあ鈍器レベル一億も頷けるもんがあるわー。会ったときから、ハンナちんは不思議な赤ちんだったからさ」

「不思議、とは……?」

「ああ、レイニーちんから聞いてないの?」

「レイニーは恥ずかしがって、自分の冒険についてはあまり語りたがらないですから……」


 私が聞いているのは【魔の大地】で発見されたこと。魔物に襲われた村の、唯一の生き残りであったこと。それくらいです。

 

 赤ちゃんだけが生き残った、という時点で不思議といえば不思議ですが、スラッドさんの言い方からは、もっと意味深な雰囲気を感じました。


「そっかあ。んじゃ、教えてあげよう。十五年前、俺っち達がどんな風にハンナちんを見つけたのか」


 ここからは、スラッドさんから聞いた話です。


 【魔の大地】に入れる人間は、Bランク冒険者とそのサポーターだけと決められ、拠点も最前線の街デルターナひとつっきり。

 

 でもそう決められたのは十年くらい前のこと。


 かつては、もっと多くの人々が住んでいました。


 なぜなら【魔の大地】に人々を移住させ、開拓する計画が進められていたからです。


『邪神が居座ったままでも、要は魔物が入って来れない土地があればええんじゃろ?』


 【大いなる実験者】、賢者アバティンによる発案により、それは二十年前にスタートしました。


 計画は、最初は上手くいったそうです。

 

 【魔の大地】の内側に強力な結界を張って、自給自足の生活を整える――幸いにも【魔の大地】は肥沃で、魔物の襲撃さえなければ農耕には適した土地でした。

 

 地下迷宮の魔石を使った結界は広範囲な分、あくまで邪神の恩恵を弱め、魔物の力を削ぐだけでした。しかし【魔の大地】で村づくりに使用された結界は、面積を絞ることで魔物を一切寄せ付けない、より強固なものだったそうです。


 村が増えれば、邪神勢力と戦う冒険者達もそこを拠点として使うことができます。王国はノリノリで開拓を支援し、移住する者に補助金を出しました。


 もし邪神が倒されようものなら、次に始まるのは【魔の大地】の開発。タダ同然で手に入れた土地は、莫大な財産になるはず。人々は夢と希望を持って、北へと旅立ったのです。


 けれど計画が始まってから五年――悲劇は突然起きました。


 ある村で、結界が破られたのです。結界への耐性を持った魔物が生まれたのか、それとも結界を破る魔法が編み出されたのか――詳細はわかりません。


 スラッドさん達が到着したときには、死体しか残っていなかったからです。それも皆、外傷はなく、眠るように息絶えていたのでした。

 

 一体なにが起こったのか……、スラッドさん達は分かれて手がかりを探しました。原因が突き止められなければ、対策も立てられません。他の村も放棄せざるを得なくなります。

 

 けれども、有益な痕跡は見つかりません。苛立ちながら探索を続けていると、遠くから赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。

 

 全滅した村に――赤ちゃん? 村の教会からでした。扉を開けて教会に入ると、聖母像の前にレイニーが立っていました。


『スラッド。これはどうしたものかのう……?』


 とても大きな壺を抱きかかえ、困惑顔のレイニー。赤ちゃんの泣き声は、壺の内側から聞こえます。狭い壺口から、なかをのぞいてみると――


「私が入っていた、ということですか……」

「な、不思議だろ? 壺って言っても、花瓶みたいに口は狭くてさ、どうやってなかに入ったのか全然わかんないのよ」


 それは確かに不思議です。というか、ちょっとしたホラーじゃないですか。クレアさんは怖い話が苦手なのか、ワンコのガレちゃんを抱きしめて、ガタガタと震えちゃってますよ。


「ケッ! そんな気色わりい赤ん坊、よく連れて帰る気になったもんだぜ」

「あ、あのー、王女様?」


 その気色悪い赤ん坊の成長後が、あなたの目の前にいますよー……?


「そりゃー、反対意見もあったね。特にバゼルのおっさんは大反対だったなー」

「え、理事長も同じパーティにいたんですか?」

「うん。あのおっさんは昔から頑固でね。魔物が化けているに違いない、村を滅ぼしたのもこいつだって言い張ってさ。いくら止めても殺そうとするから、大変だったよ」


 うわあ。目に浮かびます。今も私を邪教徒扱いしてくるあたり、全然変わっていませんしね。

 

 ……あ、理事長って、私が【魔の大地】で拾われた赤ちゃんだってこと、もしかして気づいているんでしょうか?

 

 うーん、さすがにそれは考えすぎですかね。セシル同様、あの人、そんなに他人に興味を持ってなさそうですし。


「アバ爺は赤ちんを実験に使いたいって言い出すし。逆にレイニーちんとセシリアちんは赤ちん擁護。あんなにパーティ内で揉めたの、後にも先にもなかったよ」


 さらっと名前出てきましたけど、アバ爺って【大いなる実験者】のアバティンですよね。


 セシリアというのは理事長の奥さんでしょう。【青の聖女】の呼び名で、冒険譚にもよく登場します。不幸なことに、セシルを生んですぐに亡くなられたそうですが。

 

「あれって、お腹にセシルちんがいたから反対したんだよなあ。そんときは妊娠してるなんて知らなかったから、おっさんに反対するなんて珍しいなと思ってたんだけど」


 ほほー。セシルの誕生日って知りませんでしたけど、私より何ヶ月か後なんですね。ちょっと勝った気分です。


 それにしても――パーティ編成が豪華すぎません?


 前衛に【至剣の姫】と【剣闘王】。中衛に【七本槍】。後衛に【大いなる実験者】と【青の聖女】。


 世代を超えたオールスターって感じです。


「……で、スラッドさんはどっちについたんですか?」


 回答次第では今後の付き合い方を考え直す必要があります。


「もちろん、レイニーちんの味方したよ?」

「えー? ほんとですかあー?」

「な、なんで疑うの? でも、そんときの俺っちはまだBランクの若造でしょ? パーティ内じゃ発言権なかったし、結局はレイニーちんとおっさんが決闘して、勝者の言い分を通すことになってさ」


「【至剣の姫】と【剣闘王】が決闘? なんだそれ、初めて聞いたぞ!」


 前のめりになるウォードさん。そりゃそうです。『最強の剣士は誰?』という考察を始めれば、必ず登場するふたり。


 直接対決の結果なんて聞いたら、いつも決着がつかないその議論に終止符が打たれるじゃないですか!


「それで、ど、どうなったんですか……?」


 ゴクリと唾を飲み込んで訊ねると、スラッドさんは呆れたように頭を掻きました。


「……それ、ハンナちんが聞く?」


 ――そうでした。

 

 私がこうして生きていることこそ、レイニーが勝ったというなによりの証明ではありませんか。

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