第67話 王女様から見た私です(心外)。

 オレ、マリアン・グランフレートと、鈍器使いのハンナは、どうやら地下迷宮の相当深いところまで飛ばされたみたいだった。


 鈍器スキルとやらで作った即席の階段で何層分か上がってみても、羅針盤は真上を向いたまま。


 全く、嫌になる。どんだけ上らなきゃいけねェんだとうんざりするし、なにより組み合わせが最悪だ。


 ハンナ・ファルセット――オレは、コイツが邪神の手先なんじゃないかと疑っている。


 別に、鈍器レベルが一億超えてるからとか、そんな偏見で言ってるんじゃねェ。


 根拠は他にも数えきれないほどある。


 まずはスラッドが語った、コイツの素性について。魔物に滅ぼされた村で、壺のなかに入っていた赤ん坊――


 王族であるが故に、オレのところには望む望まないにかかわらず、色々な情報が入ってくる。


 だからこそ、その話を聞いてピンと来るものがあった。


 【封魔の壺】だ。


 各地でたびたび発見される、強い魔物を封じ込めた壺。滅びた村の連中は、きっと不用意にも封印を解いてしまったが故に、ハンナに殺されたんだ。


 赤ん坊にそんなことができるのかって? 不可能じゃねェさ。身体がろくに動かせなくたって、人を殺す方法はいくらでもある。


 村の連中は眠るように死んでたって言うしよ。毒、呪い、魔法……そのいずれかだろうな。


 だとすると、ハンナは人間じゃねェ。魔人、もしくは人の姿に近い魔物だ。


 大体、魔人ダウトを倒した、なんて眉唾だろ。ダウトの変身能力には特A冒険者ですら騙されると言われている。それを犬の嗅覚で見破っただと?


 スラッドがなんで納得してるのか知らねェが、どう考えても邪神勢力の自作自演じゃねーか。


 あと……、自分の犬にガルとか名付けてるのにも、すげェイラついている。


 コイツが犬の名前を呼ぶたび、あの子のことを思い出すからだ。


 ガレちゃん。オレにとっての、たったひとりの親友。


 二年前。王宮での次期王位争いが激化しだした頃――


 双子の弟、エリオンにすら気を許せなくなった日々のなかで、心を唯一癒してくれたのが彼女だった。


『ふにゅー。ガレちゃん、王女様に膝枕してもらってるときが、一番幸せっスー』


 オレに気を遣いまくり、腫れ物みたいに扱う貴族どもと違い、ガレちゃんだけはなんの遠慮もなく、むしろ暑苦しいくらいの距離感で接してくれた。


 自身の領地を持つアルセリア伯が王都に滞在している、ごくわずかな期間だけだったが、それでもオレにとっては辛いときにいつも思い出す、かけがえのない記憶だ。


 やたらとひっついてきたモンだから、彼女の温もりすら覚えているほど。


 けれど……、二ヶ月ほど前に届いた報せがオレの心を粉々に噛み砕いた。


 ルドレー橋を何度も破壊していた邪悪な魔物――その正体がガレちゃんだったのだという。


 しかもその魔物は、鈍器を使う冒険者によって滅ぼされたのだと。


 もちろん、最初は恨んでなんかいなかった。冒険者は自分の仕事をやり遂げただけ。王国の政務を担うものとして、感謝こそすれ、嫌悪するなんてありえない。


 けれど、その冒険者が巷で【鈍器姫】だの、ハンマー・ハンナだのと評判になっていくにつれ、オレの気持ちはどんどん複雑になった。


 ――オレの親友を殺した女は、一体どんなカオして冒険者やってんだろうな……。


 その場に居合わせた大工達の証言では、ガレちゃんはあくまで伯爵に無理やり従わされていただけ。正体がバレたとき、大工達に懺悔までしたのだと言う。


 だとすれば、ガレちゃんが魔物だったとしても、倒すときに良心の呵責があったはずなんだ。きっと……。


 そう思ってたからこそ、スラッドがコイツを連れてきたとき、オレは頭にきてしょうがなかった。


 ガレちゃんを殺しておきながら「特例ランクアップしたい」「レイニーに早く会いたい」と、自分のことばっかりじゃねーか!


 自分には省みることなんか一切ありません、とばかりにだ!


 ふざけてやがる……!


 要はコイツにとって、ガレちゃんは特例ランクアップのための踏み台でしかなかったワケだ。


 どうしてそうまでしてランクアップにこだわるのか――真の狙いは、レイニーに会うことなんかじゃ、絶対にねェはず。


 ガレちゃんの仇め。


 オレが直々にテメェの化けの皮を剥がしてやるからな……!


「はぁ……、そろそろ針の角度、横になってきました? もう十層分くらいは上りましたよね?」


 前に歩くハンナが訊ねてくる。ふたりきりになっちまった以上、敵意むき出しで接するのは危険だ。


「ああ」とそっけなくではあるが、一応返事はしておく。


 ここまでの道程で嫌というほどわかっていることがある。


 コイツの戦闘力は、正直ヤバい。オレも魔法――特に結界術と封印術には自信があるが、一万回戦ってもおそらく全敗する。


 事を構えるのは、少なくとも今じゃねェ。幸い、それだけの実力差があっても、オレが優位に立てるタイミングはふたつある。


 ひとつはスラッドがそばにいるとき。こっちは油断して引き離されちまったが、あとのひとつは――もうすぐチャンスがやってくる。


「あのお、なにか怒ってます……?」


 鈍感なりにこっちの思惑を察したのか、ハンナが訊ねてくる。いや、鈍感なりにってのは微妙だな。コイツは単に、鈍感を演じてるだけかもしれねェんだ。


「なんでそう思う?」

「なんでって……、王女様って普段からそんな感じなんですか? その……、言葉遣いが独特というか」

「とても王女とは思えねェ、か?」

「す、すみません」

「構わねェぜ。王女なんてくだらねー立場、こっちは捨てたくてしょうがねェからこんな態度とってんだからな」


 意識して己の言動を粗野に変えたのは、ガレちゃんが王都を離れてからすぐだ。


「テメェはレイニーといい家族してたみてーだからわかんねーだろうが、オレの家族はクソだし、周囲の連中はもっとクソだ。オレと弟、生まれたその瞬間から、どっちを王位につけるかばかり考えてやがる。エリオンもエリオンで、自分が王になりたいモンだからオレを毛嫌いするようになってよ」


 グラン王家では、跡を継ぐのは男女関係なく長子と決まっている。


 だが、それが双子となると前例がない。


 オレとエリオンが生まれたのはほぼ同時。なら、どっちでもいいんじゃねェかと言い出す輩が出てくるワケだ。


 少しだけ先に生まれ、魔力も十二分に持つオレに王位を継がせるべきという王女派。


 魔力はないが男で、成長するにつれ人心掌握の才能を発揮しだした弟を評価する王子派。


 オレ達ふたりは否応なく、貴族どものいがみ合いの口実に使われた。


「だから『いい子ちゃん』をやめてやったのさ。オレは女王になりたいなんて一度も思ったことがねェんだからな」


「……それって、弟に王位を譲るための苦肉の策、なんじゃないですか?」

「ああん?」

「だって、エリオン王子は自分が王様になりたいんでしょう? 私には王女様が、王子のことを考えて自らを偽っているように聞こえたんですけど」


「……知ったようなクチ聞いてんじゃねーぞ」


 どこまでもムカつく女だ。やっぱりコイツ、本当は鋭いんじゃねェか?


 自分を偽ってるのはどっちだよ。


「……あ、ここじゃないですか!?」


 新たな層に差し掛かったところで、ハンナが歓声を上げた。


 階段を上りきってみれば、そこに現れたのは、真っ赤に輝く巨大な魔石。


 羅針盤の針はまさに目の前の魔石を指している。


 間違いねェ。ここがオレ達の目指していた場所だ。


 それにしても――魔石がデカい。どれくらいデカいのかって、オレの身体なんか比べ物にならねェ。宿屋の個室ひとつがぴっちり埋まるくらいの大きさだ。


 角は丸みを帯びているが、全体としてはいびつで球体と呼ぶにはちょっと苦しい。それでいて、やたらと神秘的な雰囲気がある。


 多分、これだけ巨大で重そうなのに、地面からほんの少し浮いているからだ。魔石から放たれている魔力はあまりにも膨大。とにかく凄い代物だっていうのは肌でひしひしと感じる。


 なんせ、濃厚な魔力を長年浴びてきたせいか、あたりの岩肌まで真っ赤に変色してるんだぜ? ヤバくね?


 親父から昔から聞かされてはいたが、実際に見るのとじゃ大違いだ。


 そっと魔石に触れてみると、自分の体内に一気に魔力が流れ込んでくるのを感じる。その魔力量は、神様になったような万能感を覚えるレベル。


 これなら、御先祖様が王国全土を覆うだけの結界を張れたのも納得だ。


「どうします? スラッドさん達の到着にはまだ時間がかかるかもしれませんし、その間に結界術を更新しちゃいますか?」


「……そうだな。でもその前に、確認しとくことがある」


 オレは片手を魔石に触れさせたまま、ハンナ・ファルセットのほうへ振り返る。


「なあ、本当はテメェなんだろ? 寝ているあいだにオレを地下深くまで瞬間移動させやがったのは」


「……へ?」


 首を傾げ、すっとんきょうな声を出すハンナ。


 ふん。しらばっくれていられるのもほんのわずかな時間だけだぜ。


 この巨大魔石を利用すれば、オレの魔法はテメェの鈍器にだって対抗できるんだからな……!

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