第54話 ここから怒濤の追い上げです。
カード集め競争、二日目。
私とガレちゃんは一日しっかり動けるよう、多めの朝食をとります。
ちなみに朝ご飯をいつも作ってくれるのはミラさんです。カリカリに焼いたホットサンドに、冷製のポテトスープ。とてもおいしくてお腹にたまります。ほんと、お嫁さんにほしいです。
「ふふん、ミラさんよりお役に立つところ、見せつけてやるっス」
そんなミラさんのご飯をおいしくいただいておきながら、ガレちゃんはやけに偉そうです。
「がんばってね、ガレちゃん」
無表情に返しながら、パンくずがついたガレちゃんの口元を布巾でぬぐってあげるミラさん。
「はいっス! って、なんで応援してるんスか! そこは対抗意識を燃やしてもらわないと調子くるうっス!」
「ミラは、ハンナが勝ってくれればそれでいい」
「ふにゃ、健気……。じゃないんスよ! それじゃガレちゃんが、自分だけよければいい子みたいになっちゃうじゃないっスか! ガレちゃんだって、ご主人様が一番なんスからね!」
ぷぷぷぷーっと頬を膨らませるガレちゃんを無視して、ミラさんは私に小さな紙袋を渡してきます。
「これ、なんですか?」
「傷薬が入ってる。間違えて本当の人間を叩いたとき用」
「あー! 応援してるとか言っといて、やっぱりガレちゃんを信用してないんじゃないスか! そんなもの、ガレちゃんが間違えなければ必要ないんスからね!」
そう言って私の手から紙袋をひったくるガレちゃん。
「ガレちゃん! あんまりミラさんに失礼なこと言うと、怒るよ!」
「ご、ご主人様。きゅうううん……。ごめんなさいっス……」
ぺろーんとガレちゃんの獣耳が申し訳なさそうに垂れ下がります。
一応謝ってくれてはいますが、あくまでミラさんにではなく、私に対して謝ってるのは明らかです。
うーん、ふたりの関係がよくなるきっかけ、なにかないもんですかね……。
悩みつつも、私はガレちゃんを連れて冒険者ギルドに向かいます。
いくらガレちゃんの鼻がよくても、まずはカードのにおいを覚えてもらわないと話になりません。
スラッドさんか、セシルに会えればよいのですが――
と思っていたら、ギルドに着く前に道でばったりセシルに出くわしました。
ローゼリアは一緒じゃありません。ギルドで待ち合わせなんですかね。
「……やあ、ハンナ。昨日はどのくらいカードを集めたんだい?」
彼女はチラチラと私の鞄やポケットに視線を投げてきます。
私がどのくらいカードを集めたのか、知りたくてしょうがないみたいです。
少し疲れている様子ですし、昨日はかなり遅い時間まで頑張っていたんでしょう。
それでも現時点で負けているんじゃないかと気が気じゃない、そんな雰囲気。
ま、ここは正直に言うとしましょうか。上手くすれば相手の油断を誘えるかもしれませんしね。
「聞いて驚いてください? 私のカード枚数は――なんと0枚です!」
「0枚ね。ふ、ふん、なかなかやるじゃないか。キミならそれくらいは集めてると思ってたよ――って、0枚!?」
なかなか愉快な驚き方をしてくれました。セシル、お笑いの才能まであるみたいです。
「さ、さては四捨五入とかしてるね! ボクを騙そうたって、そうはいかないよ!」
「いいえ。正真正銘、0枚です」
「ほ、本当に0枚……? ふっ。ふははははははは! あーっはっはっはっは!」
通りに悪役のような笑いを響かせるセシル。なんだなんだと、行き交う人々がぎょっとします。
すいませんねー、早朝なのに迷惑ですよね。私、この人の友達でもなんでもないですからー。
「いやいや、忘れてたよ。いくら戦闘力が上がろうが、キミはドンケツハンナ。その鈍い観察眼じゃ、偽者を見つけるなんて無理だったみたいだね!」
セシルはそう言うと、腰に着けた鞄からカードをこれみよがしに取り出します。
「ふん、いいだろう。ボクはもう7枚も集めたよ! 今からどれだけ頑張ろうと、今日と明日でこの差は取り戻せないんじゃないかな?」
うーむ。7枚ですか。思ってた以上に集まってます。
しかし、カードを見せてくれたのは好都合。
「ガレちゃん」
「はいっス」
ガレちゃんはビッ、と敬礼すると、セシルの持っているカードに鼻先を近づけます。
「な、なんだいこの子は」
「くんくん。オッケーっス、ご主人様」
においはバッチリ覚えられたみたいです。ギルドに行く手間が省けましたね。
「あれ……? キミ、どこかで会ったことあるかい?」
間近でガレちゃんを見たセシルが、小さく首をかしげます。
ギクッ! そう言えば、セシルにガレちゃんの存在を気づかれたらダメなんでしたっけ!
「初対面っス。セシルさんの気のせいじゃないっスか?」
ガレちゃーん! しらばっくれるのはいいですが、名前、名前!
初対面なのに、セシルの名前言っちゃってますからー!
こ、これはさすがに気づかれたのでは。ガレちゃんがルドレー橋で死んだはずのワイズの娘だと気づかれたら、私への邪教徒疑惑が再燃してしまいます!
「……うーん。まあ、獣人なんて珍しい種族と会ってたら、忘れるわけないか」
チョロい! セシル、チョロすぎます!
確かにガレちゃんの特徴はフェンリルが混じったことで大分変わってますけど、気づきません普通!?
「じゃ、精々がんばることだね。どうせボク達の勝利は決まりきってるけどさ!」
私達からふいっと目を逸らし、ギルドへと向かうセシル。
いやあ、彼女が他人に興味がない脳筋で助かりました……。
「じゃあ、私達は偽者探しといきますか」
ガレちゃんがカードのにおいを覚えた以上、もはやギルドへ行く必要はありません。セシルがローゼリアを待っているあいだに、ちょっとでも差を縮めないと。
「ご主人様、ちょっと待って欲しいっス」
歩きだそうとした私の袖を、ガレちゃんが掴みます。
「ん? どうかしました?」
「あの人、カードのニオイがするっス」
「ほ、ほんとですか!?」
ガレちゃんが指さす先には、上等な赤いドレスを着た三十手前くらいの女性が歩いていました。
遠目にはどう見ても普通の人にしか見えませんが……、私は道を塞ぐように前に回り込んで、その女性に声をかけます。
「あ、あのう……」
「はい?」
「あなた――人間じゃありませんね?」
「は、はあ? なにを仰っているのか理解できませんが……。私はエルフでもドワーフでもありません。この通り、どこからどう見ても人間ですよ?」
不審な点は見受けられません。すでに謝ってしまいたい気持ちになりますが、それでも私は食い下がります。
「ティアライスに入ってる具材ってなんだかわかります?」
「焼き魚です。それがどうかしたんですか?」
私の用意したクイズにもあっさり正解。うーん、普通の人っぽい……。
ガレちゃんを振り返っても、間違いないとばかりの輝く目で頷かれるだけ。
ほ、本当ですかぁー?
もし本物の人間だったら、通り魔ですよ、これ……。
しかし――ガレちゃんを信じると決めた以上、いつまでも悩んでばかりもいられません。
私はごくりと唾を飲み込むと、背負っていた大ハンマーを握りしめます。
「な、なにをされるおつもり? まさかその鈍器で私を……?」
悲鳴を上げ、尻餅をつく女性。どっからどう見ても、犯罪者な私。
しかし、ここまで来たらもう止まるわけにはいかないのです!
「すいませーん! 間違ってたら、ミラさんのよく効くお薬をつけてあげますからー!」
ゴスン! 死なない程度に加減して、女性の頭に鈍器を叩きつけます!
「ぐぴゃっ!」
女性から奇妙な声が漏れ、姿がかき消えます。
その場に残ったのは、あの複雑な文様が書き込まれたカードです。
「すごい。本当に偽者でした!」
念願の1枚目ゲットです!
ぴょんと跳びはねて喜ぶ私に、ガレちゃんがふふーん、と胸を張ります。
「だから言ったじゃないスか! ミラさんのお薬なんて、いらないんスよ!」
「ガレちゃん、いい子いい子!」
「くぅーん。もっと褒めてほしいっスー! あ、あっちにも偽者が! におう、ガレちゃんにはお見通し……じゃなかった、嗅ぎ通しっスよー!」
「よーし、案内してください、ガレちゃん!」
「はいっス! ご主人様になでられるために、ガレちゃん頑張っちゃうっス!」
ふはははは!
ガレちゃんさえいれば入れ食い状態じゃないですか!
覚悟してください、セシル。
ここからは怒濤の追い上げが始まりますよ!
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