第53話 勝利の女神は鼻が利きます!

「銀閃のセシルVS鈍器姫ハンマー・ハンナだってよ!」

「魔人の作った偽者をどれだけ倒せるか競争してるんだって!」

「勝ったほうが負けたほうに、なんでも要求できるらしいぞ」


「お前、どっちに賭ける? 俺はやっぱ【銀閃】だ」

「【鈍器姫】だな。倍率高いし、ワンチャンあるぜ」


 さすがは冒険者の街とまで言われるティアレット。私とセシルの勝負は、いつのまにか街中に知れ渡っていました。


 時間が経つにつれ、デカい鈍器を背負っている私に気づいて手を振ってくれる人が増えます。


 そして、みんなの関心事になったからこそ、相手の情報も否応なく耳に飛び込んできます。

 

「おい、セシルはすでに3枚もカードを集めたらしいぞ!」

「早いな! 【銀閃】の名は伊達じゃないってことか!」

「お、あれは鈍器姫じゃないか? ハンマー担いでるし」

「本当だ! ハンナさん、今何枚くらいですか?」


「は、はは。ぼちぼちですよ、ぼちぼち」


 顔を引きつらせながら、私は答えます。

 ……ヤバいです。実際のところ、1枚だって集まっていません。


「ヤベー。セシル達は走ってたのに、ハンマー・ハンナは歩いてるぜ」

「一人なのにすごい余裕だ……!」


 急ぐ様子のない私の様子を見て、みなさんが誤解します。違うんです。急ぎたくても急げないんです。


 だって、どこに行けばいいかわからないんですもん!

 

 変な動きをしている人はいないかとか、会話が成り立ってない人がいないかとか、とりあえず道往く人に注意を払ってはみているんですが……、うん、どれが偽者なのか全くわかりません。


 私の鈍感っぷりをなめてはいけません。鈍器の神様に気に入られるくらいです。鋭さなんてものは、私の五感のどこにもありはしないのです。もちろん第六感にもです!


 こうなったら、少しでも怪しい人は鈍器で殴りつけてしまいましょうか……。なんて、ダメに決まってますよね……。


 くそう、こうなったら奥の手です。本当はこれだけはやりたくなかったんですが、仕方ありません。


 なりふり構っていられる時間は、とうに過ぎ去っているのです!


「ちょっと! そこの人、問題です!」

「えっ」


 いきなり声をかけられて、不思議そうにする中年男性。私は構わず続けます。


「ティアレットの名物と言えばティアライスですが……、その中に入っている代表的な具材はなんでしょう!」


 ここらへんの常識に疎い魔人が作り出した偽者なら、この問いに答えられないはず!


「や、焼き魚?」

「ファイナルアンサー?」

「ごくっ。ファ、ファイナルアンサー」

「………………正解!」


 ううむ、どうやらこの男性は人間だったようです。残念……。


「え……、なに……?」


 そして当然ながら、すごいうろんな目を向けられてしまいます……。

 

「いえ……、すみません。勘違いでした」


 私がぺこりと頭を下げると、中年男性は「結局なんだったんだ……」という顔のまま立ち去ります。

 

 ま、まずいです。


 変な人を探しているはずが、私自身が変な人になってしまってるじゃないですか!

 

 ていうか、この方法を延々やり続けるんですか? 非効率極まりないです。生産性低すぎです。

 

 こんなんじゃ、絶対にセシルには勝てません。でも、私にはローゼリアのような魔力感知に優れた友達はいませんし……。

 

 ミラさんは魔力の濃淡くらいは感じることができるみたいでしたけど、偽者を見つけられるほどの感知力はないでしょう。あくまで彼女は薬師であって、魔術師じゃないですしね。

 

「どうしましょう……」


 暗くなりつつある大通りで、うんうん唸っていると――


「どーんっ!」


 後ろから勢いよく抱きつかれました。振り返ってみれば、そこにいたのはガレちゃんです。


「晩御飯の時間になったから、呼びに来たっスよー! もーご主人様が遅いから、ガレちゃんお腹がぺこりんっス!」

「ガレちゃん……!」


 私は思わず、ひしっと彼女の身体を抱きしめました。ああ、あったかくてやわらかくて癒される……。


「ご主人様、どうかしたんスか。お疲れみたいっスけど……」


 怪訝な表情をされたので、私は冒険者ギルドでのやりとりや、セシルとの勝負について説明しました。

 そして、今日一日の収穫がまるでなくて、大きく差をあけられているだろうことも……。


「大変っスね。ガレちゃんとしても、あのふたりには勝ってほしいっス。ご主人様の敵は、ガレちゃんの敵っス!」


 ふんすっ、と拳を握りしめるガレちゃん。はあ……、かわいい。


「ところでガレちゃん、どうして私がいる場所がわかったんですか?」


 店から冒険者ギルドまでの通り道にいたのならともかく、私がいたのはそのルートから大きく外れた場所です。

 

 なのに、ガレちゃんは闇雲にあたりを探したわけではなさそうなのです。今から帰れば、普段の晩ご飯の時間にぴったりですからね。


「んー、身体に残ったフェンリルの影響っスかねー。ガレちゃん、前よりも鼻が利くようになってるみたいっス」

「へえー、結構便利そうですね、それ」

「薬のニオイは結構キツく感じるっスけどね。あと、こんなこともできるっス」


 ガレちゃんはキョロキョロと周囲をうかがい、まわりに人がいないことを確認すると、すっと四つん這いになりました。

 なにしてるんでしょう、と思ってたら、彼女の全身からみるみるうちに毛が生え、服を着た狼の姿に早変わり。


「実はこんな風に、魔石がなくてもちっちゃいフェンリルにはなれるんスよね」

「えーかわいい! ワンちゃんみたい!」


 体毛こそ銀色ですが、頭の位置は私の腰くらい。

 全体的に丸みを帯びた印象で、ルドレー橋で戦った凛々しいフェンリルの姿はそこにはありません。


「くぅんくぅーん。もっとなでてほしいっスー!」


 パタパタパタパタと、狼の姿で尻尾を振りまくるガレちゃん。存在自体が癒し。いえ、癒しと書いてガレちゃんと読む、みたいな、そんなレベルのかわいらしさです。

 

 中身はガレちゃんだから、お手とかお座りとかだって、完璧にこなせますよね。超お利口なワンコさんです!


「……ん? もしかしてガレちゃん、私以外の人でも、においがわかれば追えたりします!?」


 興奮気味に訊ねると、ガレちゃんにも質問の意図は伝わったみたいです。

 嬉しそうにブルブルと首を振ったあと、ちっちゃなフェンリルはワンと吠えます。


「もちろんっス! そのカードを一枚かがせてもらえれば、ガレちゃんが偽者を見極め――じゃなくて、嗅ぎわけてみせるっス! ご主人様のお役に、必ず立ってみせるっスよぉー!」

「くうう、ガレちゃん頼りになるー! 私にとっての勝利の女神じゃないですか!」


 私はガレちゃんのそばに跪くと、ふっさふさな首筋に抱きつきます。


 これで勝機が見えてきました!

 一日でかなり差を広げられてしまいましたが、明日からはソッコーで巻き返しにかかりますよ!

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