第52話 何気に詰んでる気がします。

 難度Aクエストに連れて行ってもいい――私に対するスラッドさんの発言で、ギルド内は大きくどよめきました。


「あれ、誰だよ」

「お前、知らないのか? 鈍器姫だよ、鈍器姫!」

「えっ、あのちっこいのが? 冗談だろ?」

「もっとこう……、サイクロプスみたいなのじゃないの?」

「鈍器使いのハンマー・ハンナ!」

「セシル・ソルトラークと勝負して勝ったって噂もあるよな。嘘だと思ってたけど……」

「でもあの【七本槍】が言うんだぜ? 説得力が違うよ」


 スラッドさんは立ち上がると、飛び交う声のなかを突っ切って私の前に立ちます。


「お嬢ちん、名前はなんてーの?」

「ハンナ・ファルセットです」

「今、ランクいくつよ」

「D、ですけど……」


 スラッドさんは、ぺしんと自分の額を叩きます。


「かあー。なんつー宝の持ち腐れだよ。実力的にはAランク以上のモン持ってるだろ。ほんと、すぐにでも【魔の大地】に連れていきたいぜ」

「え、本当ですか? ぜひ連れて行ってほしいです!」


「でもなぁ、俺っちの一存じゃ無理なのよ。だからさ、難度Aのクエストで活躍して、特例ランクアップを目指してほしいわけ。どう、この提案受けてくれる?」

「てやんでーです! あたぼーですよ、スラッドさん!」


 私達のやりとりを聞いて、黙っていられないのはセシルです。


「ま、待ってくれ! 今クエストに連れて行ってほしいと頼んでいるのはボクだ! ハンナは関係ないだろう!」

「だってよー、セシルちんじゃ役にたたねーんだもん」

「そんなの、やってみなければわからないだろ!」

「しつこいなー。ほんっとそういうとこ、前と変わんないよね」


 うんざりといった様子で口を尖らせるスラッドさん。

 

 うん……、この師弟関係、相性最悪ですね。


 合理的に判断するスラッドさんに対し、セシルは感情的。思いが強ければ無理な注文も許されると思ってます。


 これは仲が悪くなるのも納得ですね。ちなみに私は完全にスラッドさんの味方ですよ、ええ。


「ならさー、勝負したらよくない?」


 堂々巡りを続けるふたりのやりとりに割って入ったのはローゼリア。


「ダークエルフのお嬢ちん。そりゃムダムダ。俺っちとセシルちんが戦ったら百パー俺っちが勝つから」

「あ、そうじゃないでーす。スラッドさんは、役に立つ人を連れていきたいんでしょ? なら、セシルとハンナが勝負して、勝った方が一緒に行くのはどうカナって☆」


 おいこら。また変なこと言い出しましたよ、この女は。


「ちょっと待ってくださいよ。その勝負、私に一体なんのメリットが?」


 スラッドさんはもう私を連れて行ってくれるって言ってるのに……。


 大体、勝負ならもうしましたし、ローゼリアだってばっちり見ていたでしょうが。


 私がセシルよりも強いって、この場で誰よりもわかっているのがローゼリアのはずです。


「ボクは望むところだよ。まさか逃げたりしないだろうね」


 セシルもセシルで、なんで胸を張っているんですかね? こないだの敗戦の記憶、頭からすっぽり抜けちゃってるんでしょうか?


「でもまあ、キミにとってメリットが少ないのは認めてあげるよ。だからこうしよう。もしボクが負けたら、キミの言うことをなんでもひとつ聞いてあげるよ」

「ほー。とてもこのあいだ、私に剣をブッ壊された人の発言とは思えませんね」

「なッ」


 セシルは身体を斜めにし、腰に提げた剣をさっと隠します。


「あれ……。セシルの剣って前と違う……?」

「ハンナに壊されたって……、マジ?」


 同級生達は声を潜めていますが、ほぼほぼ内容は聞こえてきます。


「ちっ、違う! あれは元々剣にヒビが入ってただけだ! じゃなきゃ、ボクが負けるなんてありえない。それをこの勝負で証明してやるさ!」

「ふーん。まあいいです。なんでも言うこと聞いてくれるなら、あなたが一番恥ずかしがることを要求しますから、いいですね?」

「望むところだ! その代わり、キミが負けたらボクの言うことを聞いてもらうからね!」

「問題ありません。私、負けたりしないので」


 ふたりして盛り上がってしまいましたが、この勝負が成立するかどうかを決めるのは私達ではありません。


 全ては特Aランクのスラッドさんが、勝者を難度Aのクエストに連れていくかどうかにかかっています。


「――勝負か。いいねえー、若くて。そういうことならおあつらえ向きな課題があるぜ」


 皆の視線が集まるなか、槍使いの彼は目尻にしわを寄せました。


「詳しくは話せねーが、難度Aのクエストは『ある人』を『ある場所』へ送り届けるって内容だ。依頼人は俺っちと合流するためにこっちへ向かってる最中なんだけどさー、敵はすでに色々と仕掛けてきてるみたいなんだな」


 難度Aのクエストについては詳しく口外できないみたいです。『ある人』『ある場所』というのについて質問しても、多分ぼかされるだけでしょう。


「敵、とは?」


 だから私は、それだけを訊ねました。


「うん、敵ってのはね、こういうやつらのこと」


 スラッドさんはおもむろに柄の短い槍を腰から抜くとーーギルド内にいた青年戦士に投げつけました。


「がっ!」


 槍先は眉間に突き刺さり、青年戦士がどっと後ろへ倒れます。私達は突然の暴挙にあっけにとられ、全員揃って三秒くらい息が止まりました。


「な、なにするんですか!」


 あとからようやく出てきたのがその言葉です。スラッドさんはニヤリと微笑み、倒れた青年戦士を指差します。


「落ち着いて、よく見てみ」

「え……?」


 すると、驚くべきことに気づきました。

 

 脳天を貫かれているのに、戦士の頭からは血が全く出ていないのです。


 おまけにボフッと肉体が消滅し、その場には槍に貫かれた一枚のカードが残っただけ。


「冒険者に見せかけた、偽者……? 魔法ですか?」


 カードの表面には複雑な文様――おそらくは魔方陣に類するものが描かれています。


「うん、しかも幻術じゃなく、実体のある人間を作り出す魔法ね」


 さらにビックリです。そんな高等魔法を使える人なんて、世界中を探してもほんのわずかしかいないんじゃないでしょうか。


「ていうか今のやつ、誰だよ……」

「えっ、お前も知らなかったのか? てっきり新入りだとばっかり」


 青年戦士のまわりにいた冒険者達は、彼に違和感を覚えていなかったようです。知らなくても、あまりに堂々と輪に加わられていると、改めて「お前誰だよ」と聞くのがはばかられる……、そういう状況が発生してたみたいですね。

 

 わかりますわかります。もし前に会ってたら気まずいですし。それに、すごい特徴のない、どこにでもいるような顔してましたもん、さっきの偽者。


「俺っち達が今【魔の大地】で戦っている邪神四天王は【白昼夢】のアミューズっつってね。まあ、罠とか幻術とか、まわりくどい戦術を使ってくるヤツなんだ。これはその部下、魔人ダウトの手口だね」


「つまり敵の親玉は――邪神、ってことですか」


「そ。街に入ってすぐに感じたよ。これと同じような偽者が、ティアレットにごまんと混じってるってね。スパイとして、あるいは俺っちや護衛対象である『ある人』を殺すために」


 ギルド内のざわめきが大きくなります。私が特別鈍感というわけではなく、他の冒険者達も全く気づいていなかったようです。


 邪神に命を狙われている『ある人』……。一体誰なんでしょう。

 相当な大物であることだけは間違いありません。


 スラッドさんは槍を拾い上げると、刺さったカードを引き抜きます。


「でも、倒せばこうしてカードに戻る。俺っちが言いたいこと、わかるよね?」


 セシルが当然、とばかりに鼻を鳴らします。


「つまり偽者を多く倒し、よりたくさんのカードを集めたほうが勝ち、ってことかい?」


「ピンポーン。俺っちも悪さをしている魔人ダウトを探しながら偽者を倒す。基本的には勝った方を連れていくつもりだけど、俺っちの枚数の半分もいってなかったら、両方とも連れていかないからね。そういう条件でどう?」


 なるほど。決闘ではなく、競争ということですか。

 

 偽者は大して強くなさそうですし、倒すのに苦労はしなさそうです。それに――


「どんな勝負でも、セシルに負けるつもりはありませんよ」

「ふん、言うじゃないか。ボクが勝ったら、キミには『二度と鈍器を持たない』っていう誓約をしてもらうからね」


 バチバチと睨み合う私達を尻目に、ローゼリアが「あのー」とスラッドさんに手を上げて質問します。


「アタシがセシルに協力するのはアリなんですかー?」

「ん? アリでいいよ。手段までいちいち指定するのメンドいし」


「了解でーす。じゃあハンナも頑張ってねぇ。応援はしてるケド、手は抜かないから☆」


 なんか矛盾してることを口にするローゼリア。

 うーん、考えが読めません。ほんと、どういうつもりなんでしょうね……。


「期日は……、そうだな。今からスタートして、明後日の夕方までとしようか。じゃ、俺っちを少しでも楽させてねー」

「ああ。ボクが残らず偽者を狩ってやる。行くよ、ローゼ」

「うん、偽者はアタシが見つけてあげる。魔力を感知すれば一発だし☆」


 一枚でも多くカードを手に入れようと、足早に冒険者ギルドを出て行くふたり。一方、スラッドさん自身はさっきまで座っていた席に戻り、マーチさんにお酒を頼みます。


「いやあ、人が仕事してる時間に飲む酒は最高だぜ」

「……」


 よく考えたら私達、勝負という名目でスラッドさんが本来やるべき仕事をやらされているような気が――


 私はブンブンと頭を振って、そんな雑念を払います。それでいいんですよ。なにせこっちは、特例ランクアップのチャンスをもらえるんですからね!


 さて、こうしてはいられません。私も行くとしましょう。


「頑張れー、鈍器姫!」

「俺はお前に賭けたからな!」

「負けたら全財産パァだ! 頼むぞ!」


 冒険者達のあいだではすでに賭けが始まってるみたいです。賭けの対象にされるのは微妙な気分ですが、期待されるのは悪い気分ではありません。

 

「任せてください! 私に賭けた人に、損はさせませんよ!」


 冒険者達の歓声を背中に浴びながら、私はギルドを飛び出しました。


 よーし、テンション上がってきました。


 偽者をバッタバッタとなぎ倒してやりますとも!


「…………ん?」


 街に出てみて、ふと立ち止まります。

 

「魔法で生み出された偽者って、どうやって見つければいいんですっけ……?」

 

 ローゼリアは魔力を感知するとか言ってましたけど、私、生まれてこのかた、魔力の流れとか一切感じたことないんですが……。

 

 あれ? どうするんですか?


 この勝負、偽者を見つけられなきゃ始まらないのに……。


「これ……、何気に詰んでないですか?」

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