第102話 荒野に建てる、鈍器の塔です!
アスピスの宣戦布告から二日後。つまり「王族全処刑」の期日まであと八日――
私は王都とティアレットのあいだに広がる、なにもない荒野に連れてこられていました。
「この死地によくぞ集まってくれた。王女として感謝の意を表するぜ」
飛空挺対策の本営として張られた大きなテントのなかで、マリアンちゃんがキリッとした表情で言います。私とマリアンちゃんの他には、ミラさん、ガレちゃん。そしてグラン王国騎士団長、および宮廷魔術師長のダブルおじさん、計六人が集まっています。
テントの外には騎士隊百人。マリアンちゃんが転移魔法を使いまくって連れてきた、グラン王国のなかでも選りすぐりの精鋭たちです。今回の作戦で必要なのは、量よりも質ですからね。
「マリアンちゃん、今日は一段とカッコいいですね……」
鎧とマントを纏ったマリアンちゃんは、まさに姫騎士といった感じ。両隣を固める騎士団長、魔術師長の放つオーラも緊張感ビンビンです。
エッグタルト一行はどう見ても場違いですが、そこは仕方ありません。文句があるなら私たちを必要としてるマリアンちゃんに言ってほしいです。まあ、おじさんふたりは私とミラさんに自分から握手を求めてくるくらい好意的なんですけど。
「いやあ、こんなところで魔人を倒した英雄にお会いできるとは!」
「【七本槍】にすら勝った豪傑! 噂通り、オーラが違いますな……! お連れは王子を毒から救ったという大薬師様ですか?」
「えっ、そちらが王国一の腕前として有名な、あの?」
「……ミラ、有名?」
「もちろんです! 王都では知らないものはおりませんよ! お目にかかれて光栄です!」
いつのまにか、王都や王城では私たちふたりとも、すごい神格化されてるっぽいです。ティアレットではここまでじゃないんですけどね……。
さっそくミラさんはみなさんの
神が造ったとされる飛空挺イクスモイラに挑もうというのです。並大抵の神経では不安で参ってしまいます。そこでミラさんは集まった人たちに精神を安定させる薬を提供する役目を買って出たのです。
ちなみに、ガレちゃんは最初から犬の姿になってもらっています。王城で暮らしていたこともある彼女は、ふたりのおじさんとも面識があるみたいで……。ガレちゃんって、ルドレー橋を壊していた魔物の正体で、私が倒したことになってますからねー。
事情を話せばわかってくれそうではありますが、なにもしなくても信頼を勝ち取れている今、変に事を荒立てる必要もないです。
「今、イクスモイラはどのあたりだ?」
「そろそろ目視できる距離です。外にいる騎士たちが騒ぎ出したら、見えたということでしょう」
マリアンちゃんの問いに、魔術師長さんが答えます。
イクスモイラの移動は遅々としたものであり、おまけにレーゲンベルクから王都までを一直線に結ぶ軌道を辿っています。だからこそ可能になる待ち伏せ。
「遅々とした移動速度を見るに、イクスモイラはおそらく万全ではありません。本来の機能を取り戻していない今こそ、我々にも勝機があると考えます」
魔術師長さんの言うことはもっともでした。王都までの移動にかかる時間を計算すると、ピッタリ十日。あの巨体で、しかも空を飛んでいるというのに、馬車並のスピードしか出ていません。
「多分、原因はセシルでしょうね……」
私は小さくつぶやきました。起動に【剣の巫女】を必要とするイクスモイラ。その鍵として使われたのがセシルだとするなら、役者不足だったということなのでしょう。
ちなみに手帳スキルを用いたセシルとの連絡は、失敗に終わりました。マーチさんがいくら呼びかけても、セシルからの返信はなかったのです。
ローゼリアなんてひどいですよ。セシルのことはもう諦めたとばかりに、実家に帰るとか言い出したんですから! 止めなかったですけど!
そのとき、外からざわめきが聞こえました。テントに入ってきたひとりの騎士が、飛空挺の襲来を告げます。
「来たか」
マリアンちゃんがテントの外に出ます。すでに騎士隊は準備万端とばかりに整列済みです。
あ、騎士隊とは言っても、飛空挺と戦うということもあって、みなさん馬は連れてきていません。
全身鎧も着ておらず、剣と革の鎧だけという、身軽ないでたち。おまけに肩に掛けているのは、鉤爪のついたロープ。なんに使うのかは、あとのお楽しみです!
「テメェら、覚悟はできているんだろうな!」
「はっ! ご命令のままに!」
「よっしゃ行くぞ! 屍は拾ってやるからな! しっかり配置につきやがれ!」
「イエッサー!」
士気が高いのはいいことです。でもマリアンちゃんが指揮をとってると、敵対組織にカチ込みに行く前の、闇ギルドの会合にしか聞こえませんね……。
「じゃあハンナ。景気づけにデカいのを一発、頼むぜ」
「ええ、まずはひとつめのプランを試してみますか――鈍器スキル【空気の杭・極大】!」
ブン、と大ハンマーを思いっきり振るいます。すると現れたのは、魔力で空気を固めて作った透明な杭。
ただし、いつもとはひと味違う、特大サイズです。なにせ、私の身体の三倍は長く、そして太いんですからね!
……今、長さはともかく、太さはすごいと思った人、正直に手を挙げなさい。ぶっ飛ばしますよ。
特大に形作られた【空気の杭】はゴウッと斜め上へと射出され、一直線に飛んでいきます。
バチィッ! 激しい音が頭上に鳴り響きました。
けれど――
「き、効いてないっス!?」
犬の姿であることを忘れて、驚くガレちゃん。それも無理はありません。
杭が命中したかのように見えた飛空挺は、さっきまでと同じように空に浮かんでいます。揺れひとつ見ることはできず、損傷もどこにもないようなのです。
「ありえないっス! あの飛空挺、どんな耐久性っスか!」
「いや、杭は飛空挺まで届いてねェ……。あれは【魔法障壁】だ」
マリアンちゃんが歯噛みします。
文献で判明した、イクスモイラの機能のひとつ【魔法障壁】。
あの飛空艇の周囲には、魔法を弾く透明の膜が張られているのです。
移動速度が遅いことから、【魔法障壁】も機能してかないかも、というのは楽観的な考えだったみたいです。
でも、ここまでは想定の範囲内。
「ハンナ、次いけるか?」
「あたぼーです、もう鈍器スキルの発動は終わってますよ」
【空気の杭・極大】を放ったあと、実は私、すぐに大ハンマーで地面を叩いていました。
「――鈍器スキル【槍ぶすま・一点特化】」
ズモモモモモモッ! 目の前の地面を突き破るようにして伸び始める、土で出来た一本の槍。それはみるみるうちに太さを増して、先の尖った円錐の山へと変わっていきます。
それはついには天空まで達し、飛空挺イクスモイラの腹部をベキィッと貫きました!
「よしっ! こっちは行けたな!」
マリアンちゃんが歓喜の声をあげます。地面の形を変化させ、何本もの槍を造る鈍器スキル【槍ぶすま】。今回のは鈍器パワーを一本に集中させた特大版です。
この鈍器スキルも魔力によって発動しているわけですが、飛空挺の周囲に張り巡らされた【魔力障壁】が防げるのはあくまで魔力によって生み出された炎、氷、風といった攻撃魔法。
まさか空まで地面がせり上がってくることなんて想定外なわけです。それに魔力が働いているのは地面の根元であって、先端のほうは固められた『ただの土』ですからね。魔力を無効化しようが無駄なんですよ。
「ハンナの鈍器……、いつもよりすごい?」
「ふっふーん。ビックリですか、ミラさん? 今日はまわりになにもないから、変に気を遣う必要がないんです!」
そう。普段からこんな規模で鈍器スキルを使ったら、地形が大きく変わってしまいます。
上空にいる飛空艇を貫けるほどの巨大な四角錐。建てるためには当然、膨大な量の土が必要で、今もそれを地面から強引に集めたのです。いろんなところが空洞、落とし穴みたいになってるはずですから、放っておいたら地盤沈下しまくり。
まあでも、今回は王女様の許可があります! 一応、作戦が終わったら地面も元通りにする予定ですしね。
さて、飛空挺に立て直しの時間は与えませんよ。
立て続けに、次です。次!
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