第81話 鈍くなくても気づきません。
「ぎゃっ!」
「うわあああ!」
黒い影は広間を飛び回り、武器を持って立ち向かおうとした近衛兵の皆さんを襲います。
いずれも命にかかわるような傷ではなさそうですか、戦いとは無縁の人々も多く集まっている会場は阿鼻叫喚に包まれました。
「マリアン王女には俺っちがついてる!ハンナちん、敵を頼めるか!」
「あたぼーですよ、スラッドさん!」
予め頼んでおいた従者の方が、急いで私のハンマーを持ってきてくれます。これで鬼に金棒――っていう言葉は、女子的には使いたくないですね。
そもそも持ってるものが金棒に類するものなだけに、私が鬼であるかのようです……。
いやいや、そんなことを考えている場合ではありません!高速で飛び回る黒い影は、武器を手にした私を敵と見なし、襲いかかってきます。
「鈍器スキル【
鈍ッ!
石床を叩いて、飛行体とのあいだに壁を作り出します。
これまで幾度となく、敵の攻撃を防いできた鉄壁の盾。今回も突っ込んできた影の進路を、きっちり塞ぎました。
しかし――
ギャリギャリギャリギャリ……!
なんの音ですか、これは。なんだか嫌な予感がするんですが……!
「ハンナ、あぶない!」
そばにいたミラさんの叫びに助けられるように、私はその場を飛び退きます。
瞬間、飛行体は壁を貫き、さっきまで私のいたところを恐ろしい速度で通過していきました。
「あっぶ……!」
なんてことでしょう。あの飛行体、嘴のような先端を回転させることで、壁をぶち抜いてきましたよ……!
ぐぬぬ。自慢の【土壁造】が破られるなんて、ちょっと悔しいじゃないですか。でも、それで手がなくなるほど、鈍器は浅くありません。
回転で貫通力を強化しているのなら、回転を止めてしまえばいいのです。
「加勢します!」
そう言ってひとりの近衛兵がやってきました。なんて助かるタイミング。
「ありがとうございます。いきなりで申し訳ないんですけど、あなたの持っている剣、お借りしていいですか?」
「え、ええ!?」
「あ、すいません。借りると言っても、返すあてがなかったです。もっといい剣をあとで作るので、いただいちゃってもいいですか?」
「えええええ!?」
改めてこちらへと向かってくる黒い影。
ちゃんと許可をもらってる猶予はありません。これが実はお父さんの形見でした、なんてことがないよう祈るのみ。
私はうろたえている近衛兵から剣を奪い取ると、床に置いて鈍器でぶっ叩きました。
「鈍器スキル【土壁造・
鋼鉄の剣を巻き込んで、再び目の前に立ち上がる壁。知能がないのか、それとも甘く見ているのか――黒い影は、壁なんてお構いなしに迫ってきます。
ギャルルルルルルル……!
先ほどと同様、回転しながら壁を突き破ろうとする影。
「ダ、ダメだあ……!」
「止まらない……ッ!」
悲観的な言葉を並べる、近衛兵達。
ギャル、ギャルルル、ルル、ル……。
けれども――影の回転は少しずつ弱くなり、ついにはぴたりと音が止まります。
周囲からも「え?」という意外そうな声が漏れました。
「ただ硬いだけの壁だと思いましたか? だとしたら残念でしたね」
私が叩いた剣は壁のなかで姿を変え、鋼鉄のワイヤーとなって待ち構えていたのです。
壁を砕いて進めば進むほど、なかに忍ばせたワイヤーは影を絡めとり、動けないようにする――そういう仕掛けを施していたのでした。
ふふふ、建築においては、頑丈さとは硬さだけを意味するものではないのです。
「さて、正体を見せてもらいましょうか!」
壁の裏へと回り込み、速すぎて姿を捉えきれなかった影が一体なんだったのか、確認します。
もしかしたら、王女の殺害が理事長の陰謀であることを暴く、重要な証拠となりうるかもしれません!
そう思って意気揚々としていた私は――絶句しました。
襲いかかってきた影の正体に……、とても見覚えがあったからです。
よく知る人物が、常に背負っている七槍のうちのひとつ。
彼曰く、指定した条件に見合う敵を攻撃し続ける最凶の追跡者。
「【自動追尾槍スティンガー】……!」
嘘でしょう?
だとしたら、指定されていた条件は『武器を手にしている人間』?
王子は言いました。理事長はスラッドさんでも守りきれないような状況を用意しているはずだ、と。
けれども……、これはもっと、もっと最悪の状況です。
そう、スラッドさんこそが――!
「マリアンちゃん!」
私は叫び、彼女の元へ駆け寄ろうとしました。
まだ影の正体を知らず、きょとんとした表情のままのマリアンちゃん。そのかたわらで、スラッドさんの槍は大きく振りかぶられ、まさにこの瞬間にも彼女の胸を貫かんとしています。
「くっ!」
鈍器スキルは、なにかを叩かなければ発動しません。いかに万能で応用が効くスキルが揃っていようと、どうしてもタイムラグが生じてしまいます。
これじゃ、間に合いません――!
揺らめく炎が照らし出したのは、真っ赤な血飛沫。
……けれど槍の先端が貫いたのは、マリアンちゃんの胸元ではありませんでした。
「エリオン!」
悲痛な叫び声を上げるマリアンちゃん。
彼女を突き飛ばした双子の弟、エリオン王子の肩に、槍の先端は深々と突き刺さっていたのです。
舌打ちをしてスラッドさんが槍を引くと、王子の身体は支えを失って床に倒れます。
「バカ、お前なんで!」
マリアンちゃんは王子に駆け寄り、その身体を抱え起こしました。王位争いで仲が悪くなったと思い込んでいた彼女からしたら、どうして王子が自分を守ってくれたのか、理解できなかったでしょう。
「……うう。肝心なところでトロいんだよな、姉上は。これじゃ王位を任せるのが不安になってきたよ」
粗い息で、苦しげにしているエリオン王子の手を、マリアンちゃんは強く握りしめます。
「なに言ってんだ! オレが王様なんて器か! 最初からオレは、オマエに王位を継がせるつもりなんだぞ!」
「へえ……。じゃあやっぱり僕らは、似たようなことを考えていたのかもしれないね……」
「大丈夫だ、傷はそんなに深くない! これなら――」
「確かに傷は浅いけどさ、もう助からないよ王子は」
スラッドさんはよく似た双子達を見下ろして、驚くほど冷徹に言い放ちました。
「【致命毒殺槍ブリムストーン】。生物を内から焼く灼熱の毒を纏った、絶対の殺人者。この槍先でひとたび貫かれれば、薬も魔法も効果は――ない」
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