第97話 幼女セシルがかわいいです…

 記憶の中で場面が切り替わり、気づくと手には木製の剣が握られていました。


 とても短く、丸っこい指。やあっ、やあっという幼い掛け声。


 目の前には鏡。どうやら素振りの姿勢を確認しているみたいです。剣を自由に振り回せるくらい天井は高く、お屋敷のなかだということがわかりました。


 そして――鏡に映っているのは、やはり私ではありませんでした。


 短めに切り揃えられた青い髪。かしこそうな切れ長の瞳に、ぷにぷにとした色白な肌。


 幼少期のセシルです。背の高さから推測するに、おそらく四歳くらいじゃないでしょうか。


 どうせ子供の頃から性格ひん曲がっていたに違いないと思っていたのに、意外にもかわいらしいです。


 憎きセシルにも、こんな時代があったんですね……。少しだけ性善説を信じたくなりました。


「また強くなったようだな」


 後ろから声をかけられ、セシルは振り返ります。


「あっ、おとうさま!」


 言うまでもなく、そこにいたのはバゼルでした。駆け寄ってきたセシルに、なんとびっくり、めちゃくちゃ優しげな表情を向けています。


 ええ……? これがあの、私を学園から追い出した理事長……?


 レイニーの家を訪れたときの、ギラついていた印象はなりをひそめ、とても穏やか。セシルのこともちゃんと褒めてるし、すごくまともな父親に見えるんですけど。


「みてみて。ういんどありあ!」


 セシルは喜々として剣を突き出します。すると先端から、ブバっと突風が出ました。


 この歳で剣を振れてるだけで驚きなのに、剣技まで使える、ですって……?


 私、学園に二年間通っても、剣技なんてひとつも見につかなかったですよ。自分との剣の才能の差にわなつきます……!


「おお、すごいじゃないか。もう剣技が使えるようになるとは。まるでレイニーみたいだな」

「ぼく、おとうさまがしてくれるれいにーのおはなし、すき!」


 やだ、幼女セシルかわいい……。


 戦闘スタイルからレイニーのことが好きなのはわかってましたけど、それでも裏表なく放たれた言葉には破壊力がありますね。


 この頃のセシルに出会えてたら、いい友達になれてたかもしれないです。レイニーの冒険譚について語り合ったりして。


 ……ちょっとだけセンチメンタルになりますね。元々、レイニーに育てられていた私達には、そういう未来もありえたんですから。


「せしるも、おとなになったらぼうけんしゃになる! おとうさまといっしょに、じゃしんをたおすの!」


 そうバゼルに対して宣言する幼きセシル。もちろん私は思い出しました。自分がレイニーへ、同じような宣言をした日のことを。


 あれ? 私達って、もしかして結構似てる?


「そうかそうか。じゃあ俺様も負けないように頑張らないとな。【剣闘王】が娘に守られるわけにはいかんからな」


 そう言って、くしゃくしゃっとセシルの頭を撫でるバゼル。理想の父子の姿が、そこにはありました。


 嬉しそうに鏡の前で素振りを続けるセシル。その姿は少しずつ成長していきます。髪は伸び、手指はしなやかになり、足はすらりと長くなっていきます。


「お父様ー? 剣を見ていただけませんか?」


 おそらく十歳頃でしょうか。稽古でかいた顔の汗を服で拭いながら、セシルは屋敷の廊下を歩きます。


 一度、ミラさんとソルトラーク家に行ったことがあるので知っています。進む先には、確か応接室があるはず。


 やっぱりそうです。応接室の扉は半開きになっていて、なかの光が暗い廊下に漏れ出していました。


「本当か? 本当にそんなことが……。セシリアと、セシルを……」


 バゼルの声が聞こえます。ひどくうろたえたような雰囲気を、語尾の震えから感じました。


「アミューズメントっしょ? それがマジでできちゃうんすよ。奥さん、そして子供との再会をプロデュースしちゃうあーし、ファンタスティックじゃね!?」


 少女の声。ローゼリアをさらに一回りチャラチャラさせたような、薄っぺらい印象。甲高くて、キンキンと耳に響きます。


「信じていいんだな。もしも嘘なら……」

「にゃはは、嘘なわけないっしょ。大体あんたが神玉を持ってんだから、嘘つくのなんてリームー!」


 部屋のなかを覗き込むセシル。バゼルが手にしていたのは、アスピスが持っていた三種の神器のひとつ、神玉でした。


 以前の記憶でバゼルは「全て集めた」と言っていましたから、使わないにしろそのまま手元に置いておいたのでしょう。

 

 ローゼリアの、ずっと隠していた欲まで素っ裸にするほどの力を持っていたくらいです。バゼルが唾を飲み込んだのは、神の力の前に抗うことなど不可能だと、おそらくは気づいたからに違いありません。


「しかし……それが本当だとしても、貴様の要求に応えるのは不可能だ。レイニーは絶対に賛同しないだろう。【剣の巫女】なしで魔導兵器を動かすなど到底……」


 どうやらバゼルは、自らの望むものの対価として、魔導兵器の起動を求められているようです。レイニーが賛同しなさそうなこと……どう考えても悪事です。


「おやおやーん? もしかしてしらばっくれてる?」


 扉をのぞき込んだセシルの視線が、相手の少女へと移りました。


 道化師のような装束に身を包んだ少女は、ニヤリと悪意に満ちた笑顔を浮かべています。


「レイニーなんかに頼まなくても【剣の巫女】なら適任がいるじゃない!」

「適任? ま、まさか――」

「まさかもなにもないでしょ! あんたが一番大切にしてた、妻と娘のためだよ? できるよねえ【剣闘王】さん?」


 バゼルは椅子に腰をドカッと下ろし、頭を抱え込みました。一方の少女は、人を悩ませるのが心底楽しいと言わんばかりに恍惚とした表情。


 この子、おそらくは魔人です。しかも、以前戦ったダウトなんかとは比べ物にならないほど上位の。


 けれど幼いセシルには、相手がどんなに危険な相手なのか、知る術はありません。


「お父様、そちらのかたはどなたですか?」


 苦悩する父親を助けたいとでも思ったのでしょうか。セシルはそう声をかけたのでした。


 驚いて振り返るバゼル。にらみつけるようだったのは一瞬で、すぐに取り繕うように笑顔を作ります。


「なんの話だ?」

「え? だって……」


 セシルは道化姿の少女を探しますが――部屋のなかには誰もいません。


「あれ……?」

「すまんすまん。独り言が大きすぎて、誰かと喋っているように感じたのかもしれないな。剣の稽古をしているのか? どれ、見てやろう」


 まくしたてるように言って、セシルの肩を叩いたバゼルの瞳には、わずかに仄暗い濁りが混じっていました。


 そこからは、バゼルの態度が日に日に変わっていきました。これまで実の娘のようにかわいがっていたのに、そっけない素振りを見せたり、邪険にあしらってみたり……。


 なのに、逆に剣には厳しくなっていきます。「剣を学ぶ、学ばないはセシルの自由」といった方針だったくせに、あの日を境に強引に限界を超えさせるような過酷な指導へと切り替わっていったのです。


 朝から深夜まで素振りを指示されたり、決闘形式の訓練を足腰立たなくなるまでやらされたり、剣だけを持たされて魔物の出る山で一週間生き残るよう言われたり。


 ちょっとかわいそうになるくらい、毎日セシルはボロボロになりました。でも、たとえ大怪我をしたとしても休むことは許されません。バゼルの雇った魔術師が、魔法で傷を治してしまうからです。


【七本槍】スラッド・アークマンがセシルの教育係としてやってきたのは、そんな過酷な日々がしばらく続いたあとでした。


 けれどもスラッドさんが先生になったことで、状況は改善します。生と死のあいだをさまようようだった訓練は、理論立てられたまともな授業へと変わったのです。


 けれど、セシルにはそれが不服だったみたいです。


「師匠! こんなぬるいやり方で、ボクは本当に強くなれるんですか?」


 朝から始まった座学の途中で、疑問をぶつけるセシル。いかに効率的に剣技を習得するか、という、どう考えても役に立ちそうな内容にも不信感を持ってるみたいです。


 この頃になると彼女にとって、強くなることと苦しいことは、イコールになってたみたいです。だから、こんなに楽をして強くなれるはずがない、と強く思い込んでいます。


「……セシルちん、バゼルのおっさんに気に入られようとするの、もうやめたら?」


 手にした本をたたみながら、苦々しげにスラッドさんは言います。


「痛々しくて見てらんないよ。セシルちんには剣の才能がある。焦らなくても、二十歳になる頃には王国でも五本の指に入る剣士になれるだろ?」

「五本の指……。それじゃダメなんです。お父様に認められるには、もっと強くならないと。それこそ、レイニーにだって勝てるくらいに!」


「レイニーちんに? そりゃ無理でしょ。彼女はエルフ。その剣は何百年も磨かれた技術の結晶だよ? それを人が身に着けようなんて、命を何度燃やしたって叶わない。バゼルのおっさんは、キミに死ねとでも言ってるんじゃないか?」

「そんなことありません! お父様はボクのことを想って――」

「あの人は変わった。もうなにを考えてるのかわからん。【魔の大地】から戻ってきてあんま経ってないけど、それでもおっさんの噂は結構聞いたよ。学園長の地位や、過去の名声を使ってあくどい事をやってるってさ」

「全部デタラメです! 師匠は、お父様のことを信用していないんですか? かつての仲間なのに!」

「それとこれとは話が別なんだ、セシルちん。いいかい、おっさんは君のことを娘だなんて思ってない。君は利用されてるんだよ」


 スラッドさんは当然、彼女がバゼルの実の娘でないことを知っています。レイニーが私とセシルを拾ったときも、バゼルの奥さんが亡くなったときも、その場にいたのですから。


 だからこそ、セシルの境遇に同情したのでしょう。


 私だってそうです。バゼルに託されたのが、もし私だったら?


 私は多分、セシルの半分も頑張れなかった。


 努力の量なら、誰にも負けていないと思っていました。学園に入ってから剣を振った回数なら、絶対に私が一番だって。


 だから――セシルが羨ましかった。才能があって、なんの苦労もなく冒険者になり、みんなからチヤホヤされて。


 なんであんな人に神様は才能を与えたんだろう。思い込みが激しくて、高飛車で、自己中心的。おまけにファザコンじゃないですか。


 そう思っていたんです。


 でも、違いました。確かに才能はあったのでしょう。その上で、セシルは努力していたのです。


 学園に入る前から、剣を振った回数は私をとうに超えていたのです。


「お父様のことを侮辱するのなら、師匠だって許しません! それ以上言うのなら、今日から師匠はボクの敵です!」

「……あっそ。なら別にいいけど」


 スラッドさんはうんざりした様子で教本を投げ捨て、部屋を出ていってしまいました。


 これがふたりの、仲の悪い原因ですか。マーチさんは「スラッドさんが厳しすぎて関係が悪くなった」とか言ってませんでしたっけ? なんか、だいぶ印象が違います。


「ふっ、ふぐぐぐ……」


 あ、ひとり残された部屋でセシルが泣き出しちゃいました。唇を噛み締め、我慢しようとしていましたが無理でした。


 セシルの瞳からはとめどなく涙が溢れ出ます。


「うううう……。お父様が厳しくなったのは、絶対にボクのためなんだ。ボクがもっと強くなれば、きっと優しいお父様に戻ってくれる……」


 ああ、セシルは曲解しているのです。盗み聞きしたバゼルと魔人との会話を。


『妻と娘のためだよ?』


 魔人の少女はそう言っていました。その娘とは自分のことだとセシルは思っているんです。


 いや、それも仕方ないでしょう。スラッドさんですら気を遣って、彼女が実の娘ではないという真実を口にしなかったのですから。


 様々なかけ違いが、彼女の人生、人間性を狂わせていったのです。


 そして、そんなときにセシルが出会ったのがローゼリアでした。



************************************

どんきです。


物語が回想シーンまっただなかというタイミングで恐縮ですが、

みなさまにお知らせがあります。


「好きで鈍器は持ちません!」



……なんと書籍化します!

それもこれも読んでくれているみなさまの応援のおかげです!

本当にありがとうございます!


ちなみにレーベルはファンタジア文庫様!

イラストレーターは希望つばめ先生です!

すでにめちゃくちゃかわいいキャラデザをいただいているので、

楽しみにしておいてください!

みんなかわいいけど、特にミラさんがね……。正妻オーラがすごいよ……!


発売日は9月19日!

どうぞ引き続き、好き鈍をよろしくお願いします!

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