第35話 橋の再建を手伝います。

「ちょ、ちょっとどいてくれ」


 私を取り囲んでいる大工さん達を押しのけ、三十手前の小柄な男性が前にやってきました。


 小柄といっても、二の腕はバッキバキに仕上がっていて、見るからに彼も大工さんなのですが。


「なあ。あんたもしかして、ティアレット大聖堂の工事に関わってた子じゃないか?」


「え? どうしてそれを知ってるんですか?」


「やっぱり。あんたのことは兄弟子のクルツから聞いてるぜ」


 クルツというのは棟梁の名前です。変な話が伝わっていないといいんですが、と心配していると案の定、弟弟子さんは言います。


「みんな心して聞いてくれ。ここにいらっしゃるのは鈍器レベル驚異の一億超え。一万年にひとり生まれるか生まれないかという天才大工。大聖堂の完成を十年縮めた女。ハンナ・ファルセット大先生だ!」


「えっ! この子があの伝説の大工!?」


「富と名誉を全てかなぐり捨てて、一介の冒険者になったっていう!?」


 ちょ、ちょっと、いくらなんでも尾ひれがつきすぎじゃないですか? さすがに十年は縮めてないですし、どこに捨てるだけの富と名誉があったんですかね……。

 

 てか、伝説の大工って一体。


「そ、そんなすごい人が一緒に橋を作ってくれるのかよ」

「これは勝ったも同然じゃね?」

「どんな橋ができるのか、オラ、ワクワクしてきたぞ!」


 さっきまで意気消沈していた大工さん達のテンションが、一気に吹き返しました。水を差すようで悪いんですが、誤解は解いておかなければ……。


「あ、あの、私、あくまで魔物から橋を『守り』に来たんであって、橋を『作り』に来たわけじゃないんですけど――」


「またまたあ!」


「いえ、今のは謙遜とかそういう類いのものではなくてですね……」


「よっ、匠!」

「先生!」

「名大工!」


 ダメです。話を全然聞いてくれません。これは本当に、工事の手伝いからスタートしなきゃいけなさそうですね。


 これ、大工としての報酬は、一体どこから出るんでしょうか……?



***


「で、次はどうするよ?」



 翌朝。川べりに集まった大工さん達は腕を組んで唸ります。


 橋が壊されたのはこれで四回目。橋の強度はすでに上げきった、というのが全員の見解で、これ以上はやりようがないと思っているみたいです。


「同じ設計でも、ハンナ先生が作ったらすげえ強度になるんじゃないか」

「いや、そういうのはないですから」


 多少は違いが出るような気がしなくもないですが、クラーケンの触手攻撃に耐えられるかと言われたら無理です。


「なんかいいアイデアないですかね、先生」

「うーん。そうですね……」


 絶対に壊れない橋。


 面白そうなテーマではあります。建築物の仕組みは一通り棟梁から教わってますし、アイデアもないわけではありません。


 スレーン川の幅は私の短い足で百歩分くらい。前回の橋は、触手攻撃で真ん中の三十歩分くらいが崩れ落ちています。今残っている部分を活かしつつ、壊れたところに橋を架けるのが一番手っ取り早いでしょう。


 橋のまわりには、橋の材料である石材や木材、金具が大量に積み上げられています。


 ふむふむ。あれをこうしてああすれば……。うん、いけそうな気がしてきました。


「私、図面とか描けないんで、小さい見本を作りますね。いらない木材をもらってもいいですか?」


「もちろんです。おい、適当に持ってきてくれ!」


「へい! わかりやした!」


 しばらく待つと、指示された若手大工さんが担いできたのは短く切られた丸太です。


「馬鹿野郎! 適当とは言ったが、丸太で持ってくるやつがあるか!先生にこんなとこから模型を作らせる気かよ!」


 現場を取り仕切っている親分さん――棟梁の弟弟子にあたる方が、若手を叱りつけます。


「いや、大きさを言ってくれればあっしが切りますけど……」

「いえいえ、そのままで大丈夫ですよ」

「へ? そうですかい?」


 きょとんとする大工さん達を尻目に、私は地面に置かれた丸太を小ハンマーでコンッとひと叩き。


「鈍器スキル【木材成型】」


 すると丸太はバラバラとひとりでに分かれ、手頃なサイズの木材へと変化します。


「えええええええ!?」


 盛大に驚いてくれる大工さん達。こうリアクションがいいと、こっちもやりがいがあるってもんです。


 木材はすでに、全てベストなサイズに加工してあります。あとは組み立てるだけ。


 他にも材料をいくつか拝借すると、大した時間もかからずに橋の模型は完成しました。


「手際がハンパねえ……」

「ハンマーだけでどうやったらこんなものが作れるんだ……?」

「我々は今まさに、神を目撃したのかもしれん……」


 呆気にとられる大工さん達。ただひとり、親分さんだけが冷静さを保ち、私の模型をじっくりと眺めます。


「確かにすごい。だが、木造というのが気にかかる。これじゃ、またクラーケンが出てきたら一発でおしまいじゃねえですかい?」


「――と思うじゃないですか。ふふふ、実は仕掛けがありましてね」


 待ってましたとばかりに、私は模型を使ってこの橋の”秘密”を披露します。


 おおー、と上がる歓声、そして拍手。


「一撃目で壊されなければ、そのあとは私が魔物を撃退します。本職は冒険者なので!」


「いけるかもな……」

「おもしれえ……。やってやろうぜ!」


 大工さん達のモチベーションはブチ上がり、一斉に立ち上がりました。

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