第36話 愛くるしさの権化です。

「この模型を参考に、俺が図面を引くぜ!」

「なら俺らは木を切っとく!」

「こっちは石橋の残ってる部分を整えとくぜ!」


「ええ、お願いしますよ、みなさん!」


 誰も指示しなくても、自分の役割を見つけ、率先して行動を起こす――さすがのチームワークです。

 

 うーん、なんだかこっちの物作り魂にも火がついちゃいます。私もお手伝いできるところはするとしましょう。


 そう思って立ち上がろうとすると、背中にふにゃっとした感触がぶつかってきました。


「楽しそうっスね、みなさん。なんの話をしてるんスか?」

「え……? うわ!」


 振り向くと、背後にいたのは私と同じくらいの背丈の女の子。


 短い銀髪に、すべすべとした小麦肌。明るい黄色の瞳は人なつっこく輝いてます。


 そんな愛らしさをぎゅっと詰めこんだような子が、いきなりスキンシップを取ってきているんです。同性でも動揺するってものです。


「あなたが橋を直しに来たっていう、さすらいの天才大工さんっスか?」


 大工じゃなくて冒険者です、と返したかったのですが、あまりにあどけない、無垢な表情で見つめられると言葉が出てきません。

 

 うん、私もう大工でいいかも……なんて思っちゃいます。


「わ、私はハンナ・ファルセット。そういうあなたは?」

「ガレちゃんっスか? ガレちゃんは、ここの工事監督をしてるお父さんの娘っス!」

「ということは、あのハ――監督官の娘さん?」


 あぶないあぶない。

 あやうく相手の親をハゲ親父って言いかけてしまいました……。


「そうっス。ガレ・アルセリアっス! ここでは大工さん達のお手伝いをしたり、しなかったりしてるっス! どうぞお見知りおきをお願いするっス!」


 私から離れると、びっと手を頭上に掲げるガレちゃん。


 は? なんですかこの生き物。

 

 わんこみたいで死ぬほどかわいいんですが……!


 多分、ガレちゃんって私よりひとつかふたつ、年下ですよね。はああ、無性に妹がほしくなってきました。


「お、ガレちゃん。今日も元気だな!」


 大工さんのひとりがそう言ってガレちゃんの頭をなでます。


「はいっス! 元気だけがガレちゃんの取り柄っす!」

「元気だけが取り柄? なわけあるかよ。元気な上にかわいい、だろうが!」

「わあー、恐縮しきりっス!」


 なでられて、気持ちよさそうに目を細めるガレちゃん。


 うわ、私も頭をなでたい。なで回したい……。


 そんな欲望にかられて手をわきゃわきゃ開閉していたら、他の大工さんに笑われました。


「ビックリっしょ? あのクソ野郎の娘には見えねえですよね? 全く、ガレちゃんだけがこの工事現場の癒やしですぜ……」


「ヤバいですねアレは。私、監督さんのこと嫌な感じの人だなと思ってましたけど、あの子を誕生させてくれたというだけで許せそうになってます」


「わかりますよ。俺らもガレちゃんがいなかったらとっくにこんな現場投げ出してますから」


 納得です。確かにそれだけのかわいさがガレちゃんには備わっています。

 

 人間離れしたかわいさと言っても、過言ではありません。天使です天使。

 

 とか思ってたら。


『懐かしいもんがおるなー。マジもんの【悪食】やん』

『せやなー。何百年かぶりに会うたわ』


「ん?」


 鈍器の神様、二匹のクマさんの声が聞こえてきました。懐かしい?


 【悪食】って、なんのことを指して言ってるんでしょうか?


「ねーねー、なんの話をしてたんスかあ?」


 てこてこと寄ってきたガレちゃんが、上目遣いに訊ねてきます。


 うひょー! あまりにかわいくて、神様達のことなんて一瞬で気にならなくなってしまいました。


 思わず私は頭をなでます。ふおお、この銀髪さらっさらですよ。気持ちいい! 


 ……って、さっきからなんだか興奮して変態さんみたいになってますね……。


 すうー、はあー。深呼吸したらちょっと落ち着いてきました。


「橋をどう直すかを議論していたんです。私は冒険者ですが、みなさんの手伝いもしようかと思います。まずは守る橋ができないと、冒険者としての私の仕事も終わらないですからね」


 キリっと表情を引き締めて、私は答えます。年下の子にカッコつけたくなっちゃうお年頃なのです。


「ハンナさんは仕事ができる冒険者なんスね! 憧れるっス!」


「え!? 憧れますか私に!?」


 どんくさいだのダサいだのとはさんざん罵られてきましたし、鈍器レベルが上がってからは『すごい』はたまに聞くようになりましたが、憧れるとはなかなか言われません! 

 

 しかもガレちゃんみたいなかわいい子に言ってもらえるなんて!


 冒険者冥利に尽きるとはこのことです!


「でも、みなさんを手伝うのはちょっと待ってほしいっス。お父さんが来てほしいみたいっスから」


 それを聞いて、私は一瞬で興ざめし、すんっと真顔になりました。


「あの、監督さんが、ですか……?」


 なんでしょうねえ。嫌な予感がしてきましたよ。


 大体こういうときって、予感したときよりもさらに嫌な気分にさせられるんですよね……。

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