第71話 遅ればせながら再会です。

「あのお、王女様……?」


 王女様は結界の更新に取りかかろうとしていますが、私としては彼女とガレちゃんとの再会を早く実現させたいです。


 結界の更新は、一刻を争うわけでもないですし。


 けれど、みなまで言うなとばかりに王女様は手で制止します。


「さっきは思わず、適当なこと口走っちまっただけなんだろ? その犬がガレちゃんだなんて、最初から信じてねェから」


「いや、そうではなく……」


 なんか王女様って、ふてぶてしく見えてやたらとネガティブ思考ですよね。ここまで来ると、私の信用が高いとか低いとか、そういう問題じゃないような気がしてきました。


「くぅーん」


 ててて、とガレちゃんがすり寄っていきますが、王女様は近づかれた分、同じだけ距離をとります。


「おい、ひっつこうとすんな! 犬を見ると、フェンリルを連想してイラつくんだよ!」

「あっ、穴に近づかないでください! 危ないですよ!」

「え、……うわっ!」

「あぶない!」


 体勢を崩し、【巨大臼】であけた穴に落ちそうになる王女様。


 まずいと思い、鈍器スキルを発動しかけましたが、彼女は自力でなんとか体勢を立て直しました。私はほっと胸を撫で下ろします。


「あ、あぶねー。おい、さっさとこの穴、閉じといてくれよ。テメェの鈍器スキルならあっという間だろ?」

「そ、そうですね」


 こんな危険な穴、さっさと直しておくに越したことはありません。


 そう思い、ハンマーを振りかぶった、そのときです。


 ブワッ! 穴から飛び出してきた影。そして強い突風が顔を打ちます。


「なっ――」


 現れたのは――血まみれの竜兵ドラグーンでした。


 びっくりです。まだ生きてたんですか!


 満身創痍の風体ですが、口内は充填完了とばかりに、真っ赤に光ってます。


 再び【フレア・レイ】を撃つ気です。


 どうやら誰かひとりでも道連れにしてやろうという魂胆のようです。


 その狙いは――最悪にも、穴のそばにいた王女様に向けられています。


「くそっ! 【ミーティア】!」


 最初に反応したのはスラッドさん。すぐさま魔槍の一本を竜兵に投げつけます。


 流星のように光を纏った槍は、瞬時に龍兵ドラグーンの右翼を貫通しました。


「――鈍器スキル【空気の杭】!」


 はっとして、負けじと技を放ちます。透明な杭は、スラッドさんの攻撃とは逆の、左翼に命中します。


 穿たれた両翼は浮力を失いますが、落下までに一瞬の猶予ができてしまいます。


 それが致命的でした。竜兵の口から【フレア・レイ】が放たれてしまったのです。


 断末魔の一撃は、それまでの熱線とは比べ物にならない威力でした。


 それは巨大魔石を縦に裂き、王女様の頭上まで迫ります。


 王女様は反応できていません。結界魔法を唱えて防御するにも、時間がなさすぎです。


 万事休す――というときに飛び出したのは、ガレちゃんでした。


 すぐそばにいた彼女は王女様に覆いかぶさるように、その身体を倒します。


 わんこの姿のままでは力が足りません。ガレちゃんは瞬時に人の姿へと変わり、すんでのところで王女様の命を救います。


「ナ、ナイスです! ガレちゃん!」

「はいっス! ガレちゃんは鼻だけじゃなくて、反射神経もバツグンっス!」


 自画自賛するガレちゃん。どうやら怪我はなさそうですね。


「鈍器スキル【頭骨粉砕】!」


 私は跳躍し、敵の頭部にハンマーをぶちかましました!

 竜兵ドラグーンの頭蓋骨はくしゃりと潰れ、瞳から光が失われます。


 そして、今度こそ絶命し、階下へと落下していきました。


「鈍器スキル【穴塞ぎ】」


 万全には万全を期して、地面を叩く私。大穴はみるみるうちに閉じ、真っ平らになります。これでもし竜兵が息を吹き返したとしても、もう上ってくることはできません。


「ガレ……ちゃん?」


 人の姿に戻ったガレちゃんを見て、覆いかぶさられた王女様が目を丸くします。


 ガレちゃんは彼女に向き直ると、照れくさそうに鼻の頭をかきました。


「王女様、覚えてくれてたんスね。ガレちゃん、すっごく嬉しいっス……」


「本物、なの……?」


「はいっス! ガレちゃん、死んだことになってるっスけど、本当は生きてたんス。ご主人様――ハンナさんに助けてもらったんスよ」


 それを聞いて王女様は勢いよく上体を起こし、ガレちゃんの身体に抱きつきました。

 

「ガレちゃん、ガレちゃん……!」


 ボロボロと、王女様の瞳から大粒の涙が零れます。あれだけ強気だった彼女の顔は、一瞬でぐしゃぐしゃに崩れていましました。


 ガレちゃんも王女様の背に腕をまわし、ぎゅーっと力を込めます。


「ふにゅー。王女様、お会いたかったっスー!」

「バカ……! オレのほうが会いたかったに決まってんだろうが……!」


 よかった、よかったです……!


 特に王女様にとっては、親友が生き返ったようなものですもんね。嬉しくて泣き出すのも無理ないです。


 いやぁ、ふたりを見ていたら、私までうるっと来てしまいます……。


「……ハンナちん、これ、どういうこと?」


 わけがわからないといった表情でスラッドさんが訊ねてきます。他のパーティメンバーの反応も似たようなもの。


 ただひとり、女神官のクレアさんだけは、状況を理解しないままつられて泣いてました。


 これ、あとできちんと説明して、口封じしとかなきゃいけませんね。ガレちゃんが生きてることが公になったら大変ですし。


 と思ってたら、ですよ。


 オオオオオン、オオオオオオオン……。


 突然、洞窟の大広間に巨人の泣き声のような音が鳴り響きました。


「こ、今度はなんですか!」


 まさか、またヤバい魔物が出てくるんじゃないでしょうね。


 ビクビクしている私に、クレアさんが涙を拭いながら答えます。


「多分、【人の大地】を覆う結界が壊れかけているのだと思います……」

「ええ、なんでいきなり!?」

「うんにゃ、いきなりってわけでもないでしょ。巨大魔石がこんなになってたらさぁ……」


 スラッドさんが指差したのは、先ほどの【フレア・レイ】の熱線で真っ二つにされた巨大魔石。


「あ。あー……」


 大いに納得です。結界は、巨大魔石に内包されている魔力によって支えられていました。それがふたつに割れたということは、結界を支える魔力もまた、半分に減っているということ。


「これ、もしかして単純に結界を更新すればいい、って話じゃなくなってきてます?」


 スラッドさんは苦々しい顔で「ああ」と吐き捨てます。


「更新したら結界は安定するだろうけど、その範囲はこれまでの半分くらいに減っちまうだろうねぇ。結界の外に弾き出された領域には、もう人は住めなくなるだろう……」


 う、嘘でしょう?


 せっかくここまで地下迷宮を下りてきたのに、無駄足どころか、状況を悪化させてしまうなんて……!

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