第38話 鍛冶でストレス解消です。

 川べりに戻ると、大工さん達は手際よく橋づくりを進めてくれていました。

 

 さすが壊されても壊されても、物作りへの情熱を保ち続けた人達。熟練度が違いますね。


 では私は、彼らにできないことを担うべきでしょう。

 

 まずは橋の組立に必要となる金具づくり。何度も壊された橋の残骸が山積みになっていたので、そこから材料にできそうな鉄くずを入手します。


「よっと」


 大ハンマーのヘッド部分をくるりとひねると、円柱の一部が外れ、平らなお皿に早変わり。

 

 これ、なんだと思います? 実は簡易の金床なんですよ! しかも表面には鉄よりも固くて熱を帯びにくい、グローレン鋼が使われています。


 旅の途中でも鍛冶ができるようにとの師匠の配慮。最高の仕事です! なんだか「冒険にかまけて鍛冶の腕を落とすようなら殺すよ?」とプレッシャーをかけられているようでもありますが!


「鈍器スキル【火造】!」


 スキルで熱を帯びたハンマーで、金床に置いた鉄くずを叩いていきます。何度も叩いていると、鉄はみるみるうちに熱され、赤く染まります。


 うん、やっぱり鉄はいいですね。叩けばちゃんと響いて、色んな形に姿を変えてくれます。

 

 ワイズみたいなダメ人間も、叩いたらちょっとはマシにならないでしょうか。


「あーやだやだ。不快です!」

「……申し訳ないっス」

「にょわっち!」


 ストレスをぶつけるように鉄をガンガン叩いていると、いつのまにか背後にガレちゃんが立っていました。いや、元気がなさすぎて気配を感じませんでしたよ。


「不快なところにお呼び立てして、お詫びのしようもないっス」

「う、ううん? 別にガレちゃんは悪くないでしょ!」


 そう。悪いのは全てあの男です! ガレちゃんも娘なのにひどい仕打ちを受けているようでしたし、なにからなにまで許せません。


「……ところで、なんで鉄を叩いてるんスか? 金属の形を変えるんなら、ドロドロに溶かして型に流し込めばいいんじゃないっスか?」

「あ、これ?」


 私の作業が彼女には不思議に思えたみたいです。確かに鍛冶を見慣れてないと、どうして鉄を叩くのかわからないかもしれませんね。


「こうやると鉄の質が上がるんですよ。普通の鉄には炭素が含まれすぎているので、それを叩き出す必要があるんです」


 鉄と炭素の関係性は面白いです。炭素の含有量が多くなると鉄は硬くなりますが、同時に脆くなってしまいます。一方で炭素が少なくなると柔らかく粘りが出てきます。

 

 なので、なにを作るかによって、炭素の量を適切に調整しなければなりません。


 今、私が作ろうとしているのは鎖。それも、めっちゃ強靱なやつです。


 物を叩くって、とても奥が深いです。壊すこともできれば、整えることだってできるんですから。


「ガレちゃん。あの親父にいじめられているんだったら力になりますよ。私、虐げられている人は助ける、をモットーに冒険しているので!」


 作業を続けながら、私はガレちゃんに提案します。


「そうだ。どうせなら、橋が完成したら私と一緒にティアレットに来ませんか? きっと楽しいと思いますよ?」

「でも、橋はまた壊れちゃうっス……」

「だから、そうはさせないですって。なにせ私がいるんですからね!」


 うーん。どうしてもガレちゃんの前ではカッコつけたくなってしまいますね。

 

 他の人に見られたらダサいと思われそうなポーズやキメ顔も、彼女なら素直に受け取ってくれそうですし。


「ハンナさんって大工として天才なだけじゃなく、強いんスねえ。お父さんにもあんなに言い返せるっスし……。憧れてしまうっス」


「ガレちゃんも言い返してやったらいいんですよ。『このハゲ』とか『たいまついらず』とか『脳天全裸野郎』とか」


 いけません。私としたことが、身体的特徴をあげつらう言葉ばかりになってしまいました。


 ガレちゃんはくすりと笑ってくれましたが、すぐに首を横に振ります。


「ダメっスよ。ガレちゃんはお父さんに恩があるっスから……」

「恩?」

「はいっス。ガレちゃんのことを育ててくれた恩っス」


 なんだか不思議な物言いです。育ててくれた恩、ですか。


「私、血の繋がってないエルフのお母さんに育てられたんですけど、その人に対して恩がある、とは思ってないですね……。感謝の気持ちはもちろん持っているんですが、恩って言葉にするとなんだか他人行儀じゃないですか?」


「そっスかねえ」

「そうですよ」


 実の親を知らない私が、彼女に親子関係を語るというのも変な気がしますが――それでもやっぱり、ガレちゃんの言ってることはおかしいです。


「確かに監督さんはガレちゃんにご飯を食べさせているのかもしれないですけど、ガレちゃんにはいるだけでみんなを癒やす力があります。この工事現場だって、ガレちゃんがいるから大工さん達が頑張れるんです。むしろ監督さんがガレちゃんに恩を感じるべきです。私がガレちゃんのお母さんだったら、かわいがりまくってる自信がありますよ?」


「あはは。冗談でもそう言ってもらえると嬉しいっス! ガレちゃん、ハンナさんの娘として生まれてきたかったっス!」


 にこっと笑うガレちゃん。はああ、かわいい! 今からでも娘になってほしいところです。


「ちょ、ちょっと一回でいいので『ママ』って呼んでもらっていいですか……?」


 あまりにかわいすぎるので、こういう変なお願いをしてしまうのも仕方ないですよね。私が悪いんじゃありません。ガレちゃんがかわいすぎるのがいけないのです。


「ママー!」


 ガレちゃんが私の胸に飛び込んできます。うわー、そこまでは要求してないんですが、いいんですか!?

 

 なんて思ってたら、胸のなかで鼻をすする音が聞こえました。見ると、ガレちゃんの目に涙がたまっています。


「ガレちゃん、大丈夫?」

「ハンナさん。今度こそ魔物からみんなの橋を守ってほしいっス。もうガレちゃん、二度と橋が壊れるところを見たくないっス」

「……あたぼーです。任せておいてください」


 ガレちゃんの頭をなでながら、私は決意を新たにします。ルドレー橋だけでなく、この子の笑顔も守ります。


 鈍器レベル一億が伊達ではないこと、見せてやるのです。

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