第83話 ニセでも強さはホンモノです。
「魔人だって……?」
フロアに留まった近衛兵のみなさんは、みな呆気にとられています。
「ええ。騙されないでください。この男はスラッドさんなんかじゃありません。人間になりすます能力を持つ魔人、ダウトです!」
私は槍を持つ男を指差し、その場にいる人全員に聞こえるよう言い放ちました。ダウトにとっては、スラッドさんに罪をなすりつけるところまでが狙い。
まずはそれを阻止しなければならなかったからです。
「――ふふふふふ。なりすます、っていうのは少し違いますねぇ」
ニセスラッドさん――ダウトは髪を大きくかきあげます。蔦状の痣は拡がり、もはや顔全体を多いつくしています。
「前と同じように、私が【七本槍】をカードに変え、なりかわった――そう貴女は思っているようですが、違います。この身体は、スラッド・アークマンその人のものなんですよ」
「なんですって……?」
「つまり、なりすましではなく、乗っ取り。元々、魔人は結界内では本当の力を発揮できませんからね。スラッドの身体を乗っ取るのは規定路線だったんですよ」
彼は己の懐から一枚のカードを取り出しました。それは私がダウトを倒した後に拾い、スラッドさんに見せるために冒険者ギルドに持ち込んだものです。
けれど、金色に光っていたはずのそのカードには、もはや輝きはありません。蝉の脱け殻のように、鈍い茶色に変色してしまっています。
「ティアレットでスラッド・アークマンに倒され、カードとなって彼の懐に飛び込み、乗り移る。その後、死んでいると見せかけてじわじわと精神を蝕み、身体を自在に操れるようにする。そういう手筈だったんですよ」
あのカードはダウトの本体ではなく、単なる器に過ぎなかったのです。
もしかしたらダウトには、最初から実体なんて存在しなかったのかもしれません。
形のないものであり、だからこそなんにでもなれる者。
それが――魔人ダウト。
なんということでしょう……。それが本当なら、ダウトに手を貸してしまったことになります。スラッドさんにカードを渡したのは、他ならぬこの私なのですから。
「スラッドさん、目を覚ましてください!」
「ふふふ、無駄です」
「魔人に意識を奪われるとか、特A冒険者失格ですよ! 恥ずかしくないんですか?」
「言い方を挑発に変えたところで、届きはしませんよ」
「今、目を覚ましてくれたら、ミラさんと一日デートしてもいいですよ!」
「ぐ、む、無駄だと言っているでしょう!」
あれ? なんか今のはちょっと効いてたような……。気のせいですかね……?
いや、きっと気のせいでしょう。いくらスラッドさんでも、ご褒美のあるなしで魔人への抵抗力が増減するなんてないと思いたいです……。
「スラッドさんの身体を乗っ取れるなら、どうして今まで出てこなかったんです?」
結界を更新する前にマリアンちゃんを殺されるのが、私達にとっては一番最悪なシナリオでした。そして、そのチャンスはいくらでもあったはずです。
なにせ私、スラッドさんがマリアンちゃんを殺そうとするなんて露ほども考えてなかったですからね。
「それは貴女のせいでしょうが! 馬鹿力で馬鹿みたいに何度も叩くものだから、回復に手間取ったんですからね! これではアミューズ様から大目玉ですよ!」
「へえ。それを聞いてちょっと安心しました。あのとき、オーバーキルしといた甲斐もあったってもんです」
なるほど。スラッドさんとの戦いになったら、タイミングを見計らって死んだふりをして、ダメージを最小限に抑えるつもりだったわけですか。
あのとき私はガレちゃんに化けられてなかなか腹が立ってましたし、ダウトをボコボコにしてやりました。それがあとになって功を奏したということです。
まあ、カードになった時点で焼いとけばベストだったんですが……。
魔人ダウトはニヤリと笑うと、私に問いかけてきます。
「ところでもう一度、訊いてもいいですか? あなた、本当に邪神側に寝返るつもり、ありません?」
「は?」
「あなたの実力はA級冒険者、いえ、もしかすると特Aにも匹敵します。あなたを連れ帰れば、アミューズ様の怒りも多少は和らぎそうなんで助かるんですけど……」
おや、さっきのお誘いは本気だったみたいです。私が邪神の司る「鈍器」を使っているのがお気に召したんでしょうか。
……全然嬉しくありませんね。
でも――こんな風にして勧誘されてしまった人も、なかにはいるのです。
理事長。あの人はマリアンちゃんを殺害するために、この魔人と手を組んでいたことになります。つまり、邪神側についていたのです!
そんなのってありますか? 国を牛耳る権力を握りたいがために、人間全てを裏切るだなんて。
「……てやんでーです。私がそんな戯言に乗ると思います?」
ずいぶんと見くびられたものです。
「私は鈍器使い。曲がったものがあると、真っ直ぐに叩き直したくなる性分なのです!」
魔人ダウトは知らないでしょう。
レイニーの仲間であるスラッドさんに認められて、私がどれだけ嬉しかったか。
そして特A冒険者であるスラッドさんとの迷宮探索が、どれだけ勉強になって楽しかったか。
なによりスラッドさんは――どれだけ私が無能だと知っても、見捨てたりしませんでした。
学園時代、どれだけの先生、先輩、同級生が、私になにかを教えようとして、匙を投げてきたと思います?
早ければものの数分で、長くても数時間で「どれだけ教えても無駄」だと諦め、私なんて最初からいなかったかのように扱ったのです。
けれどスラッドさんは、どれだけダンスの才能がなくても、根気強く教えてくれました。
そしてついには、鈍器スキルを応用するという裏技まで考えついてくれたんです!
鈍器しか取り柄のない私に、新しい世界を見せてくれたんですよ!
――いや、結局は鈍器スキルを使ってるので、鈍器の世界を拡げてくれた、と言ったほうが正しいのかも知れませんけれど!
「残念です。……死にますよ、貴女」
「それはやってみなきゃわからないでしょう! ――鈍器スキル【千本釘】!」
ハンマーの軌道から量産される魔力の釘。それは一本違わず、魔人に向かって降り注ぎます!
「――【ミーティア】」
けれど、余裕の表情で床に槍を叩きつけるダウト。周囲に衝撃が波紋のように拡がって【千本釘】を吹き飛ばしました。間髪おかず、彼は背から新たな槍を掴みとり、私へと投げつけます!
まだ一度も見ていない槍の形状。効果を予測したいところですが、スラッドさんの冒険譚を思い出している暇はありませんでした。
迎撃しますが、槍の先端がハンマーヘッドに触れた瞬間、氷の楔が壁や床にまで伸び、ガチガチに私の武器を拘束しました。
「これは……【絶対零槍ジャベリン】!」
迷宮で目にした【万年炎槍ヘルファイア】と対になる、氷系の魔槍。有名ですし想像だってついたはずなのに、まんまと動きを封じられてしまいました。
「鈍器スキル【
反射的に鈍器を熱して氷を溶かそうとすると、一気に大量の湯気が立ちのぼりました。
まずっ! ダウトだって、氷なんかで私を止められるとは思ってなかったはずです。だとすると、私の視界を塞ぐことこそ【ジャベリン】を放った真の目的だったのでは?
その考えに至り、とっさに身を屈めます。瞬間、頭上を一本の槍が通過していきました。
投げつけられたのは――さっきエリオン王子を刺した毒槍【ブリムストーン】です。
「あぶなっ!」
かすりでもしていたら一巻の終わりでしたよ! ブルッと背筋が震えますが、鈍器はすでに氷の楔から解き放たれています。湯気のお陰で、向こうからも私は見えにくくなっているに違いありません。
突撃、突撃!
私は勇気を奮い立たせ、湯気を突っ切ってダウトの姿を探します。
いました! 私の作った【土壁造】のそばに立っています。その手には――【自動追尾槍スティンガー】。
……武器を拘束から解き放ったのは、私だけじゃなかったみたいです。
「追尾対象:ハンナ・ファルセット」
やっぱりそう来ますよね!
ギュン、と高速で接近してくる【スティンガー】。鈍器で打ち落としますが、弾いても弾いても、性懲りもなく私に飛びかかってきます。
その対処で手一杯だというのに……、ダウトはさらに背中の槍を投げつけてくるではありませんか!
「【万年炎槍ヘルファイア】」
「ちょ、ちょちょちょ!」
見てわかるでしょう! 今は追撃とかしたらダメなタイミング!
「鈍器スキル【空気の杭】!」
魔力製の杭を階段代わりにして吹き荒れる炎から逃れます。わ、我ながら思いついたのが奇跡!
しかし、奇跡でもなんでも利用してやります。【スティンガー】と距離が空いた、この隙にこそ攻撃へ転じなければ!
「【空気の杭・特大】!」
巨大な杭をもう一本作り、ダウトへと叩き落とします。このサイズなら、【千本釘】のようにはいきません。衝撃波程度では弾き返せませんよ!
「――【パトリオット】」
けれども、私は失念していたのです。さっきセシルの【ホーリーエンド・レクイエム】すらも霧散させた、魔力による攻撃を完全に無効にする槍の存在を。
渾身の【空気の杭】は、ダウトの掲げた槍に触れると嘘みたいにかき消えてしまいました。
「くっそー! 反則じゃないですか、それ!」
チャンスタイムはそこで終わり。私は再び襲いかかってきた【スティンガー】を相手にしなければならなくなります。敵にして改めて思いますが、どれもこれも厄介な槍ばかりです!
槍一本に悪戦苦闘する私を嘲笑うダウト。
「どうです? 身体の乗っ取りは私の【人間になる】能力のなかでも最も優秀。記憶だけでなく、スキルも、肉体的な強さも、全てを利用できるんです!」
ええ、そういうことなんでしょうね。
さっきから戦闘経験の差を見せつけられているような気しかしませんよ。スラッドさん本人も、普段こういう戦い方をしているんでしょうね。
「なにより前と違って、貴女は私を本気で叩くことはできないでしょう? この身体はスラッドのもの。私を殺せば【七本槍】もまた死ぬのですからね!」
ああ、それもありましたね。おじさんが人質っていうのは、絵的にあまり映えないですけど、本気で攻撃できないのは言う通りです。
でも――そちらに関してはまだ望みはあります。
ダウトは知りません。かつてガレちゃんからフェンリルの因子のみを叩き出した、私の奥の手を。
ユニークスキル【
あれを使えば、ダウトの因子のみをぶっ叩き、スラッドさんから分離することができるはず!
とはいえ、ですよ。まずは攻撃を当てられるようにならなければ話にならないんですよね。
スラッドさんを本気で殴れないとかいう以前に、防戦一方じゃないですか、さっきから。
――魔人ダウト・イン・【七本槍】。
セシルもフェンリルも、竜兵だってかわいく思えるくらい、こいつは最強の敵です。
これまで戦った敵のなかでは、ダントツ中のダントツですよ……!
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