第8章 鈍器建造
第100話 あまりに大それた脅迫状です。
飛空艇イクスモイラが飛び立ったあと――
なす術のなくなった私たちは冒険者ギルドに戻り、ティアレット支部のギルドマスターとマーチさんに、レーゲンベルクでの出来事を説明しました。
さすがに内容が内容だったので、場所は冒険者ギルド・ティアレット支部二階にある個室を借りました。スラッドさんとの内緒話にも使った部屋です。
その間、隣に座ったローゼリアはだんまり。不機嫌そうに魔法杖につけたストラップをジャラジャラといじっています。というか、帰りの道中でもひたっすら無言でした。私も彼女とは全然喋りたいと思わなかったんで、あえて距離をおいていましたが。
「飛空艇イクスモイラ、か。にわかには信じがたいな……」
ティアレット支部のギルドマスターは、元戦士のおじさんです。年齢は三十後半、長身で細マッチョ。みんながマスター、マスターと呼ぶので、実は私、名前をいまだに知りません(みんな知らなかったりして……)。
なんかこの人、存在感薄いんですよね……。戦士としての実績はバゼルに比べて全然ないですし、剣の腕よりマネジメント力を評価されてマスターを任されているみたいです。
いや、組織としては非常に健全なんですけどね? 脳みそまで筋肉の人がマスターやってたら、まとまるものもまとまらないでしょうし。
鈍器を使う私に偏見なく接してくれるのも好感度高いです。しかし、今回ばかりは疑いの眼差しを向けられてしまいます。
私だって、逆の立場だったら信じられなかったでしょうね。
なにせイクスモイラは神話上の建造物。笑わないで聞いてくれているだけマシってなものです。
「でもマスター。ハンナちゃんが嘘をつくとは思えませんよ。それに他の支部から、驚くほど巨大な鳥が空を飛んでいるのを見た、という情報も入っていますし」
マーチさんは自らの手帳を読みながら言います。なぜ受付嬢のマーチさんがこの場に同席しているかというと、彼女には優れたスキルがあるからです。
――手帳スキル【シェアード・ブック】。
遠くにいる人たちと、手帳を介して情報を交換できる能力。ギルドの受付嬢になるために必須のスキル。
このスキルがあるからこそ、冒険者ギルドは全国各地の情報を、時間差なく共有することができるのです。
「巨大な鳥……。それって、どこの支部からの情報ですか?」
「ええと、エイレーン支部ね」
「飛空艇が飛び立った方角と一致します。それが多分、飛空艇イクスモイラです」
イクスモイラには両側に大きな翼があります。空高く飛んでいれば、鳥に見えてもおかしくありません。
「しかし、現時点ではどうしようもないな。セシル君も誘拐されたわけでもなく、自分の意思でついていったんだろ? それに飛空艇イクスモイラは邪神を倒すべく造られた兵器。アスピスという女が本当に邪教徒でないのなら、我々の協力者になってくれるかもしれない」
「アスピスが飛空艇で【魔の大地】まで飛んで、邪神をやっつけてくれる――そう考えているんですか? それは楽観的すぎるような……」
「可能性は否定できないだろう? 邪神なんて存在がなければ、邪教徒なんてレッテルを貼られることもなかったんだ。邪神に恨みを持っていてもおかしくはない」
「うーん……」
普通、理不尽な理由で迫害されたり、濡れ衣を着せられたら、神様なんて遠くの存在ではなく、近くの人間に恨みを抱くと思いますけどね……。
私も学園ではイジメられていましたから、そういうのはなんとなくわかるんです。
「マーチさんさぁ、セシルと連絡つけられない?」
そこでようやく、ずっと黙っていたローゼリアが口を開きました。
「セシルも【シェアード・ブック】を使えるんだから、同じスキル同士で連絡とりあえるでしょ? そしたらアスピスがなにを望んでいるのもわかるし」
「なるほど。それ、いい考えね。さっそくやってみるわ」
マーチさんはそう言うと、セシルと共有するためのメッセージを手帳に書き始めます。
え、ちょっと待ってくださいよ……。セシル、前からなんでもできるとは思っていましたが、戦闘と全く関係のない、手帳レベルまでもが高いんですか!? なんかもう嫌味を通り越していっそ清々しくなってきたんですが。
これ、あれですね。もし私とセシルが本当に姉妹だったのなら、生まれてくる前に才能吸い取られてますね。うん、やっぱり憎たらしいです。
「きゃっ!」
イライラを落ち着かせようと貧乏ゆすりに集中していたら、急にマーチさんが手帳を放り投げました。
「え、なに?」
これにはローゼリアもビックリした様子です。が、マーチさんの表情はまわりの比じゃないくらいひきつっていました。
「わ、私の手帳が乗っ取られてる!」
なんと、床に落ちたマーチさんの手帳――その革の表紙に、グジュル、とインクのしみのようなものが拡がっていくではありませんか。
しかもひとりでにページがパラパラめくれたかと思うと、まっさらなページに血のように真っ赤な文字が書き込まれていきます。
本来、【シェアード・ブック】による文章共有は、互いの承認がなければできません。けれど、どうやらこの現象は、マーチさんが許可したことによって起きているのではないみたいです。
「これも手帳スキル、なんですか……?」
私の問いかけに、マーチさんはゴクリと唾を呑んでうなずきます。
「ええ。それも私のなんかとは比べ物にならないほど高レベルな……!」
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王国民諸君に告ぐ
我が名はアスピス
伝説の飛空艇、イクスモイラの管理者なり
これよりそなたらには十日間の猶予を与える
それがつきるまでに、グラン王、
およびその一族の首を全て差し出せ
例外は一人たりとも認めない
もし果たされねば、王国中に神の剣が落ちることになろう
******************************
記載はそこまでで終わりました。表紙を覆っていた黒いしみは消え、どこにでもある、なんの変哲もない手帳に戻っています。
「これはヤバいわね……」
自らの手帳をおっかなびっくり拾い上げたマーチさんは、ひとりでに記述された内容を読み上げ、大きな溜め息をつきました。
それと同時に、バタバタと階段を駆け上がってくる音が聞こえ、個室の扉が開かれます。部屋に入ってきたのは、マーチさんの後輩にあたる、他の受付嬢でした。
「マスター、見てください! 私の手帳、おかしくなっちゃいましたあー!」
そう言って、彼女が開いてみせてくれたページには、マーチさんの手帳に書かれたものと全く同じ文言が。
「おいおい……。まさかとは思うがこの現象、王国中で起きているんじゃないだろうな」
「ま、まっさかー」
あはは、とマーチさんは笑いますが、経験から言って、こういうときの悪い想像って大抵当たっているんですよね。
「あ! 他の支部から連絡きました! エイレーンやゼルロンド、グレーベ、それに王都でも手帳の乗っ取りが起きたみたいです!」
マーチさんの後輩は、ほっと胸を撫でおろします。
「なんだ、私だけじゃなかったんだ。よかったー」
「「「「よくない!」」」」
その子以外の全員の声が一致しました。
「え、え、なんですか? 私、怒られるようなこと言いました?」
うん。とりあえず彼女は放っておきましょう。それよりも問題なのは、アスピスが敵であることがハッキリしたってことです。
グラン王の一族って、当然ながらマリアンちゃんやエリオン王子も含まれていますよね……。だとしたら、私にとっては他人事ではありません。そんな要求、断固阻止です。
王国も黙ってはいないでしょう。王族の敵であることをここまで堂々と宣言されて、放置していてはメンツ丸つぶれ。なんとか飛空艇イクスモイラを撃墜しようとするはずです。
でも、相手は神を殺せるほどの力を持った兵器。おまけに空を飛んでいます。騎士や兵士が何人いたところで無駄なわけです。弓矢が届くような距離でもありません。
多少なり役に立つとしたら、宮廷魔術師。でも、王国にそんな優秀な魔術師がいるって話は聞いたことがありませんね……。
「【魔の大地】から、特A冒険者さんたちを戻したほうがいいんじゃないですか? 特Aランクの魔術師なら、魔法で飛空艇を攻撃したり、空を飛べる人だっていますよね?」
当然の発想でした。グラン王国が飛空艇に本気で立ち向かおうとするなら、冒険者ギルドに頼むしかないでしょう。それも頼るなら、王国内で燻っているBランク未満の冒険者ではなく、最前線で活躍するプロフェッショナルたちに、です。
「特Aランクを呼び戻す、か。それができたならよかったんだがな……」
ガリガリ、と悩ましげに頭をかきむしるマスター。
「なにか、あったんですか?」
「ああ。【魔の大地】は、今まさに大パニックだそうだ。最北端の街に【剣闘王】バゼルが魔物の軍勢を率いて現れたらしくてな……」
思わず息を呑みました。バゼルが邪神側に寝返ったときから、いつかそんなこともありうるだろうと思っていましたが――これはあまりにタイミングが良すぎます。
そういえばアスピスは、バゼルとは付き合いが長いと言っていました。
ふたりは結託し、王国を潰しにきている――そう考えて間違いはないでしょう。
「ヤダヤダ、ヤッバーい。これさあ、なにげに詰みかけてない?」
ローゼリアの軽薄な言葉が、そのときばかりはやたらと重く感じられたのでした。
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こんにちは。作者のどんきです。
本日『好きで鈍器は持ちません!』の表紙・キャラクターデザインが公開されました!
https://fantasiabunko.jp/special/202009donki/
ハンナはもちろん、どのキャラもめちゃくちゃかわいいです!
挿絵はどれも素晴らしいので、ぜひ書籍版でお確かめください!
今後とも『好き鈍』をよろしくお願いします!!
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