第57話 私、違いのわからない女です。

 ガレちゃんのあとについてしばらく走ると、南地区に突入しました。

 

 ティアレットの中でも、特に建物が密集している住宅街で、道が大変狭くなります。石畳なので決して走りにくいわけではないのですが。


 ガレちゃんは立ち止まると、二階建ての家を指差して言います。


「魔人ダウトはこの中っス!」


 生活にゆとりがある方が住んでいそうな、しっかりとした煉瓦造りです。


「家の中ですかー……」


 ついに『通り魔っぽいもの』から、『押し入り強盗っぽいもの』にクラスチェンジしなきゃいけないみたいです。気が重い……。


 トントン、と扉をノックすると、出てきたのは優しげな初老の女性。


「あら、どなたかしら?」


 例によって、パッと見は普通の人。ダウトは記憶まで元の人間から拝借しているはずですから、他の偽者よりさらに違いがわかりません。

 

 私は意を決し、大ハンマーを握りしめます。


「観念してください、魔人ダウト! あなたのたくらみもここまでです!」

「ま、魔人? なんですかそれ」

「まだ私を騙せると思ってるんですか? こっちはにおいで全部わかっているんですからね! 鈍器スキル――」

「ひ、ひいぃ!」


 初老の女性は恐怖におののき、後ずさります。あれ、最後の最後まで正体を現さないつもりなんでしょうか。私、昨日の偽者退治で慣れてしまったので、人のフリを続けられても止めるつもりないですよ?

 

 と思ってたら、ガレちゃんが慌てて叫びます。


「ご主人様、そっちは人間。ダウトは室内にいるもうひとりのほうっス!」

「――【失神打ち】!」


 怪我なく無力化できるスキルに、慌てて急遽変更。女性の頭を優しく叩き、気絶させます。倒れかけたところを支えて、玄関付近の壁に預けます。


「ふう……」

「ご主人様、こんなこと言いたくないっスけど、せめて家に何人いるかは確認したほうがいいっス……」

「な、なに言ってるんですか。私もちゃんとわかってましたよ? この人が魔人じゃないってことくらいは」


 じーっ。ガレちゃんの視線が痛いです……。


「手加減したのはわかったっスけど、おばあさんを叩くのもどうなんスかね」

「あはは……。でも、この後の展開を考えると寝かせておくのが正解だと思いません?」

「それは、まあ……」


 魔人ダウトは、このおばあさんにとって親しい人物、家族に化けていると思われます。


 だとすると、いざ戦闘になったら絶対に誤解されます。下手に動かれたら人質にとられる可能性だってありますし、こうして寝ていてもらうのが一番安全です。


 トン、トントン……。階段を歩く足音。


「――いやはや、よくここがわかりましたねえ……」


 一階へ降りてきたのは、なんと十歳くらいの男の子でした。


 私よりも背が低く、華奢な手足をしていますが、その歪んだ表情や、禍々しさを感じさせる声は、子どものそれでは決してありません。


「こんな平和ボケした街に、私を見つけられるような冒険者がいるとはねぇ。嬉しいですよ、【魔の大地】に来る前に若い芽を潰せて」

「魔人ダウト。せっかく化けているのに、子どものフリはしないんですか?」

「ふふ。私、無駄なことはしない主義でして。それに【千本槍】が相手ならともかく、あなたのような小娘に負けるほど弱くはないのでね!」


 男子姿の魔人ダウトは、細かな刺繍の施された袋から三枚のカ-ドを取り出します。


「具現化せよ! 我がしもべ達よ!」


 それらはダウトの手から離れるとすぐさまコウモリに変化、私に襲いかかってきます!

 

 うわ、カードで人間以外も作れるんですね。


「ふはははは! 一噛みでもされれば絶命する【死神コウモリ】です! 偽物とはいえ、その能力は本物と同等! さあ、この狭い室内で、いつまで躱していられますかね?」


 どうやらこの魔人、結構な自信家のようです。こっちの戦闘力を完全に見誤っているっぽいですし。


「鈍器スキル【千本釘】」


 大ハンマーを軽く振ると、魔力で形作られた無数の釘が顕現します。


 スッ、スッ!


 半透明の釘はコウモリに命中、三匹全てを撃ち落とします。


「…………は?」


 あっという間にカードに戻されたコウモリ達を目の当たりにし、硬直するダウト。ですがすぐに気を取り直し、再び袋からカードを出しました。


「…………ふふふ。なかなかやるじゃないですか。ですが今のはほんの小手調べ。本命はこちらです!」


 なるほど。どうやらあのカード袋に、魔力感知や嗅覚での追跡を防ぐ仕掛けが施されているみたいですね。魔法のアイテムっぽく、刺繍がうっすらと光ってます。


 次にカードから現れたのは、天井につきそうなほど大きな、牛頭の魔物でした。首から下は人のように二足で、手には斧が握られています。


「魔物ミノタウロス! こいつの戦闘力は私の手札の中でも一、二を争いますよ! どうですか、怖かったら震えてもいいんですよ!?」

「うーん。確かにそれはマズいです」

「ふははは! 今さら焦っても遅い! やりなさい、ミノタウロス!」


 魔物が手にした斧を持ち上げるより早く――私は鈍器スキル【ぶちかまし】を牛の脳天に直撃させます。


 ゴォッ!


「は、はああああ!?」


 一瞬にして魔物をカードに戻され、叫び声を上げるダウト。


「いや、危ないところでした……」


 こんなデカい斧を振り回されたら、おばあさんの家がボロボロになってしまいます。


「な、なんですかあなたは!? ミノタウロスは【魔の大地】の冒険者ですら手を焼くんですよ? それをなに楽に倒してくれちゃってるんですか!」

「そう言われましても、倒せてしまうので……」

「魔人が驚くようなことをサラッとやってのけるご主人様、カッコいいっス!」

「えへへ、そうですか?」


 褒められて私がデレッと表情を崩す一方、ダウトはプルプルと肩を震わせます。


「あなた……、騙しましたね? そんな弱そうな外見しておいて、強いじゃないですか!」


「騙したとか、あなたにだけは言われたくないんですけど……」


「ふっ、しかし、私にはまだとっておき、切札が残っています。果たして、あなたは対処できますかねぇ……?」


 ふむ、さすがは魔人です。一度は狼狽を見せたものの、すぐさま余裕の表情を取り戻しました。


「面白そうですね。やってみてくださいよ」

「言われなくとも。とはいえ、ここは狭すぎますね……。あなたも他人の家が壊れるのは本意ではないようですし、いったん外に出ませんか?」

「いいですよ」


 私の同意を受けて、ダウトは入り口のほうへと歩いていきます。外での戦闘は、こちらも望むところです。コウモリやらミノタウロスやらはさっさと倒しましたけど、それでもちょっと室内は荒れてしまってます。

 

 あとで家主にはきちんと謝らなければいけません。家具は壊れていませんし、今ならまだギリ許される範疇です。……多分。


 なんて、ほんの少し気を抜いた瞬間でした。家の扉を開けた瞬間、ダウトが脱兎のごとく走り出したのは!


「……は? ちょ、ちょっと!」


 慌てて追いかけますが、呆気にとられた一瞬のうちに、ダウトとの距離は大きく開いてしまいます。


「外で戦うんでしょう!? なに逃げてるんですかー!」

「すみませんね。私、強者とは正面切っては戦わない主義でして!」


 ここで逃がすわけにはいきません! 先ほどの戦いでダウトが使ったカードは4枚。回収しても、昨夜の時点でのセシルに追いつくだけ。もっとカードを使わせるか、倒してカード袋ごと手に入れないと、ほぼ私の負けが確定してしまいます。

 

 全速力で走りますが、ダウトの逃げ足は速く、距離は離されるばかり。鈍器レベルは一億を超えていますが、素早さは全くと言っていいほど上がっていない私です。狙ってのことではないと思いますが、その弱点を突かれた格好になりました。


「ご主人様! ここは任せてほしいっス! ガレちゃん、本気出すっスよ!」


 横を走っていたガレちゃんが、少しずつ狼に変化していきます。二足から四足へと、姿に伴って走り方も移行します。


「あっ、ガレちゃん! 先に行ったらダメ! 危険です!」


 曲がりなりにも、相手は魔人。いくらガレちゃんがフェンリルになれても、サイズは元の十分の一もありません。追いつけたところで、勝てる保証はないのです。


「大丈夫っス! ちょっと足止めするだけっスから!」


 しかし止めても聞いてくれません。ふたつ先の角を曲がった魔人を追ってダダダダッと先行し、ついにはガレちゃんも視界から消えてしまいます。


 いけません。必死にスピードを上げようと頑張りますが、最初からこっちは全速力なのです。むしろスタミナが切れてペースは落ちるばかり。


 最悪の想像が頭をよぎります。


 無茶しないで、ガレちゃん! そう願い角を曲がったところで、ドン、となにかに衝突しました。

 

「いたたた……」

「痛いっスー!」


 そこにいたのは――人間の姿に戻ったガレちゃんでした。

 

「ガレちゃん! どうしたの? ダウトは?」


 ぶつかった衝撃で尻餅をつきつつも、私は彼女に訊ねます。


「それが……、見失ってしまったっス」


 しゅんと申し訳なさそうにするガレちゃん。


「見失った? でも、それならにおいを辿ればいいんじゃ――」


「それが、おかしいんス。ダウトを見失った瞬間、鼻まで利かなくなってしまったっス……」

「え。このタイミングで?」

 

 さ、最悪です。ガレちゃんの嗅覚に頼れなかったら、ダウトはおろか、ダウトが作り出した偽者すらも探せません。


「絶対これ、ミラさんの薬のせいっス! これじゃご主人様のお役に立てないじゃないっスか!」


 口を尖らせ、文句を言い始めるガレちゃん。うーん、ミラさんが薬の調合を間違えるなんて、想像つかないんですけどねー……。

 

 カード集め終了まで、あまり時間は残されていません。

 

 それでも今は、エッグタルトに戻るべきと判断しました。本当にミラさんの薬が原因で鼻が利かなくなっているのなら、解決できるのはミラさんだけでしょうし。

 

 うわー、わかっていても焦ります。


 セシル、勝負に勝ったら宣言通り『二度と鈍器を持つな』って命令してきますよね……。それされちゃうと私、冒険者として終わってしまうんですが! 難度Aのクエストに同行するどころか、レイニーに会いにもいけなくなってしまいます……。


 お互いの力を真正面からぶつけ合うような勝負を想定してたのに……。鈍くささ、ここに極まれりですよ。ローゼリアの口癖『ヤダヤダ、ヤッバーい』を借りたい気分です。


「おかえりー。早かったね」


 エッグタルトに帰ると、いつも通り店番をしているミラさんが迎えてくれます。いつもならほっとする瞬間なんですけど、今は心を休めている場合ではありません。


「ミラさん。トラブル発生です……」

「どうしたの?」

「実は、ガレちゃんの鼻がおかしくなってしまって――」


 状況を説明しようとしたところで、後ろにいたガレちゃんが服の袖をくいっと引っ張りました。


「ん、どうしたの?」


 こんなタイミングで話を遮ってくるなんて、彼女らしくありません。


「ヤバいっス、ご主人様……。ここまで近づけば、鼻が悪くなっててもさすがにわかるっスよ……」


 それはミラさんには聞こえないくらいの、小さな囁き声でした。


「なにが?」


 私の問いにゴクリとつばを飲み込み、ガレちゃんは答えます。


「ミラさん、いつのまにか魔人に入れ替わってるっス……!」

「え!?」


 怪訝に首を傾げるミラさん。どこからどう見ても、いつもの無表情な彼女です……!


 これが、魔人ダウト? 本当に?

 

 これから私、ミラさん姿の魔人に鈍器アタックしなきゃいけないんですか!?

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