第22話 キノコは串焼きに限ります。

 ミラさんが採集したいキノコは、トルフキノコ。

 

 田舎育ちでそれなりにキノコの知識はある私ですが、トルフキノコというのは聞いたことがないです。


 それもそのはず、トルフキノコというのは、神々の戦いが始まった頃に、ぱったりと消えてしまったという、伝説級のキノコなのでした。


「アベル山で見つけたの」

「へえ、そんなレアなのが、たまたま生えていたんですか?」

「生えてなかった」

「え? でも見つけたんですよね?」

「転がってただけ」


 ミラさんの説明はいちいち言葉足らずなので、ちゃんと質問しながら進めなければいけません。


「転がってたんですか。貴重なキノコなのに?」

「多分、鳥がくわえてたのを落とした。キノコは山の上のほうに生えてる」


 ミラさんが取り出したのは、すすけたように真っ黒な傘のキノコです。


「うーん……。どこにでも生えてる、クロイワキノコに見えますけど……」


 クロイワキノコは、食用としてとてもポピュラーな種類です。

 

 スープなどに入れるとおいしいですし、お肉と一緒に焼いてもいけます。


 私の行きつけの串焼き屋でも定番のメニューです。じゅるり。胃もたれが治ったので、途端に食欲が湧いてきました。


「素人には見分けがつかない。でも値段は全然違う」

「へー。どのくらい?」

「大体三……、秘密」


 あれ、途中で秘密にされてしまいました。

 

 三倍? いや、もしかして、三十倍でしょうか。


 別にどれだけ価値があろうと、取ったりなんかしないのに。まだそこまで信用されてないみたいです。


「で、トルフキノコはなんの薬に使うんですか?」

「背が伸びる薬」

「背が伸びる!? そ、それはもしかして、私のチビな体型も、すらりとしたカッコいい体型にできるってことですか?」


 こくり、とうなずくミラさん。

 

 マジですか……、余計に値段が気になってきました。


「トルフキノコを貴族に売れば、お金の問題は解決。ミラは薬屋を続けられる。あわよくば人工栽培して、がっぽり稼ぐ……」


 拳を握りしめるミラさん。無表情ではありますが、やる気は充分みたいです。


 アベル山はティアレット市街から東に三時間ほど歩いたところにそびえています。

 

 山のふもとは比較的安全なのですが、山頂に近づくにつれて魔物が多くなるため、私のような冒険者が必要になるわけです。


 さっそく私達は山へと向かいます。

 

 さすが薬師、道中のミラさんの足取りは軽快でした。薬草採りのため、山までは何度も通っているのでしょう。


「ミラがトルフキノコを見つけたのは、このあたり」


 アベル山を少し上ったところで、ミラさんが言います。

 

 左右に木々が生い茂っていますが、決して歩きにくくはありません。なぜならアベル山は冒険者の修行地としてよく使われ、踏み入る人も多いのです。


「うわ、さっそくあるじゃないですか、トルフキノコ!」


 木の根元に黒いキノコを見つけて私は指差しましたが、ミラさんは首を横に振ります。


「それはクロイワキノコ」

「え? そうなんですか?」


 どうやって見分けているんでしょう……。

 

「……ちょっとさっき見せてもらったトルフキノコ貸してくれます?」


 私はクロイワキノコを採取すると、ミラさんから借りたトルフキノコと横に並べて見比べます。


 ……全然、違いが分かりません。

 

「光にかざして」

「光に?」


 半信半疑で、私はふたつのキノコを太陽にかざしました。

 

 するとびっくり。トルフキノコのほうは傘に砂金でもついているかのように、キラキラと光るではないですか。

 

「これが一番わかりやすい。伝説のとおり」


 確かに、これは全然違うキノコのようです。


「このあたりには生えてない。もっと上に行かないと……」


 そう言いながら、なぜかミラさんがじっと私を見つめてきます。


 相変わらず無表情ですが、これはなんとなく意図がわかりました。


 山道には木製の看板が立てられており『この先、魔物注意』との表示があります。


 私がちゃんと冒険者として戦えるのかどうか、心配しているのでしょう。

 

 普通、冒険者といったら仲間とパーティを組んで行動するものですし、ひとりの私に不安を感じるのも当然です。


「任せてください。ミラさんは、私の後についてきてくださいね」


 ドン、と私は胸を叩き、先へと進みます。


 アベル山。冒険者学園の生徒だった時も、何度か来たことがありましたっけ。


 私は全然戦えなくて、みんなの足を引っ張ってばかりでしたが……、もう違うってところを見せてやります。

 

「あっ、出た」


 ミラさんが指差す先には、ハリイノシシ。


 動物のような名前をしていますが、れっきとした魔物です。それも、新米冒険者なら一匹あたりに三人かけろ、それが無理ならすぐさま逃げろと言われるくらい、なかなか強い魔物。


 それが目の前に三匹。


 ゴフッ、ゴフゥッ!


 ハリイノシシが私達の気配に気づき、猛突進してきます。厄介なことに、その動きは三匹同時です。右にも左にも、避けようがありません。

 

 仮に避けられたとしても、それだとミラさんを守れないですし。


 けれどまあ……、問題はなしです。


 私はゆっくりと大ハンマーを抜き取り、地面に叩きつけました。

 

「鈍器スキル【逆地均ぎゃくじならし】!」


 シュッ! シュッ!


 三匹のイノシシが私の元へ辿り着くことはありませんでした。地面から土を固めて作られた無数の槍が出現し、イノシシを貫いていたからです。


 建物を上に作る前に地面の高さを整えることを地均しと言いますが、今放ったのはその逆。


 ハンマーで地面の高さを極端に変化させることで槍を作り、前方から襲ってきた敵を一網打尽にする、攻防一体の技。

 

 それが【逆地均し】です。


「どうです。私が冒険者だって、少しは信じてもらえました?」


 振り返ると、ミラさんはパチパチと拍手を贈ってくれます。


「おおー、すごい。本当に冒険者だ」


「ふっふっふ。これでもランクDですからね。こんな魔物、敵じゃないんですよ」

「ドヤ顔のハンナ、かっこかわいい。でも……、技名はダサい」

「うっ! こ、これはしょうがないんです!」


 正確に言わないと、神様がすねるんですから!

 

 ちなみに本格的にすねると、丸一日スキルの効果が弱くなったりするんですよ!

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