第21話 ヘビににらまれたカエルです。
「なあ、ミラさんよ。この方はなあ、金さえ出せばあんたを許してやるって言ってくれてんのよ」
怖いお兄さんが、薬師のミラさんにすごみます。
「それも、たったの一万ペルでいいとさ。安いもんだろうが!」
「そんな大金、どこにもない」
「あ? なけりゃ作るんだよ! この店を売りゃいいだろう? どうせお前にゃ、亡くなった親父さんと違って商才なんて欠片もねえんだからな! それとも、自分を売るほうがいいかあ? それだけの身体がありゃ、お前みたいな無愛想でも金は作れるだろ!?」
ドンドン、と机を叩くお兄さん。どうやらこの人はおばちゃんに雇われた脅し役みたいです。
「いいか。明日までだぞ。明日までに金を用意できなきゃ、こっちにも考えがあるからな」
「ふん。あたしの美を台無しにしたこと、後悔なさるがいいわ!」
おばちゃんとお兄さんはそう吐き捨てると、店を出ていこうとします。
「ん。アンタ、客か? こんな店で薬なんか買うもんじゃねえぞ。どんな副作用に苦しめられるか、わかったもんじゃねえからな!」
しん、と店内が静かになります。なんだか、出直したほうがいいような、重苦しい雰囲気です。けれども、私は店を出て行くわけにはいきませんでした。
なぜなら、この店の主である美少女と、ばっちり目が合ってしまったから。
「……お客さん?」
「いいえ。私、冒険者ギルドの者ですけど」
「あなたが?」
ミラさんは無表情のまま立ち上がると、こちらに近づいてきます。そして私の顔をまじまじとのぞき込みました。
「み、見えないですよね、冒険者には。でも私、意外と戦えるんですよ?」
「ふーん」
ミラさんは私から視線を逸らそうとしません。思わず私が目を背けると、その隙に彼女は――なんとほっぺにキスをしてきたのです。
「にゃ! な、なにするんですか!」
「かわいい」
そんなことを、完全なる無表情で口にするのです。
私はぞおーっとしました。
ヘビににらまれたカエルって、こんな気持ちでしょうか? ここに留まるのは危険。そう第六感が訴えてきています。
ミラさんは店の奥にある戸棚まで行くとガラスの瓶を取り、私に差し出してきました。中には紫色のどろりとした液体が入っています。
「な、なんですかこれ」
「お近づきの印」
き、来ました。怪しげな薬です。
これはヤバいです。お腹を壊すだけならまだしも、飲んだら最後、心を支配されたりして、彼女の実験体として一生を終えることになるかもしれません。
くっ、どんなに嫌でもローゼリアを連れてくるべきだったかも……!
「ミラの薬、飲んでくれないの?」
ミラさんが首をかしげます。し、仕方がありません。多分、いざとなったら多種多様な鈍器スキルのどれかで対応できるはず……。
私は覚悟を決め、差し出された薬を一気に飲み干しました。
「う、うぐぐぐぐぐ」
激烈にマズいです。しかも、なんだか胃のあたりが異様に冷たいです。
まるで氷を直接ぶち込まれたみたいに、いたたたたた……!
ただでさえ暴食で調子が悪かったのに、私の胃はどうなってしまうんでしょうか……!
「…………あれ?」
それは突然のことでした。痛みが和らいできたかと思うと、これまで感じていた胃の重さがすうーっと解消されていくのです。
「胃もたれがすっきりしました……」
もしかしなくても、これミラさんの薬の効果ですよね?
「ど、どうして私が胃もたれしてるってわかったんですか?」
別にお店に入ってからは、お腹を押さえたりとかしてなかったと思うんですけど。するとミラさんはこともなげに返してきます。
「ミラ、一目見れば体調がわかる」
「す、すごいじゃないですか!」
それって薬師として、物凄く有利な才能なのでは!? マーチさんから聞いた噂話は、一体なんだったんでしょう?
「じゃあ、さっきほっぺにキスしてきたのも体調を確認する手段?」
「ううん、それはキスしたかっただけ」
うん、変人であることは間違いないですね!
「あのお……、こんなすごい才能があるのに、どうしてさっきのおばさんには変な薬を渡しちゃったんですか?」
あのおばさんがよほど嫌いだったとか? でも、客商売でそんな好き嫌いは許されませんよね?
「変な薬? そんなの渡してない」
「で、でも肌がカサカサになってましたよね」
「あれは途中。少ししたらツヤツヤになる」
「ええ?」
そんな風には全然見えませんでしたけど……。しかし、身を以てミラさんの薬の効果を体感したばかりなので、信じざるを得ません。
「なら、それを伝えたらいいじゃないですか。おばさん、めちゃくちゃ勘違いしてましたよ?」
「……無理。ミラ、口ベタ。それにさっきのお兄さん、怖い……」
「怖い?」
全然怖がっている風には見えなかったのですが。しかし、私はそのときになって気づきました。彼女の手が、いまだに震え続けていることに。
ミラさん、顔に出ないだけで、本当は感情をしっかり持っている人みたいです。言葉が足りないのも相まって、めちゃくちゃ誤解されやすいんだろうなあ……。
実際、私も完全に誤解してましたし。これはお店に悪い評判も立つわけです。
「……じゃあ、こっちもお近づきの印に」
私は誤解していたお詫びも兼ねて、背負っていたハンマーを手に取ると、店の柱をゴン、と叩きました。
「なにするの? ミラ、お店を潰す依頼は、出してない」
「大丈夫です。私はただ、この店の傾きを直しただけですから」
みしみしと音を立て、斜めに傾いていた柱が元の垂直に戻っていきます。
「なに、これ」
「鈍器スキル【大黒柱】です。これでこの柱は今後も絶対に傾いたりしません」
「……あなた、大工さん?」
「元、ですけどね」
「へえ。驚いた」
全然驚いているようには見えないんですが……、多分本当に驚いてくれてるんでしょう。
「改めて、私は冒険者のハンナ。依頼内容を詳しく聞かせてもらえますか?」
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