第28話 これが私達のお店です。

 そこからは大忙しでした。


 もはや日は暮れていましたが、私は棟梁に会いに行き、ミラさんの店に建築資材を運び入れてもらう算段をつけます。


「みなさんすみません。夜遅くまで働かせてしまって……」


「なに言ってるんです。ハンナ先生のためならこんなの屁でもねぇ!」

「久々に先生の建築を見るの、楽しみですぜ」


 大工さん達はそう言って笑います。これは、つまらない仕事はできません。


「鈍器スキル……【床張替】、【壁補修】、【屋根修繕】!」


 ドン! ドン! ドンッ!


「おおー! さっすが先生!」

「みなさん、あとは外壁の塗りをおまかせしていいですか? 色はイエローで明るくかわいく!」

「合点承知!」


 さて、休んではいられません。今度は師匠の鍜冶屋へ行き、鉄をわけてもらいます。お金は出世払いです。


「すぅー……、いきます。鈍器スキル【超高速鍜冶】!」


 ドン! ドンドンッ!!


 ……そうこうしているうちに、あっという間に朝が来てしまいました。


 ふいー、一休み……と言いたいところですが、まだまだ本番はこれから。


「おつかれさま、ハンナちゃん。これ、依頼主からの報酬よ」


 私は仕事の報告をギルドに行い、マーチさんから300ペルを受けとりました。報酬金は、元々依頼が出された時にギルドへ預けられているみたいです。


 お金なさそうなミラさんに直接請求するの心苦しいと思っていた、登山前の私は馬鹿丸出しです。


 袋に詰まっている銅貨。トルフキノコの値段を知ってしまった後だと少額に感じてしまいますが、クエストクリアによる初めての報酬は嬉しいものでした。


 昨日使った建築資材とか、金属とかのお金にほぼ消えていきますけどね……。山で魔物を倒して手に入れた魔石を売っても、ちょっと足りないかも。


「ところで、Cランクに上がるには、あとどのくらい依頼をこなしたらいいんですか?」


「DランクからCに上がるためには……、そうねぇ、ギルドを介しての報酬を十万ペル稼いだら上がれるわよ」


「ということは、今回とおなじくらいのを三百回以上、ですか……」


 うーん、気が遠くなる思いです。

 地道にやるしかないとはいえ、さすがにやる気が削がれますね。


 まあ、それはさておき、今回の仕事は私にとって、報酬の金額以上に有意義なものとなりました。


 これからの冒険の足掛かりを作ることができたと言っても、過言ではありません。


「ところで、ギルドって貼り紙することって出来るんですか?」


「ん? ハンナちゃんがギルドに依頼を出すってこと?」


「いえ、そうではなく。冒険者に役立つお店の紹介をしたいんです」


「それって……、ミラちゃんのお店?」


 昨日、ミラさんに関する怪しげな噂を教えてくれたマーチさんです。そりゃあ不信感を持つのは当然でしょう。


 けれども、私は眉をひそめた彼女にくすりと微笑みます。


「いいえ、ミラさんと――私のお店です」



「ただいまです」

「お帰り、ハンナ」


 ギルドから戻ってくると、お店のまわりには人だかりができていました。


 道行く人達がミラさんの店を二度見し、少しずつ立ち止まっているのです。


 なかには冒険者ギルドに貼った広告を見て、さっそく来てくれた冒険者も混じってるみたいですが。


「こりゃあ一体、どういうことだ……」

「ここにあったのは潰れかけの薬屋だったはずだが……」


 


 昨日までボロボロの薬剤店が建っていた一角には『冒険者の店エッグタルト』という看板が掲げられた、タマゴを思わせる黄色い外観の、真新しいお店ができていました。


 中には幅広い通路が設けられ、薬品だけでなく、冒険に必要な武器や防具が並んでいます。


 棚はわたしの作った特注品。足元には引き出しがついていて、スッキリとした見た目からは想像もつかないような収納力です。


 そして二階まで吹き抜けになった天井にはガラスの天窓がつき、薄暗かった店内を明るく照らします。


 それでいて光に弱い薬品の棚には、どの時間帯においても日差しが当たらないよう角度を調整されているところに、わたしの技が光ります。


 お店の中央を支える柱やお客さんと応対するための机は、以前と変わりません。ミラさんがお父さんから薬の作り方を習った奥の調剤室も、ちゃんと残されています。


 お父さんとの思い出はそのままに、ミラさんの店は新しく生まれ変わったのです。


「さて、新しくなったお店のお披露目です。お客さんを迎え入れましょう!」


「う、うん。じゃあ……、い、いらっしゃいませ」


 店前に立ち、頼りなくではありますが、ミラさんが声を発します。


「薬と武器。エッグタルトには冒険者に必要なものがたくさん揃ってます!」


 私が続けると、まわりにいた人々はおっかなびっくりといった雰囲気ではありましたが、店内へと足を踏み入れます。


 エッグタルトは柔らかいところと固いところの両方がある、という意味で名付けました。


 つまり、薬と武器。この店ではそのどちらもが看板に恥じないクオリティとなっています。


「な、なんだこの剣は……! 一目で質が違うのがわかる……!」

「こっちの盾も、軽いのに頑丈そうだぞ!」

「しかもめちゃくちゃ安い! どういうことだ!?」


「ふふふ……」


 思わずドヤ顔になってしまいます。


 そこに並んでいるのは、昨夜、師匠のところで作った武器や防具。


 師匠のものには劣りますが、市場に出回っているものと比べたらなかなかレベルの高いものだと自負しています。


 伊達に鈍器レベル、一億を越えてはいないのです。


 まずは武器や防具の品質で客を釣り、薬を試させる作戦ですからね。とりあえず感触は上々といえるのではないでしょうか!

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