第79話 ガラスの靴より鋼の靴です。
「エリオン王子、なぜそんなやつを相手にするんです!」
王子をとられ、みっともなく地団駄を踏むセシル。いや、とるつもりなんて全くなかったんですよ?
だって私は王女派、バリバリのマリアンちゃんびいきなんですから。
「まあまあ、いいじゃないか。ちょっとした戯れだよ、戯れ」
そんなセシルを軽くあしらい、王子は私に手を差し伸べてきます。
「誰? あの子」
「ええと、ほら、あれよ。マリアン王女の結界更新を手助けした冒険者」
あああ、目立ちたくなかったのに、王子に声かけられたことでめちゃくちゃ注目を集めてしまってます。
「あのチビっ子が冒険者? メイド見習いじゃなくて?あんなのが三十年に一度の使命についていったわけ?」
「案外、大迷宮って危なくないのかしら……」
「話を盛られてたのかもね。王女様を英雄にするために」
……はーん。
なんで誘われたのか不思議に思ってたんですが、なるほど。これが狙いですか。
きっとこの王子様、マリアンちゃんの評判を落とせるネタを探していたんです。それでおそらく、私が全く踊れないという噂を聞きつけたんでしょう。
私の拙いダンスは、協力してくれた楽士にも、スラッドさんに付いていたメイドさんにも、しっかりと見られてますからね。別に口止めもしてなかったですし、情報はだだ漏れ。
そして王子は考えたのです。大迷宮攻略に貢献した私がステップすらも踏めず、バカみたく転倒でもすれば、マリアンちゃんの功績は霞むと。
「まさか逃げたりしないよね。それはそれで、姉上の評判を下げることになるよ?」
あざとい、あざとすぎる。
やり口が後見人の理事長と全く一緒じゃないですか!
「ハンナ……」
心配そうに私を見つめるミラさん。安心してください、大丈夫ですから。
「てやんでーです。その
私は王子の手を取ると、鋼の靴を打ち鳴らします!
王子が私の身体を引き寄せ、音楽は躍動を始めます。
リズムに合わせたステップを踏み、私達は広間の中央に躍り出ました。
皆が一斉に会話を止め、舞踏の主役となった私達に視線を注ぎます。
遠く上座にいる王様、マリアンちゃん、そして理事長さえも、王子と私を意識しているのを感じました。
うん、いける。手の動き、足さばき、全て昨夜の練習通りにできています。
鋼の靴を使った特訓は、無駄ではありませんでした!
「ほぉ……」
「なんだか、踊り出したら意外と……」
まわりから感嘆の声が聞こえて始めます。
「やーん。ハンナ、ちゃんと踊れるようになってるじゃーん☆ ステキステキ! 次はアタシだからね!」
ローゼリアまでもが賛辞を送ってくれます。彼女からのは別に要らないんですけど、それくらい様になって見えているのなら悪い気はしません。
「ふん。あんなの大したことない。絶対ボクのほうがダンス上手いのに……」
ローゼリアが評価してくれたので、余計にセシルを悔しがらせることができましたしね。
「変だな……。キミはダンスが下手だと聞いていたんだけど……」
不愉快そうにエリオン王子が顔を歪めます。ほんと、初対面の、険悪だった頃のマリアンちゃんにそっくりです。
「計算が狂いましたね、エリオン王子。これで王女に恥をかかせる企みは失敗ですよ」
それもこれも、スラッドさんの思いつきのおかげです。
『――いいかい、ハンナちん。発想を転換するんだ』
鋼の靴を自作して足にはめた私に、スラッドさんは言います。
『発想を、転換?』
『ハンナちんは今、足になにをはいている?』
『鋼の靴です』
作れって言ったのスラッドさんじゃないですか、と思っていたら。
『違う!』
『は?』
『鈍器だ!ハンナちんがはいているのは、靴型の鈍器!』
『靴型の鈍器……?』
この人、なに言ってるんですかね?
私のダンスが上達しなさすぎて、頭がおかしくなったんでしょうか?
『はい。靴型の鈍器、を十回繰り返し言う!』
『く、靴型の鈍器、靴型の鈍器、靴型の鈍器……』
きっちり言わされました。
『ハンナちんがはいているのは?』
『靴型の鈍器』
『はい、よくできました。……で、ハンナちんはこれからなにをするんだい?』
『ダ、ダンスを踊ります……?』
『違う! 足に鈍器をはめ、床を叩くんだ!』
『は、はい!』
『思い込むのが大事なんだよ! 自分は鈍器を使ってるんだ、と常に意識すること! それができたらきっとキミは踊れている!』
最初はなにをバカな、と考えてしまったのですが……、思い込みの効果は絶大でした。
リズミカルに鈍器を叩きつける。そんなの、いつも大工仕事や鍜冶仕事でやってることです。
ワン、ツー、スリー、から、ドン、ドン、ドン、へ。
ただ、鈍器を打ち付けているだけ。そう思い込んだら、ぎこちなかった動きは少しずつ安定し、やがてブレのない見事な【鈍器ダンス】へと昇華していきました。
『そう。それだよそれ!』
スラッドさんもやっとほっとした表情を見せてくれるようになります。
ただ、最初は問題もありました。
ひとつは、床をボコボコにしてしまうこと。重たい鈍器の靴で力強く床を踏みしめると――いえ、叩きつけると、ベコッとへこんでしまうんですよね……。
ただ、これはスキルで対応できました。傷をつけないように叩く鈍器スキル【鎚加減】。ついでに打撃音を小さくする【囀り打ち】。このふたつを組合わせれば、普通の靴を履いているのとそんなに違いは出ません。
それよりも、あとひとつの問題のほうが厄介でした。たまに「あれ、私なにやってるんだっけ?」と我に返ってしまうと、動きがおかしくなり、派手に転んでしまうのです。
もちろん対策のため、頭がからっぽの状態でも動けるよう、何度も何度も練習しましたよ。
もはや私のなかにある辞書は「ダンス=鈍器で床を叩くこと」と記されています。
結果、私はどこにいっても恥じることのない動きを手にいれることができたのです!
ビバ、鈍器!
唯一の懸念点は、パートナーの足を踏んづけてしまったら悲劇、ってところですかね。
まあ、嫌な相手なら、心は痛まないんですけれど。
王子と踊りながらあたりを見回すと、私達の注目度は先ほどより少し落ちたようでした。
マリアンちゃんの視線は相変わらずこちらに向けられてますが、理事長は興味を完全に失ったようで、偉そうな貴族と会話を楽しんでいます。
他に気をとられていた私の身体を、ぐいっとさらに引き寄せる王子。
相手の息づかいを感じられるくらいまで、顔が近くなります。
いや、さすがに馴れ馴れしすぎません? いくらダンスとはいえ、もうちょっと離れてほしいんですけど……。
足、踏んづけてやりましょうかね。マリアンちゃんからも性根を叩き直してほしいって頼まれてるわけですし。
「この短期間で苦手を克服するなんてさすがだね。こんな君にだからこそ、頼みたいことがある」
王子様は声をひそめて言います。
「……なんですか。王子派に寝返ってくれ、なんて頼みだったら聞けませんよ?」
「はは。そんなくだらないことじゃないさ」
くだらないこと?
あなたにとっては、王位につけるかどうかが、一番大事じゃないんですか?
そう訊ね返すより先に、王子は言います。
「――この式典の最中に、姉上は殺される。バゼル・ソルトラークの策謀にかかってね……。それを阻止するために、キミに協力をあおぎたいんだ」
「…………は?」
今、なんと言いました?
「あのさあ。こんなこと言い直させないでくれよ。せっかく聞き耳を立てられないよう、わざわざダンスに誘ったっていうのに……」
「あなた……、王女を敵だと思ってたんじゃ?」
「あー、姉上からはそう見えてただろうね。でも本当は、僕は王になんかなりたいわけじゃないからな」
「……嘘ですね。今だって、自分の姉を貶めようと、私をダンスに誘ったんでしょ?」
「だから違うって。そういう風に見せておいたほうがバゼルを油断させられるだろう?」
「あなたはバゼル理事長を尊敬してるから、後見人にしてたのでは……?」
「アイツは強引に後見人になったんだ。尊敬してるってのはフリだけさ。王宮内でのアイツの権力は、もう王族の僕らでも一方的に奪うことはできないほど大きくなってるからね……」
えーっと、待ってください。頭の整理が追いつかないんですが……。
「そんな相手でも、悪事を明るみに出せたのなら話は別。今夜はその絶好の機会だ。逃す手はない」
「あのー、王女から聞いてた話と全然違うんですけど……」
「はあ……。ま、姉上は僕の考えになんて全く気づいてないだろうな。どうせ今夜、自分の命が狙われているとも思ってないだろう。やれやれ、不出来な姉を持つ弟は辛いよ……」
……つまり、こういうことですか?
マリアンちゃんは王位を弟と争いたくなくて、わざと粗暴なフリをしてたんですよね?
で、エリオン王子も彼なりに姉を守ろうとして、王位にこだわってるフリをしていた?
しかも、ふたりとも理事長を王国の中枢から排除したいと思っていた、と。
それぞれがそれぞれの思惑に気づかないまま……。
「はぁー……。あなた達、考えてることまで似すぎでしょ……」
「ん?どういう意味だよ」
不敬罪だと言われようが、双子をいっぺんに並べ、鈍器でぶっ叩いてやりたくなりましたよ。
王子も王女も、それだけ似てるなら、もうちょっと相手のことを理解してあげてください!
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