第42話 悲しき魔物の正体です。
「ご、ごめんなさいっス。ご主人様……」
しゅんと落ち込んだ様子のガレちゃん。
ワイズに叩かれた頬は赤くなり、痛々しくて仕方ありません。
「それで? 今回もちゃんと橋は壊してきたんだろうな?」
「そ、それが……」
「それが……、なんだ? まさか壊せなかった、なんて言うつもりじゃないだろうな。壊せるまでは帰ってくるな、そう命令しておいたはずだぞ!」
「だ、だって、今回の橋は仕掛けがすごくて、ハンナさんやお友達の方々もすごく強くて……。あのまま残っていたら、ガレちゃんきっとボコボコにされてたっス……」
ワイズは鬼の形相になりました。うずくまったガレちゃんの身体を蹴り飛ばすと、つばを飛ばして激昂します。
「ふざけるな! お前がボコボコにされようと知ったことか! あの橋は架かってたら駄目なんだと、口酸っぱく教えただろう! お前には使命感というものがないのか! 今からでも、もう一度行ってこい!」
怒鳴られてもガレちゃんは立ち上がることができず、ついにめそめそと泣き出してしまいました。
「ガレちゃん、もう橋を壊したくないっス……。みんなが頑張って作った橋を、どうしてガレちゃんが壊さなきゃいけないんスか……?」
「お前……。ずいぶんと反抗的な態度ができるようになったものだなあ。鈍器使いのガキに悪い影響を受けたと見える。汚らしい壺に封印されていた化け物のお前を解放し、これまで世話してやったのを忘れたのか?」
「そ、それは――」
「私への恩を返す、そう言ったのはお前だったよなあ!?」
そう言って、拳を振り上げるワイズ。さすがにもう見ていられませんでした。私は木の陰から飛び出すと、後ろからワイズの腕を掴みます。
「なにをしているんですか」
「お前……! なぜここに!」
驚愕に目を見開くワイズ。どこから聞かれていたのか気になるところでしょうね。全部ですよ、ぜ・ん・ぶ。
「ハンナさん……」
「ガレちゃん、もう大丈夫ですよ。この男に、二度とガレちゃんを傷つけさせたりしませんから」
近づいてみると、ガレちゃんの肌にはまだ蛇の鱗が残っています。ヒュドラの姿から完全には元に戻れていないみたいです。一体、彼女は何者なんでしょうか。
壺に封印されていた――そうワイズは言っていました。その壺とは、ロックドラゴンやトルフカブトの菌糸を封じ込めていた壺と同じもの?
だとすれば、彼女もまた魔物……? こんなにかわいいのに?
「監督さん、あなたがガレちゃんに無理やり、橋を壊させていたんですよね。もう言い逃れはできませんよ!」
「くっ。……そうだ! 確かに命令していたのは私だが、実際に橋を壊していたのはガレだぞ! もしお前が真実を明らかにしたなら、ガレはどうなるだろうなあ?」
私がガレちゃんを気遣っているのを見て、ワイズは汚らしい哄笑を響かせます。
「こいつは私の娘ではない。それどころか、人かどうかすら怪しい。魔石を食うことで、魔物に姿を変えることができる、とても珍しい化け物なんだよ。これまで橋を壊していたことが明るみになれば、グラン王国はガレを処刑するか、実験体にするか、黒魔術の生贄として使うか、そのどれかだろうなあ!」
ワイズの言い分。きっと彼は同じようなことを、ガレちゃんに言い続けてきたのでしょう。お前が生きていられるのも私のおかげだとかなんとか言って。
「ガレを死なせたくないのなら、真相を黙っておくしかないぞ! そうすればお前も共犯だがな! くはははは!」
「…………なに、調子に乗ってくれちゃってるんですか?」
「ひっ!」
私の怒りは、ワイズのような鈍感極まる男すら後ずらせるほど、頂点に達していました。
「全部、あなたがガレちゃんに無理強いしてたんじゃないですか」
もう貴族だろうがなんだろうが、ハンマーでブン殴らなきゃ気が済みません。
「選ばせてあげますよ。あなたが殴られたいのはこのデカいハンマーですか? それともこっちの小さいハンマーですか? どっちにしろぼっこぼこになるのには変わりないですけどね」
「お、お前がやる気なら、私にも考えがあるぞ!」
私の殺意にたじろぎつつも、ワイズは懐から小さな袋を取り出すと、ガレちゃんに放り投げます。
「最強の魔物――フェンリルの魔石だ! それを食って私を守れ!」
そんな命令聞くわけないでしょ、と思ったのですが、なぜかガレちゃんは包みをじっと見つめています。
「命令を聞く必要なんてないですよ。他の人にならいざ知らず、こんなひどい男に恩を感じても無意味なんですから」
「そうかもしれないっス……。でもひどいのはガレちゃんも同じなんス。みんながすごく頑張って橋を作っているのを知っていたのに、みんなガレちゃんにすごく優しく接してくれたのに、何度も何度も壊してしまったんスから」
ガレちゃんは袋を開け、なかに入っていた魔石の欠片を取り出します。するとハンマーに宿っている鈍器の神様が騒ぎ出しました。
『あかん。ヒュドラの細胞が抜けとらんうちに新しい細胞を取り込んだら――』
『今あれを食べさせたら、【悪食】は自我を失い、魔物のまま戻ってこれんくなるで!』
マジですか。それ、絶対に止めなきゃいけないじゃないですか!
「ダメですガレちゃん! それを食べたら!」
けれど、それが危険な行為であることは、ガレちゃん本人が一番わかっているようでした。彼女は悲しげに微笑むと、私に言うのです。
「ごめんなさいっス。ハンナさん……。ガレちゃんはもう、自分のことが大嫌いになってしまったんス。きっとハンナさんなら、悪い子のガレちゃんを『魔物』として退治してくれるっスよね?」
「やめてください。ガレちゃんは悪くありません! そんなこと、言わないでください!」
「最後に、お願いっス。大工さん達には、ガレちゃんが魔物だったことは内緒にしといてください」
ガレちゃんは銀に光る魔石の欠片を口に含み、ごくりと飲み込みます。
「ガレちゃん!」
私は飛びついて、彼女の口から魔石を吐き出させようとしました。
けれど、間に合いません。ガレちゃんの小麦色の裸体は、瞬く間に銀毛に包まれていきます。
「ガアアアアアア!」
ただの咆哮。けれど、私の身体はその衝撃で後方へと吹き飛ばされます。
ガレちゃんの丸かった目は鋭く尖り、鼻先と顎が突き出します。手足は巨大化し、すぐに身体は何倍にも膨れあがりました。
「ガレ、ちゃん……」
そこにいたのはもはや可憐で健気な小さい女の子ではありませんでした。
美しくも恐ろしい、巨大な狼。
強大な魔物――銀狼フェンリルだったのです。
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