第86話 黒幕の正体を暴きます。

 エリオン王子の安否を気にしているのか伝わったのでしょうか、スラッドさんは申し訳なさそうに私に告げます。


「残念だけれど、王子は助からないだろうな……」

「え?」


 スラッドさんがぼそりとつぶやくので、私は思わず訊き返してしまいました。


「ダウトも言ってたろ、俺っちの【ブリムストーン】から滲み出る毒には、薬も魔法も効かない……。ミラちんがどんなに優れた薬師でも、治すのは無理だ」

「なら、解毒剤はないんですか?」

「もちろんあるさ。じゃなきゃ怖くて使えねーしな。でも、王子が毒を受けてから五分以上経ってる。手遅れだ」

「そんな……」


 エリオン王子。マリアンちゃんに話を聞いていたときには印象最悪でしたが、実際に会ってみると決して嫌な人ではありませんでした。


 口は悪かったけれど、本当は姉思いの、優しい王子。


 でも、彼がもし持ちこたえていたとしても、解毒剤を届ける術がありません。


 今は遠く離れたティアレット。私達の店エッグタルトでミラさんの治療を受けているはず。


 マリアンちゃんの転移術があれば一瞬ですが、それなしで移動するには片道で五日もかかります。マリアンちゃんがこちらに戻ってきてくれたら――ううん、違います。


 どうせ解毒剤に頼っても手遅れなのです。ならば、真に期待すべきなのはミラさんの知識と技術。


 彼女は私に「がんばる」と言ったのです。それを信じないでどうするんですか!


「大丈夫、ミラさんの薬はもはや薬であって薬じゃないんです。奇跡だって起こしてくれるはずです、きっと」


「――くだらん。ノミに起こせる奇跡などあるか」


 しかし、私の励ましに水を差したのは理事長です。


「やってくれたな、スラッド。操られていたとはいえ、王族殺しだ。貴様の罪は重いぞ」


 彼はスラッドさんのそばで仁王立ち、軽蔑の眼差しで見下ろします。そのやたらと高圧的な態度に、私は心底ムカつきました。


「どの口が言うんです? 私とダウトの戦いに、なんの加勢もしなかったくせに!」


 いえ、わかってますよ。あなたはダウトにバラされたくないことがあったから、戦いに参加できなかったんですよね?


 でも私ごときが追及したところで、言いがかりだと一蹴されるのは目に見えています。私は一介の冒険者。かたや相手は王宮内で王族に勝るとも劣らぬ権力を誇る人物です。肩書き勝負になったら勝ち目はまるでありません。


「それは余も不思議に思っている」


 が――そこで口を挟んできたのは、なんとグラン王でした。


「貴公は元、特A冒険者。操られていたスラッドとも、対等に渡り合えたのでは?」


 こ、これは何気にいい流れなのでは?


 マリアンちゃんの願いは、理事長を王宮から追い出すことです。これまでは正当な理由がなかったから無理でしたが、邪神と繋がっているとなれば、王宮から追い出されるどころか牢屋行きです。


 王様、今こそ長年の悪事を暴くとき!

 こいつです。こいつが犯人ですよー!


「……陛下。一体なにを仰りたいのです?」


 しかし、理事長は余裕綽々。王様に薄ら笑いを浮かべます。


「まさか、私が魔人と繋がっていたとでも? 冒険者として【魔の大地】で邪神勢力と第一線で戦ってきた、この私が?」

「いや……」


 ちょ、ちょっと王様? 少し凄まれたくらいで怯まないでくださいよ。


 自分の子供が狙われたんですよ? 今気張らなくて、いつ気張るんですか!?


「私も冒険者を引退して長い。腕はとうに衰えております。ですが、邪神を倒したいという願いは今も同じ。だからこそ冒険者学園を建て、後進の育成に力を注いでいるのではありませんか」

「う、む……」


 ああああ、すでに説得されかかってます。悔しいですが理事長、剣の腕だけでなく、弁も立ちます。病魔と戦い、心身ともに弱った王様が、とても太刀打ちできる相手ではありません。


「忠誠心をお疑いになるのでしたらやむを得ません。私は自らの意思で、牢獄へと赴きましょう」


 踵を返す理事長。もちろんポーズです。このあざとい男に忠誠心? そんなもの、あるはずがないんですからね!


「……その必要はない。余の思い違いであった」


 王様はあっさり折れてしまいました。


 いえ、ガッカリしましたが、それもやむなしです。いくら王様でも、なんの証拠もなしに英雄バゼル・ソルトラークを投獄したとあっては評判ガタ落ち。王子派の貴族からは反旗を翻す者も出てくるでしょう。


 ここはどんなに悔しくても、我慢するしか――


「……バゼルのおっさん。そりゃ苦しいだろ」


 しかし、改めて異議を唱えたのはスラッドさんでした。


「……スラッド。貴様、自分の立場がわかっているのか?」


「アンタこそ、どうやらダウトの能力をよくわかってなかったみたいだな」


 スラッドさんは苦しそうに顔をしかめながらも、そばに落ちていた槍を握ります。


「短い時間だったが、俺っちはヤツと意識を共有していたんだ。だから……、アンタがこの事件においてどういう役割を担っていたのか、俺っちには全部わかってる」


「なんだと……?」


 理事長の眉がピクリ、と震えました。平静を装っているようですが、動揺しているのは明らかです。


「アンタはずっと前から邪神側の人間だった。そして、エリオン王子を傀儡にすることでこの国を手にいれ、邪神勢力に売り渡そうとしていたんだ」


 ざわ、と兵士さん達がどよめきます。


 剣を使うあらゆる人にとって、理事長は憧れ。【剣闘王】バゼルです。そんな英雄が王国を裏切っていたなんて、にわかには信じられないでしょう。


 けれど、それを告発したのもまた英雄。【七本槍】のスラッドです。


「貴様の言葉がデタラメでないと、誰が証明できる?」

「できないさ。でも、疑いがあるだけで、アンタが王宮から排除されるには充分すぎる。だろ?」

「くだらんな。自分の罪をオレに押しつけるつもりか?」


 一笑に付そうとする理事長でしたが、場の形勢はすでに傾きつつありました。


 さっきまで身体を乗っ取られ、敵になっていましたが、スラッドさんは本来なら信頼できる人物。いえ、その乗っ取られっぷりを見ていたからこそ、彼の言葉には信憑性がありました。


「バゼル様が、黒幕……?」

「そんな……、信じられない」

「でも、狙われたのは王女様だ」

「王子派筆頭のバゼル様なら……」


 証拠はやはりありません。ですが、王宮を追い出すことだったらできる。それだけの嫌疑が、理事長の肩にのしかかったのでした。


「残念でしたね、理事長。これであなたの目論見は潰えました。どうせなら余罪も含め、洗いざらい吐いたらどうですか?」


 私はびしっと理事長に人差し指をつきつけました。図らずも、マリアンちゃん、そしてエリオン王子に頼まれたことが実現しそうです!


 ブタ箱にまでぶち込めたら理想なんですが、さすがにそこまでは高望み。どうせこの人、往生際悪く言い逃れるでしょうしね。


 と思っていたら――理事長は小さくため息をつきました。


 それは絶望とか、諦めとか、そういう殊勝な雰囲気をまとったものではなく、むしろ自分以外の全てを侮蔑するかのような、聞いて不快になるようなため息でした。


「…………まったく、最後の最後まで微塵も使えないヤツだったな、魔人ダウトは。所詮、偽物はノミにも劣る存在というわけか」


 意外や意外。なんと理事長、魔人との共謀を認めるかのような発言をしたではありませんか!


「バゼルのおっさん……。アンタ、セシリアちんを失って、マジで変わっちまったんだな」


 なにやら理事長の事情を知っているらしいスラッドさんが、悲しげに顔を歪めます。


 【青の聖女】セシリア。


 それは理事長の妻であり、セシルを産んですぐに亡くなったとされる冒険者の名でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る