第101話 王女直々のご指名です。
101話 王女直々のご指名です。
「あ、お帰りなさい」
エッグタルトに戻ると、ミラさんが出迎えてくれます。いつもと変わらない無表情ですが、泊まりでの旅だったので、顔を見られただけでホッとします。
「ミラさーん!」
大きな胸に飛び込むと、ミラさんはぎゅーっと抱きしめ返してくれます。ふおおお、ふっかふかで癒やされます。嫌いな人との旅なんてストレス溜まること、もうこりごりですよ。おまけにセシル視点で時間の旅にまで出ることになりましたし。
旅のなかの旅。おかげでエッグタルトを出てから三日も経ってないはずなのに、一年くらい帰ってきてないような錯覚さえしちゃいます。
「あー! ミラさんばっかりズルいっス! ガレちゃんもガレちゃんも!」
「はいどうぞ」
「ご主人さま、ぎゅーっ!」
私よりも背が低いガレちゃん。包容力という点では全然ミラさんには勝てないんですけど、これはこれでアリなんですよね。温かいし、柔らかいし、お日様みたいないい匂いがするし。抱きしめられているというよりは、私が抱きしめてる感じになって、この子のためにも頑張らなきゃなって気持ちになれます。
ん? 待ってください。こ、この弾力は……。
ガレちゃん、私よりも胸が育ってませんか?
さっきまでお姉さん気分だったのに、なんだか負けたような……!
無駄な敗北感に打ちひしがれていると、ミラさんが私のほうをじーっと見つめているのに気づきました。
「ハンナにお客さん、来てる」
「お客さん?」
すぐガレちゃんに興味を移したのが不満だったのかな、と思ったんですが、どうやら自意識過剰だったみたいです。ミラさんはお店の看板を『CLOSED』にすると、私を上の階へと誘導します。
いつも私たちがご飯を食べるのに利用している広間で、そのお客さんは待っていました。お客さんなんて呼び方するのもはばかられるような、VIPもVIP、大VIPです。
「よぉ、しばらくだな。元気だったか?」
「マリアンちゃん!?」
そこに座っていたのは、赤髪の超絶美少女。口は悪いのに王女様。そして双子の弟、エリオン王子とともにグラン王国の未来を担うと言われている、マリアン・グランフレート様だったのです!
まあ、私たちは気さくにマリアンちゃん呼びを続けているんですけどね! って、そんなことはどうでもいいのです!
「だ、大丈夫なんですか、こんなところに来てて! 今、王都は大変なことになってるのでは?」
王国中にばらまかれたであろう、アスピスからの脅迫。その王族に敵意剥き出しの内容と、飛空挺の目撃情報。いくら得意の転移魔法で、一瞬で距離をゼロにできるにしたって、私たちのお店に遊びに来ている場合ではないのでは?
現時点で本気にしている人がどれくらいいるかは不明ですが、間違いなく大騒ぎにはなっているはずです。
「安心しろ、王都での指揮はエリオンに任せてる。それに――大変だからこそここに来たんだよ」
そう言うとマリアンちゃんは立ち上がり、深く、深く頭を下げました。
「こないだの借りを返せてないうちから済まねェ。またハンナの力を借りなきゃいけなくなっちまった」
「王女様がそう簡単に頭を下げちゃダメですよ。それに実はですね、今回の件は、私にも責任の一端がありまして……」
私はマリアンちゃんだけでなく、ミラさん、ガレちゃんにも、旅で起きたことをひとつ残らず伝えました。レーゲンベルクでアスピスを倒せなかったこと、それによって飛空挺を起動させる猶予を与えてしまったことも。
セシルについては、ちょっとぼかしておきました。彼女、父親のせいでただでさえ立場悪いですからね。ついて行ったタイミングでは王国の敵になるだなんて思ってなかったでしょうし。大きな貸しですよ、これは。
「なるほどな。それにしてもハンナ、テメェってつくづく、大事件に巻き込まれる運命なんだなあ」
「うーん。もしかして呪われたりしてるんですかねえ」
「まあ、オレにとっちゃあ嬉しいことだけどな。前回なんてハンナが巻き込まれてなきゃ、オレは死んでたかもしれねェし……」
マリアンちゃんは、邪神に仕える者たちから命を狙われる身です。なぜならグラン王家の人々は、人の住む地と【魔の大地】とを隔てる結界を維持する役目を担っているからです。
「アスピスって人、邪教徒なの? だとしたらミラ、王族を殺そうとするのも、わかる」
「そうですね。王家の人が一人もいなくなったら、結界を維持できなくなりますし」
結界さえなくなれば、邪神側はやりたい放題。いくらでも侵攻をかけられるわけですから。
邪神自体はまだ神々戦争の傷により眠りについていると言われていますが、邪神四天王はここぞとばかりに張り切りまくるでしょう。人間は根絶やしにされるか、あるいは奴隷として飼われるか――どちらにせよ暗い未来しか待っていません。
「でも、うーん。その理由はあんまりピンと来ないんですよね。だってアスピスが率いていたのは、邪教徒だと疑われて、迫害されていた人たちなんですよ? アスピス自身の頬にもハンマーの形をした焼印がありましたし」
「ハンマーの焼印……。邪教徒だと認定された犯罪者につけられる印、か。それが冤罪だったとしたら、それはそれで王族が恨まれるのも道理かもしれねェな」
マリアンちゃんは物憂げに、睫毛の影を頬に落とします。王国に蔓延る、鈍器を使う者への差別に思いを馳せたのでしょう。
私も差別される側ですからね。この国――いいえ、この世界がどれだけ鈍器に偏見を持っているかは重々承知です。
なぜアスピスが邪教徒だと疑われたのかはわかりません。けれど、その容疑が理不尽なものだったとしたなら、真実を見抜けずに罰を加えた王国を、そしてその国の象徴である王族を憎み、復讐を考えてもおかしくはありません。
同情していられる状況ではないですけどね。他の王族はともかく、マリアンちゃんやエリオン王子が、人を導くにふさわしい正義を持っていることを、私は知っています。彼女たちなら、きっと国を正しく変えてくれる。差別だって無くしてくれるかもしれません。
人の心そのものを変えるのです。きっと長い年月がかかるでしょうが……、それでも。
「それで、グラン王国はアスピスにどう対処するつもりなんですか?」
「当然、イクスモイラは撃墜する。そのためにハンナにも力を貸してもらいたい。【魔の大地】にいる特A冒険者たちがこっちへ戻ってこられない以上、ハンナが王国の最大戦力だ」
まあ、そうなりますよね。ここで謙遜してても仕方ないですし。
「でも、飛空挺ですよね……。空を飛ぶ相手に鈍器で挑めと?」
訊ねると、マリアンちゃんはニヤリと不敵に笑いました。
「まあ、オレのアイデアを聞いてくれ。イクスモイラの文献は王家にも結構残っててさ。それを読んでたら思いついちまったんだ」
そう言うと、マリアンちゃんは飛空挺イクスモイラ、その性能について語り始めました。
まず、イクスモイラはそんなに空高くを飛んでいるわけではないそうです。王都に建つお城は三階までありましたが、それを仮に五十階くらいまで伸ばすとイクスモイラが飛んでいる高度になるとのこと。
……充分高いようにも思いますが、鳥だったらもっと高くを飛ぶこともありますよね。でも飛空挺はそこが上限。なぜなら、イクスモイラは周囲の魔力を動力として使っているから。
以前ミラさんとキノコを採りに行った山のような例外を除き、基本的に魔力の濃度は、高いところほど薄まります。ゆえに飛空挺は高く飛びすぎると魔力が足りなくなるのです。
「要するに、手の届かない高さじゃねェってことだ」
ああ、なるほど。なんかもう見えてきましたよ。高さをお城で例えたあたりから予想はつきましたけどね。私がいないと成り立たないアイデア。もはや強引さしか感じません。
「はいはーい! ガレちゃんも手伝うっスー!」
どんなアイデアなのか、考える努力すらしていないガレちゃんが、ぴっと元気よく手を挙げます。
「翼のある魔物の魔石さえ食べさせてもらえれば、ガレちゃんが変身して空を飛ぶっスよー! ご主人さまを飛空艇まで、ひとっ飛びで連れて行くっス!」
「いやいや、それは無理でしょ。だって私、馬にすら乗れないんですよ?」
「大丈夫っス! 落ちないように縄でくくりつけておけばいいんス!」
「ひ、人を荷物みたいに扱わないでください! 絶対に嫌ですからね!」
空を飛ぶ魔物の上に乗るとか、恐怖しかないじゃないですか! どれだけ王国がピンチになろうと、そんな方法だけは断固拒否です!
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どんきです。1巻発売まであと一週間!
店舗特典として短編がついてくるお店もありますので、どうぞお願いしますー!
【各店舗SS】
・アニメイト様…大食いだって負けません! (セシルと大食い対決)
・とらのあな様… それでもハンナは気づかない(ミラのストーカー話)
・メロンブックス様…タダほど高いものはないです(ローゼとのショッピング)
・ゲーマーズ様…好きで温泉は入りません!(ガレちゃんと温泉)
・ブックウォーカー様…コーヒーはご飯に入りますか?(喫茶店トーク)
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