第25話 食べ物の呪いはこわいです。

「トルフキノコ、十三個も採れた。これだけあれば、もう安心」


 目に見える範囲を採り尽くすと、ミラさんは鼻息を荒くして言いました。そして、採集したうちの三個を私に差し出します。


「これ、お礼」

「え、いいんですか?」

「ハンナがいなかったらこんなに採れなかったから。正規の報酬も払う」


 嬉しいことを言ってくれます。ここはありがたく受け取っておくべきでしょう。


「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて。で、これ、どのくらいの価値があるんです?」


 出かける前は秘密にされてしまいましたが、もう信用してくれたみたいですし、教えてもらえるかもと思って訊ねました。


 あのおばさんに払わなきゃいけないのは1万ペル。


 ミラさんが持っているキノコの数は、以前手に入れたものを合わせると十一個。


 ということは、一個で1千ペルくらいあってもおかしくないのでは?


 まあ、金額よりも、今はミラさんから感謝されたことのほうが嬉しいのですが。


「クロイワキノコの相場は十個1ペルくらいですよね。その一万倍、一個で1000ペルくらいはあったりして……、なんちゃって!」

「ううん?」

「あ、やっぱりさすがにそれはないですよね! 伝説級とはいえ、ただのキノコですし!」


 かなり欲張った金額を言ってつもりだったのですが――予想のはるか上を行く回答が待ってました。


「トルフキノコは一個3万ペルだよ」

「へー。さんまんぺる。それはすごい。さんまんぺるかぁー……3万ペル!?」

「そう。3万ペル」


 一個で3万ペルですよ? 私がもらった3個だと……9万ペル!?


「いや、キノコひとつの値段としてありえないでしょ!」


 いくら食べたら背が伸びるからって、そこまでの値段になります?


 そりゃ私だってすらりとした長身は手に入れたいですけど……。ダメダメ、これを売るだけで何日宿に泊まれると思ってるんですか!


 でも、もうキノコに頼りでもしなきゃ身長なんて伸びないかもしれませんし……、いいえ、絶対にダメです!


「……人工栽培、しましょう」


 私はミラさんの肩を掴み、力強く言いました。


 そうです。元々、ミラさんもそのつもりだったはず。ミラさんが自分の手でトルフを増やせるようになれば、相場も下がって気軽に身長を伸ばせるじゃないですか。


「簡単にはいかないと思う。トルフキノコは空気中に魔力がたくさんあるところじゃないと育たないらしいし。それに、トルフキノコには呪いがかかってるんだって」


「呪い? なんですか、それ」


「トルフを食べた人は、背が伸びるだけじゃなくて、狂暴になるんだって」


「マ、マジですか」


「眉唾な話。多分、大昔にトルフを独り占めしたいと思った人が流した」

「ならいいですけど、ちょっと物騒ですね……」


 ん? 物騒といえば――なにか忘れているような気がしてきました。


 思い出しそうで思い出せない……。


 一体、なんでしたっけ。


『……やっぱりな。封魔の壺や』

『旨いキノコには毒がある、やで』


「――え?」


 それは、ハンマーの神様、熊さん達の声でした。


「どうかした?」


 ミラさんが首をかしげます。


 熊さん達は私にしか見えませんし、言葉も私にしか聞こえないのですから、突然変な声を出した私を不思議に思うのも無理ありません。


 そういえば、そうでした!


 私がこの依頼を選んだ理由、それはギルドで掲示板を確認している時に、熊さん達が不穏なことを言い出したからに他なりません。


 熊さん達の視線を追うと――ありました。


 木の幹に隠れるようにして……【浅闇の洞窟】で目にしたのとそっくりな壺が転がっているではありませんか。


「どういうことです? もしかして壺とトルフって、なにか関係してるんですか?」


 しーん……。

 

 熊さん達、なんでこっちから呼びかけた時は話してくれないんでしょう。


 無駄に無表情なのも腹立たしいです。ミラさんの真似でもしてるつもりですか?


 けれど、熊さん達が質問に答えてくれなくても、すぐにわかることだったのです。


 ズン! 地面がいきなり大きく揺れました。


「な、なに?」


 揺れは、一度切りではありません。大小不規則に、しかし継続して揺れ続けています。

 

 ボコリ、と地面の一部が浮き上がるので、私達は慌てて立ち上がりました。


「ただの地震じゃありません! ここを離れないと!」

「う、うん」


 自然現象にせよ、そうでないにせよ、頂上に留まっているのは危険と判断し、私はミラさんの手を引き、急いで来た道を下ります。


 すると、数秒と立たないうちに、後方から激しい音が鳴り響いたのです。振り返ってみて、私はさらに仰天しました。


「あれは、カブトムシ!?」


 なんと、人の倍は体長があろうかという巨大なカブトムシが地中から現れ、私達を追いかけてきたのです。


「な、なんなんですかあれ!」


 と叫びつつ、私はなんとなく予想がついていました。

 

 絶対、こないだのロックドラゴンと同じ、壺から出てきたパターンですよ。


 【封魔の壺】とは、強力な古の魔物を閉じ込めておくもの。そこにもはや疑いの余地はありません。

 

 そして、今回封印から解き放たれたのが、この規格外のカブトムシ、ということなのです、きっと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る