第24話 努力するものは救われます。

 休憩を終え、さらに山を登ります。


「……おかしい。トルフキノコがない」


 ミラさん曰く、キノコは菌の一種で、菌糸と呼ばれる綿のような形をした本体が地中に隠れているんだそうです(今、めちゃくちゃ簡潔にまとめましたが、ミラさんの説明を要約するのはとても大変でした)。


 私達が食べるキノコは、その菌糸が胞子を飛ばし、子どもを増やすために地面から顔を出させるもの。当然、一個生えれば、二個、三個とあるのが普通です。


 ミラさんの発見したトルフキノコがアベル山に生えていたものだとすれば、必ずどこかで発見できるはず。


 でも、それがない。なんででしょう……。


 そうこうしているうちに、私達は山のてっぺんまで上ってきてしまいました。


 山の反対側は切り立った崖になっていて、景色がすごく綺麗です。


 でも、達成感にひたることはできません。


「なんでないの……?」


 ミラさんは相変わらず無表情でしたが、その瞳からぽろりと涙がこぼれました。


「これじゃ、お父さんの店が潰れちゃう……」


「だ、大丈夫です。きっといい方法が見つかりますよ」

「気休めはいらない。ミラには、店を継ぐこと自体無理だったんだ」


 顔を覆い、うずくまってしまうミラさん。


「ミラ、商才ないし……」


 商才。

 

 確かに彼女の性格が商売に向いているとは到底思えません。

 

 初見では考えていることが全然わかりませんし、言葉足らずで薬を飲みたいという気にもなりません。むしろ飲むのが怖いです。


 でも、ああああ、だんだんイライラしてきました。


 なんでって?

 

 そりゃ、昔のひとっつも才能がなかった自分と比べて、彼女がはるかに恵まれているからですよ!


「……商才がなんだって言うんです?」


 思わず、その思いが口をついて出てしまいます。


「あなたには商才がなくても、代わりに素晴らしい薬を調合できる才能があるじゃないですか! みんなに喜んでもらえるだけの、根っこがあるじゃないですか!」


「でも、みんなミラの薬を飲んでも、喜ばないし……」

「それはあなたの説明が下手だからでしょ!」


「じゃあやっぱり、商才の問題じゃ――」

「違う! そんなの才能の問題じゃありません!」


 すると、ミラさんの口がぽかんと開きました。


「…………才能の問題じゃ、ない?」


「ミラさんは無表情だし、口べた。話しても上手く薬のことを伝えられない。それは確かにそうなんでしょう。どれだけ根っこがしっかりしてても、花が咲いてなきゃ人は寄りつきません」


「そう。だからミラは――」


「でも、だからって最初から諦めていませんか? 無表情なら無表情なりに、感情を言葉にすればいい。話せないならいっそのこと、最初から文字にしておけばいい。そういう努力を放棄してませんか?」


 無表情だったミラさんの眉が、かすかに揺らいだように見えました。


「感情を言葉にする……。言葉を文字にする……。そんなこと、考えたことなかった。お父さんはいつも、お客に話して伝えてたから」


 きっと彼女は、お父さんに憧れて、憧れすぎて、だからこそお父さんと同じように商売をしようとしたのでしょう。

 

 それが自分に向いてない方法だとしても、無意識のうちに固執していたのです。


「でも……、気づいても、もう遅い。ミラは、明日までにお金を用意できなきゃいけなかったんだから」

「うっ」


 いいこと言ったつもりでしたが、確かにその通りなんですよね。私もしかして、落ち込んでるミラさんに追い打ちかけただけですか?

 

 やっちゃったかなあ――そう思って下を向いていたら。


「ミラさん! あれ、見てください!」

「え? あっ!」


 私の指差したところを見て、涙に濡れていたミラさんの瞳がぱっと輝いたように見えました。

 

 真下に広がる断崖絶壁の崖。頂上から少し降りたところから、にょきりとキノコが生えています。

 

 それも、黒い傘の表面が、夕日にさらされてキラキラと光っているではありませんか!


「あれはトルフキノコ――ですよね!?」

「うん、まちがいない」

「やっぱり! でも、面倒なところに生えてますね。どうやってとりま――って、ミラさん、なにしてるんですか!」


 私はびっくりしました。

 

 だって、ミラさんが命綱もなしにいきなり崖を下り始めたんです。


「ちょっ、危ないですよ!」


 私はミラさんに手を差し出します。

 

 けれど、彼女は掴もうとはせず、それどころか崖の出っ張りに足をひっかけて、どんどん降りていってしまいます。


 ミラさん、意外と体力があります。運動神経もどんくさな私よりよほどいいです。でも、危険なことに変わりはありません。


「あ、あれさえあれば! お父さんの店を守れる!」


 ミラさんはまわりが見えなくなっています。棟梁は言っていました。こういうときが一番危ないんだって。


 事故が起きやすいのは、頭が熱を帯びているときなんです。


 そしてその不安は的中しました。

 ミラさんが掴んでいた崖の出っ張りが、がらっ、と崩れたのです。


「あっ」


 落下するミラさんと目が合います。当然、黙って見てなんかいられません。


 私は頭から崖を飛び降りると、空中で背負ったハンマーを抜きながら振り抜きます。


「鈍器スキル【空気の杭】!」


 ガンッ! ガンガンガンガンッ!


 空気中の魔力で固められた杭が、崖に突き刺さります。


「あぐっ!」


 その上に背中から落ちたミラさんは、苦悶の声を上げました。


「ぎゃん!」


 私なんてもっとひどいです。頭を思いっきりぶつけましたからね。

 

 覚悟してたんでなんとか意識は保てましたけど。


「いたたた……。もう、なにしてるんですかミラさん!」

「ごめんなさい……」


 なにはともあれ、無事でよかったです。


 先日、ロックドラゴンとの戦闘では攻撃に使いましたが、これが【空気の杭】の正しい使用方法です。

 

 空気の杭を突き刺せば、垂直の崖にだって足場を作ることができるのです。


「にしても、すごいですね。トルフキノコ、たくさん採れそうですよ」

「本当だ……」


 私とミラさんは、見えない杭の上に寝そべりながら崖を見上げます。

 

 切り立ったその表面にはトルフキノコがあちこちに生えています。


 私はさっそく【空気の杭】を追加して、崖に階段を作りました。

 

 こうなればあとはこちらのもの。収穫の秋。トルフキノコの採り放題です。

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