第26話 知りたくなかった真実です。
それにしても……、なんて大きなカブトムシなんでしょうか。
手のひらサイズくらいに留まってくれてたら好事家に高く売れそうなのに、完全に人との縮尺が逆転してます。
全身は漆黒、角は木のように枝分かれしていて、その先っちょにはいくつかのトルフキノコがくっついています。
巨大カブトムシはどう見ても私達を追ってきていました。動きはゆっくりですが、いかんせん小柄な私達とは歩幅が違います。
「――迎え撃ちますか」
山の中腹まで戻ったところで戦うのに充分な広さを確認し、私は踵を返しました。
「無茶。あんな大きな魔物と戦うなんて……」
ミラさんは言いますが、私は自信たっぷりに返します。
「まあ、任せといてください」
私はハンマーを握って突進します。
「鈍器スキル【ぶちかまし】!」
ハンマーを大きく振りかぶり、縦に思いっきり振り抜きます。カブトムシの背に命中した瞬間、金属の槌部分がカッと瞬き、破壊力が倍増。
カブトムシの胴体をぶち抜きます。
「おお、一撃!」
無表情ながらもミラさんが激しく拍手してくれるので、私はガッツポーズを返します。
ま、本気を出せばこんなもんですよ。鈍器の扱いにかけては、私の右に出るものはいませんからね。そもそも並ぼうとする者がいないですが!
それにしても、あっけなさすぎて拍子抜けです。【封魔の壺】から出てきた魔物なのですから、ロックドラゴン並みに強いかと思っていたのに――
「ハンナ、あぶない!」
喝采を贈ってくれていたミラさんが叫びます。同時に、後ろから大きな影が立ち上がりました。
振り返ると、そこにはさっき倒したはずのカブトムシがいるではありませんか!
「嘘ですよね? わひゃ!」
カブトムシが振り下ろした角を、すんでのところでかわします。
危ない。油断しまくってました。
確かに、私はカブトムシの身体を粉々に打ち砕いたはずでした。現に、その胴体は陥没したまま。
しかし、今まさにその穴は再生しようとしていました。肉と肉の隙間からネバネバとした綿のようなものが出てきて、元の形状に戻っていきます。
ミラさんがつぶやきます。
「あれは菌糸……!」
「菌糸?」
それって、キノコの本体だとか言ってたものですか?
「きっと、トルフキノコがカブトムシを育てたんだ」
「ど、どういうことですか?」
「カブトムシの幼虫は、菌糸を食べて育つ。あれは元々はただのカブトムシ。キノコに寄生されたことで大きくなった」
「ああ、背が伸びる効果ってことですね――って、どんだけですか! とんだ詐欺もあったもんですよ!」
こんなにデカくなりたい人がいるもんですか!
「それだけじゃない。トルフキノコの菌糸は、自分を食べたカブトムシを宿主にして増えてる。ミラ達は、地面に埋まってたあのカブトムシの角から、キノコを引っこ抜いてたんだ」
「うわぁ……」
知りたくなかったというか、食べる前に知れてよかったというか……。
要はトルフキノコは、めちゃくちゃおいしいけど絶対に食べちゃいけない、禁断のキノコってことです。
身体は大きくなりますが、菌糸に乗っ取られて、やがて自分の意思を失う。
食べると狂暴になるのはそのため。
おそらく、キノコをその場で食べれば仲間となるので襲われない。
逆にキノコをその場で食べなければ襲って仲間にしようとする。
トルフに蝕まれたカブトムシ――いわばトルフカブトは、そういう本能で私達を攻撃してきているのです。
倒すためには、体内に巣くっている菌糸を殺さないとダメみたいですね。
「それなら――これでどうですか! 鈍器スキル【
私はハンマーを再び叩きつけます。
瞬間、ハンマーは真っ赤に染まり、トルフカブトの表面に火がつきました。
【火造】は、打ちつけたものに熱を伝えることのできるハンマー。その名の通り、鍛冶仕事で大変重宝するのです。
効果はてきめんでした。ハンマーに熱され、燃えた部分はボロボロと崩れて、菌糸が死んでいるのがわかります。
が、効率がいいやり方とは言えません。なんせ敵は大きいのです。火が全体に燃え移ってくれればいいのですが、思ったよりもすぐに消えてしまうのです。
……仕方ありません。じわじわと、トルフカブトが再生しなくなるまでこのやり方を続けましょうか。
「ハンナ、あれ見て……!」
「ん? げげ!」
腹をくくって、持久戦に持ち込もうと思っていた私にとっては絶望的なことが起こっていました。
山頂のほうから二体、三体と、似たようなサイズのカブトムシがこちらへ近づいてくるではありませんか。
やばいです。一体でも苦戦しているというのに、複数いっぺんに来られたら厄介極まります。
「ごめんなさい。ミラのせいで……」
すっかり弱気になったミラさんがそんなことをぼやきます。
「なに言ってるんです。諦めるのはまだ早いですよ!」
「でも、カブトムシを倒せても、どのみちこんなキノコ、売れないし……。ミラが迷惑かけたことに変わりないし……」
「いやいやいや! 食べられるようにきちんと加工すれば……、あ!」
「どうしたの?」
私は思いついてしまったのです。トルフカブト達を手っ取り早く倒す方法を。
私の鈍器スキルは、壊すだけが取り柄じゃありません。
加工ですよ、加工。
現場仕込の建築技術を、今こそ見せるときでしょう!
けれど、問題はあります。その作戦を実行するには時間がかかり過ぎるという点です。
そんな猶予を、群れとなったトルフカブトが許してくれるとは思えませんでした。
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